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35 ハーフエルフっ娘と戦争4 ~ 少女の秘密

「注文した私が言うのも何だけど、よくこんな大きくて平らなガラスを作れたわね」

 工房で、フォーリィは壁に立て掛けられている予備のガラスを見て感心していた。


 敵が退却した後、フォーリィはマレクリン将軍と一緒に望遠鏡で敵の様子を見ていた。

 そして、暫らくは攻撃の再開はないと判断した将軍が兵士に休息を命じたため、フォーリィはお礼もかねて工房に顔を見せたのだ。


「大変だったんだぞ。急いで鉄板を作って表面を磨いて平にしたんだ」

 ガネトムートは反対側の壁に立て掛けられている鉄板をパンパンと叩く。

 その表面は鏡に出来そうなくらい綺麗に磨き上げられていた。


「後は溶けたガラスを乗せて、固まる前に素早く均一に手で伸ばしていくんだ」

「手で?火傷しないの?」

 驚きの声を上げる彼女に、ガネトムートは不敵の笑みを浮かべる。

「何言ってるんだ、お嬢ちゃん。俺たちは天下のドワーフ職人だぞ。どんなに慌ててても手の魔力を切らすようなドジは踏まねえよ」

 彼等は魔力で手を保護しながら作業ができるため、ガラスのように柔らかい物は素手で加工ができた。



「じゃあ、じゃあ、こんなのできる?」

 彼が簡単にガラスの加工ができると聞いて、おねだりする事にしたフォーリィだった。


「わあぁ♪」

 フォーリィが目を輝かせて見入っているのは、ガネトムートに作ってもらったガラスの猫だった。

「すごぉぉい。可愛い。綺麗♪」

「おっと、触るなよ。まだ熱いから」

 今にも手に取りそうなほど興奮している彼女を落ち着かせながら、彼は領都にいる孫娘を思い出していた。


 フォーリィは、ガネトムートとロックムートが近い年齢だと思い込んでいるが、ガネトムートは見た目通り七〇歳でフォーリィと同じ年頃の孫娘がいた。


「ガネトムートさん、ありがとう。だぁい好き♪」

 フォーリィはガネトムートの頭を抱きしめる。

 その無邪気な行為は、幼い頃の孫娘そっくりだった。


 息子夫婦が安心して暮らせるように、自ら志願して砦の工房で働き始めて数十年。

 その息子夫婦も子供ができて、たまに休暇をもらって会いに行くたびに孫娘が満面の笑みで抱きついてきていた。

 さすがに今は抱きついて来たりはしないが、それでも会いに行くたびに笑顔で迎えてくれる。


(この戦いが終わったら、顔を見に行くかの)

