7 ハーフエルフっ娘、絶望の淵に立たされる
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
夜中の突然の悲鳴にヴェージェは飛び起き、急いで妹の部屋に向かった。
「私、役に立つから。頑張るから。だから殺さないで!」
フォーリィが絶望しきった青白い顔で帰宅した夜から五日。彼女は毎晩悪夢に苦しめられていた。
「これは鞘じゃないから!ひのきの棒だから!」
「フォーリィ」
ヴェージェはベッドで暴れている妹をどうにか落ち着かせようとする。
「私、もう死にたくない!お願い、助けて!」
涙を流して暴れるフォーリィを力の限り抱き締めて、ヴェージェは優しく慰める。
「大丈夫だから。誰も貴方を殺そうとしたりしないから」
「嘘っ!この世界の人達は前に私を殺した。私はどの世界にいても殺される。私は役立たずだから」
錯乱して意味不明の事を口走っている妹の姿に、ヴェージェは心を痛めていた。
彼女が記憶を失った直後は、たまに悪夢を見る事はあっても、ここまで酷くは無かった。
ヴェージェは、妹を騙して、ここまで苦しめているブルドゥを八つ裂きにしてやりたい気持ちでいっぱいだった。
だが、今はフォーリィをどうにかするのが先決だ。
「……私はいらない娘……いずれまた処刑される……」
ブツブツと呟き続けるフォーリィ。その顔は五日前とは別人だった。
目は完全に死んでいて、殆ど眠れていないのか目の下にはくっきりとクマが出来ていて、肌もかなり荒れていた。
「フォーリィ、聞いて。あの男は貴方から掃除機を奪い取ったわ。だけど貴方の想像力まで奪ってはいないはずよ」
ヴェージェの胸の中で震えているフォーリィに彼女の言葉が届いているかは分からないが、ヴェージェは懸命に言葉を続ける。
「貴方が発明したのは掃除機だけじゃ無いでしょ?モップも発明したじゃない」
「モ…………プ……?」
殆ど聞き取れないほど声。はたしてそれはフォーリィが発した言葉か、それともヴェージェの希望が聞かせた幻聴か。
幻聴でも良い。とにかく言葉を続けるしか無かった。
「そう、モップよ。あれも立派な貴方の発明品じゃない」
「モップ…………」
今度はハッキリと聞こえた。
ヴェージェの言葉は少なからずフォーリィの耳に届いていた。
「あと、洗濯機とかも創るんでしょ?」
「……洗濯機?……………………ダメ…………モーターが……作れない…………」
消え入りそうな声。
ヴェージェは彼女が何を言っているか分からなかった。だが、ここで諦めてしまったら彼女は心を閉ざしてしまうと確信していた。
フォーリィは今まで何て言っていた?
ヴェージェ頭をフル回転させる。どんな些細な事でも良い。彼女を奮い立たせる突破口を見付けなければならない。
(えーと、えーと。確か洗濯物を水の中に入れて……それから……そう、確か回すって言ってたわ)
「回転させる道具だったかしら?何かで代用出来ないの?例えば南の国にあると言う風車とかは?」
「そんなの……とっくに考えてる…………常に強い風が吹いてる場所じゃないと…………あと、携帯出来な………………」
言葉の途中でフォーリィは顔を上げた。
「風?」
そして沈黙が流れる。
だけどフォーリィの瞳には光が戻り、一生懸命何かを考えていた。
だが暫くすると再び絶望が彼女を覆った。
「ダメ…………それだけじゃ……足りない…………」
ポタポタと涙を流し始めるフォーリィ。
そんな彼女を見てヴェージェは胸が締め付けられるが、ここで止まってはいけない。せっかくフォーリィが前に進める糸口を見つけたのだ。
ヴェージェは何てアドバイスしたら良いか皆目見当もつかなかったが、とにかく考え付くままに言葉にした。
「ほ、他の方法は無いの?た、例えば水とか、ひ、火とか……ほら、その……」
「………………………………そうか!」
再び顔を上げたフォーリィを見てヴェージェは胸をなで下ろした。その顔には笑みが浮かんでいたからだ。
「それ、いけるよ!そう……そうよ!これでどうにかなる。お姉ちゃん有難う♪大好き♪」
