41 ハーフエルフっ娘とユニコーンとケンタウロスと
「わあぁぁ、広ぉぉぉぉい♪」
馬車の窓から見える見渡す限りの草原がフォーリィを圧倒する。
「このまま三〇分ほど、草原を移動します」
道案内を務めているのはイペブラクオン、金髪蒼目の純エルフで、アールヴゥーレ元子爵の側近だった男だ。
彼を含め、アールヴゥーレ男爵に解雇された者達からエルフ主義色が薄い人間、つまりハーフエルフやヒューマン達亜人に寛容的な者達を再雇用した。
領地への土地勘や人脈のある人達は、今後の領地運営に不可欠だったからだ。
加えて退役した軍人なども再雇用した。
砦などに残っている兵以外は全員アールヴゥーレ男爵が連れて行ってしまったため、新人の教育をお願いするためだ。
今回の視察隊に選ばれたのはイペブラクオン率いる再雇用組五名、王から押し付けられた補佐三名、元軍人八名、そしてヴェージェだ。
ラントゥーナ補佐官と父、スタニェイロは領都に残って政務を行ってもらう事にした。
「この先にユニコーンの群棲地があり、その手前を北に進むと川が……」
「ユニコーン!?」
フォーリィの目が輝く。
「そう言えば私達ってユニコーン見たことなかったわね。行ってみたいわ、その群棲地」」
ヴェージェも目を輝かせて言う。
「行ってみましょう♪」
「えっ?でも男爵様。そこは進路から外れていますので、また元の道に戻ってこなければなりませんが」
イペブラクオンが困った顔をする。
ここで寄り道をすれば、今後の予定に響くからだ。
「いいじゃない。ね?行きましょ♪」
「分かりました。男爵様の仰せのままに」
所詮は宮仕え。領主がやれと言ったら嫌な顔一つせずに、その命に従う男だった。
◆ ◆
「一角ウサギの事かぁぁぁぁぁぁ」
馬車を降りた途端、フォーリィは膝と両手をついて激しく落胆した。
「えっ?ユニコーンって言ったらこれでしょ?他に何があるの?」
なぜ妹がこんなに落胆しているのかが分からず、動揺するヴェージェ。
「そうよね……ファンタジーな事を期待しちゃダメよね……北の国にいると言うサラマンダーもきっと小さな火を吐くコモドドラゴン程度かもね……ふふふ……」
何やら訳の分からない事をブツブツと言い続けている妹に、ヴェージェは掛ける言葉が見つからなかった。
「でも……」
顔を上げたフォーリィの前には、こちらを警戒している一角ウサギ達のつぶらな瞳。
「可愛いから許す!」
そう言って、フォーリィはユニコーンの群れに向かって走って行った。
「あら、元気出たみたいね」
無邪気にユニコーンを追いかける妹を見て、ヴェージェは嬉しそうに微笑む。
「では、北の川を西に向かって進むのね」
フォーリィがユニコーンを追いかけている間、ヴェージェは地図を広げてイペブラクオン達と進路を確認していた。
「お姉ちゃぁぁぁん……」
その時、後ろからフォーリィが呼ぶ声が聞こえ、ヴェージェは振り向く。
「あら、もうユニコーンを堪能した……きゃぁぁぁ!フォーリィ?」
「痛いよぉ」
そこには、血まみれで戻ってきたフォーリィの姿があった。
「ユニコーンの群れに飛び込んだら刺されるに決まってるでしょ!いったい何を考えてるのよ!」
「だって、だって、可愛かったんだもん」
体中に刺し傷を負ったフォーリィは、目に涙を溜めながらヴェージェに治癒魔法を掛けてもらっている。
「『だもん』じゃありません!」
「むぅぅぅ」
痛みに耐えながらも、フォーリィは頬を膨らませる。
◆ ◆
「うーん、ここは使えないわね」
最初の視察場所に到着したフォーリィは、周りを観察して落胆の色を見せる。
「どこがダメだったの?」
「確かに山には囲まれているけど、北側の山は傾斜が緩やかすぎるし、南側の山は低すぎるの。ここにダムを作っても発電に必要な高さまで水を溜めるのが難しいのよ。さらに……」
ヴェージェの質問に、詳しくその理由を説明するフォーリィ。
その説明を聞き、ヴェージェはダム作りの大変さを再認識するのだった。
「それでしたら……」
一緒に説明を聞いていたイペブラクオンが口を挟んだ。
「山ではありませんが、この先に大地を切り裂いたような渓谷があり、川がその間を流れていますので、そこなら川をせき止めるのに適しているかと思います」
「渓谷の間を流れる川?行ってみましょう」
フォーリィは、候補地に入っていなかった場所の視察を即断した。
左右が高い崖に挟まれている川と言っても、ダム建設に向いているとは断言できない。
その川の傾斜が長く緩やな場合は、いくらせき止めてもなかなか水は溜まらないし、反対側の渓谷の入口で流れが変わって、別の場所を流れる川になってしまうかも知れない。
だからフォーリィは、過度の期待はせず、取り敢えず現地を見てみる事にした。
「この先のケンタウロスの群棲地を少し過ぎた所です」
再び馬車に揺られること三〇分。
周りは相変わらず山や谷が続いている。
「ケンタウロス!?……いや……そ、そう、ケンタウロスがいるのね」
ケンタウロスと聞いて目を輝かせたフォーリィだが、すぐに自分を落ち着かせた。
フォーリィは記憶を無くしているとは言っても、残っている記憶もある。
正確に言うと、彼女の思い出と魔法に関する知識だけが欠如している状態だ。
だから、身の回りにある品物や動植物の名前や姿などは覚えている。
だが彼女は、先ほどのユニコーンと同じく、ケンタウロスの姿が思い出せない。
つまり、記憶を失う前の彼女はケンタウロスに会っていないのだ。
ケンタウロスと言えば、前世では下半身が馬で上半身が人間だが、先ほどのユニコーンの事もある、ここは慎重に情報を確認する事にした。
「ケンタウロスってどんな姿をしているの?」
「さあ、王都にはいなかったから、私も名前くらいしか知らないわ」
どうやらヴェージェも見たことがないらしい。
「ケンタウロスは下半身が馬のような姿で、上半身が猿人の姿をしています」
「猿人じゃなくてヒューマンね」
代わりに答えたイペブラクオンに、フォーリィがすかさず訂正を入れる。
「はっ。失礼しました」
フォーリィが彼らを再雇用するさい、エルフ達が亜人と呼んでいる者達を差別しないことを条件とした。
それは彼らの呼び方にまで徹底し、猿人や兎人などではなく、ヒューマンやラビィーと呼ぶように命じていた。
「あれっ?上半身がヒューマンなのにヒト種じゃないの?」
彼女が知る限り人と呼ばれる種族にケンタウロスは入っていなかった。
「それは、ケンタウロス達は意思疎通が取れないからです」
「ああ、それで」
種として意思疎通が取れない生き物は、社会の枠組みの中で生活はできない。
地球でも像やカラスなどは独自の『言葉』を持っているが、人間と意思疎通が取れないため共存はできても人間社会の枠組みには組み込まれない。
「あ、見えてきました。ケンタウロスです」
「あれが……ケンタウロス?」
行く手を阻むように並んでいる集団。男性が八頭、女性が五頭。
その姿は、ビミョーだった。
下半身は馬と言えば馬っぽいが、脚などは結構太くて短い。
そして上半身は確かにヒューマンだが、男女ともに頭には髪がなくて日を浴びて光っていた。
そして彼らは全員、ボディービルダーのような筋肉で、その体は何かを塗っているのか、テカっていた。
「ちょっと、彼らと会ってくるね」
「あ、ちょっと、男爵様」
馬車を降りて歩き出すフォーリィを、イペブラクオン達が慌てて追いかける。
「やあ、お客人」
彼らの前に立つと、真ん中のひときわ分厚い筋肉を持った男性ケンタウロスがニカッと白い歯を見せて声を掛けてきた。
「あれっ?喋れるの?」
聞いていた話と違うと思いながら、フォーリィはその者に話しかける事にした。
「私、フォーリィ・ルメーリオ・カデンと申します。この度、この領地の……」
「お客人は軟弱な体をしているね」
フォーリィの挨拶を遮り、真ん中のケンタウロスは両腕を肩の高さで肘から曲げて力こぶを作った。
「えっ?いや、筋肉はいいんだけど……」
「どうだい?我々と一緒にトレーニングして……」
「「「「ハッスル・マッスルしないか?」」」」
「ひっ」
ケンタウロス達の声がハモり、フォーリィは思わず数歩さがった。
「ちょ、ちょっと?」
「やあ、お客人。貧弱な体をしているね。どうだい、我々と……」
困惑する彼女をよそに、今度はケンタウロス達全員がニカッと白い歯を見せてそれぞれマッスル・ポーズを取る。
「「「「ハッスル・マッスルしないか?」」」」
「男爵様」
唖然として立ち尽くしているフォーリィに、イペブラクオンは声を掛ける
「先ほど申した通り、ケンタウロスは意思疎通が取れないのです」
別の意味で言葉が通じない生き物だった。
「そう言う意味かあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
フォーリィの叫びが辺りに響き渡った。