ヴェージェを抱きしめるフォーリィ。
その腕には殆ど力が入っていなかった。
この五日間、睡眠はおろか食事も殆ど取っていなかったからだ。
だがヴェージェはもう心配していなかった。
妹はもう大丈夫だと確信していた。
「そうだ、こうしちゃ居られないわ。早速設計に入らないと」
ベッドから出ようとしたフォーリィは、バランスを崩して転げ落ちそうになる。
「危ない!」
咄嗟に彼女を支え、落ち着かせる。
「今日は無理よ。貴方フラフラじゃない。それに最近はろくに寝てないでしょ?今日はゆっくり寝て、明日から頑張りましょ」
フォーリィは姉の顔を見る。
そこで初めて気付く。姉の目の下にもクマがあり、肌が荒れている事に。
そして、自分がどれだけ彼女に迷惑を掛けていたのか。
いや、姉だけじゃない。
良く見ると部屋の扉が少し開いていて、人の気配があった。
彼女が悪夢で目を覚ます度に、両親も心配して起きて来ていたのだ。
フォーリィは彼らに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
そして、彼女を見守り、支えてくれた家族の愛情に、胸の奥が暖かくなった。
「うん、分かった。明日からにするよ」
これ以上家族に心配掛けさせない為に、焦る気持ちを抑えてフォーリィは寝る事にした。
◆ ◆
「これ、お願いします」
一〇日後、フォーリィが商業ギルドに持ち込んだのは六二枚の羊皮紙、二六件の特許申請だった。
「こ、こんなに沢山?」
受付けの女性が驚くのも無理は無い。
今まで取得された特許権は、大魔導師レイトゥルーの五件とブルドゥの一件。計六件しか無いのだ。
それなのに、一人の少女がいきなりそれを遥かに上回る量の申請を提出して来たのだから。
勿論、この世界の羊皮紙やインクは非常に高価で、六二枚、書き損じた分も含めて八〇枚の羊皮紙となると、フォーリィが働いていた宿屋のお給金の半年分にもなる。
だが、彼女は魔法騎士団で働いていた分の給料が手付かずのまま残っていた。
これから新商品のパーツ製造を依頼したり、販売する店を借りたりしなければならないため、ある程度のお金は残しておかなければならない。だが羊皮紙を買うくらいの余裕は有る。
「はい、二六件です。宜しくお願いします」
満面の笑みでそう答えるフォーリィ。
「わ、分かりました。少々お待ち下さい」
そう言って奥に引っ込む受付けの女性。
暫くして手順書らしき羊皮紙や、台帳らしきものを持って戻って来た。
「お待たせしました。えーと、特許申請ですね」
受付けの女性は手順書と申請を見比べて行く。
「はい。申請書に不備はありません」
女性の言葉にフォーリィは胸をなで下ろした。
今日まで何度も商業ギルドに足を運んで申請書の書き方等の説明を受けていたが、なにぶん初めての事なので自信がなかったのだ。
「では申請手数料と登録料を合わせますと一件あたり一〇万クセル。計二六〇万クセルとなります」
「えっ?」
フォーリィは申請書の書き方や申請手続きを気にするあまり、手数料、登録料共にすっかり失念していた。
「合計二六〇万クセルとなりますが……大丈夫ですか?」
フォーリィの表情からその事を察した受付けの女性が、心配そうに彼女を見る。
何しろ二六〇万クセルは大金だ。
物価価値が地球とは大きく異なるので比較が難しいが、感覚的に一クセル一円くらいの価値だ。
しかし、衣食住に必要なもの以外はあまり物が無いこの世界では、お金をあまり必要としないので、フォーリィの父親の年収でも三〇〇万クセルほどしか無かった。
「………………と……」
「と?」
「取り敢えず……この五件だけで……残りは後日……お願い……します」
羊皮紙の束から数枚を取り分けて受付けに渡す。
そしてフォーリィは、手続きが終わるまでじっと耐えていた。ハーフエルフ御自慢の尖った耳の先まで真っ赤にして。
(穴が有ったら入りたい)
◆ ◆
数日後、満を持してフォーリィの新商品が発売された。
その名も『サイクロン掃除機』。