 などと考えながら優しく微笑んだ。



      ◆      ◆


 その日の夜、フォーリィは砦内の人気のない所を一人で歩いていた。

 遠くでは、夜襲に備えて兵士達が防具の確認をしたり、焼け落ちた城門の代わりに積み上げられた土嚢(どのう)を確認したりと、慌ただしく動いている。


 やがて彼女は静かに城壁の階段を上り始める。

 そして薄暗い城壁の上まで来ると、一〇メアトルほど進んでから足を止めた。


「やはり、あなたが来ましたね」

 フォーリィの言葉に、背後の気配は少し逡巡(しゅんじゅん)したあと、諦めたように前に出た。


「いつから気付いてた?」

 彼女が振り返ると、そこには魔法騎士団グリフォン隊のパウトミーが立っていた。

「気付くも何も、わざと一人であなたの前を通ったんですから」

 彼女の言葉に、パウトミーは咄嗟に身構えて周りの気配や魔力を探った。


「確かにあなたを誘い込みましたけど、ここに居るのは私達だけですし、トラップもありませんよ」

 勿論パウトミーはそれを鵜呑みにはしない。

 非常に偏った純血エルフ主義者だが、魔法騎士としての実力はトップレベルだし、戦場での経験も積んできている。


 彼は慎重に辺りを探り、彼女の言葉に嘘はない事を確認する。


「終わりましたか?」

「!」

 彼は露骨に辺りを見回していた訳ではない。

 それどころか、ただ彼女を睨み続けていただけだった。

 今まで対人戦も数多く経験していて、これまでは彼の探索に気付いた相手はいなかった。

 それなのに今、目の前にいる少女は彼が周囲の確認を終えたタイミングで声を掛けてきた。

 勿論彼はそれを偶然だと思っていない。一見無防備に見える動きで彼をここまで誘い込んでいるのだから。


「しかし、あなたが私を付けてきたと言う事は、やはり()()()()が……」

「黙れ!」

 パウトミーは慌てて彼女の言葉を遮った。

 周りに誰もいないと分かっていても、()()()()の事を口にするのは(はばか)られるからだ。

 だがフォーリィは別に、かまをかけている訳ではない。

 パウトミーの立場から、自分を狙う者は一人しかいないので、それを口にしただけだった。


「私は別に軍に戻るつもりもないし、政治的ないざこざに首を突っ込むつもりも無いから、放っておいて欲しいのですけど」

「ふざけるな!今回の戦闘に思い切り関わってきて、これだけの功績を上げておいて!」

 顔を真っ赤にして怒りを顕にするパウトミー。

 彼女がどんなに言葉を選んでも、所詮は勝者からの言葉だ。


「仕方が無いじゃないですか。相手が一個師団……一万の兵を用意してるのに、こちらは三千ですから」

 フォーリィは小さく溜息をつく。

「敵の数は数日前に判明したんだろうが!」

 彼の言葉に、フォーリィは目を瞬かせる。

「一ヶ月近く前から分かってましたよ。フロレーティオ男爵が買い集めた防具や消耗品の量から」

「なっ?」

 パウトミーの反応から、この世界では実際に敵の兵士が揃って、それを目にして初めて敵の数を把握出来ているようだった。


「情報の集め方と判断ポイントを教えますから、パウトミーさんから将軍に伝えてください。そうすれば、あなたの功績が上がりますから、私の功績だけ目立つような事には……」

「ふざけんな!この高貴なるエルフの私に、混ざりもののお情けで功績を上げろと言うのか?どこまで人を馬鹿にする気か?」

 怒鳴るパウトミーに、フォーリィはため息をつく。


「変なプライドにこだわらず、功績を追い求めてくれたら楽だったんですけど」

「プライドを持たない、貴様ら混ざりものと一緒にするな!」


 パウトミーは尚も怒鳴り続けるが、フォーリィはそんなものに付き合う気はなかった。


「私はね、()()は家族がいなかったの」

「な、何を言い出すんだ?」

 淡々と語り始めた彼女に、パウトミーは意図をつかめず思わず怯んだ。


「もちろん一緒に死線をくぐり抜けてきた()()の仲間は、私にとって家族そのものだった。だけど違うの」

 どこか懐かしむような、それでいて少し寂しそうな目で語るフォーリィ。

 家族がいない?組織?

 どう見ても彼女は自分の事を言っているはずだが、彼が知っているフォーリィの家族構成とは当てはまらなかった。


「私は()()、本当の家族を持てた。そして初めて知ったの。家族の温かさ、愛おしさを」

 フォーリィは真っ直ぐパウトミーを見据える。

「私はお姉ちゃんが好き。ママが好き。そしてパパが大、大、だぁぁぁい好きぃぃ♪」

 そう言って、お日様のような笑顔を作った。


「だから、どうし――」


 ぞくり


 言いかけたパウトミーの背中を冷たいものが走った。

 フォーリィの顔から突然、表情が消えたからだ。


 冷たい視線とかではない。

 能面のような顔でもない。

 だが、その顔からは全く感情が読み取れなかった。それがパウトミーを恐怖に駆り立てた。


「どうせ、私を殺せなかったら私の家族を誘拐したり殺したりして、私を動揺させようとするんでしょ?確実に私を殺すために」

「わ、分かっているじゃないか」

 本来、殺害しようとしている相手に、このような事をバラすのは得策ではない。家族に護衛を付けられたりしては、今後の選択肢が限られてしまうからだ。

 だが、パウトミーは完全に場に飲まれていた。そのような事を考える余裕も無いほどに。

 もっとも、フォーリィも別に確認している訳ではない。ただ事実を淡々と口にしているだけだった。


「私は、自分や家族の命を守るためなら何だってやる」

 彼女の手には、いつの間にか(さや)に収まったナイフが握られていた。

 パウトミーはそれを見て、どうにか余裕を取り戻せた。

「はっ?そんな小さなナイフで純血エルフの俺様と闘うつもりか?」


 それは、前世で彼女が愛用していたコンバットナイフを模して、ロックムートに作らせたものだった。


()()()()では私は落ちこぼれだったけど、別に技術で劣っていた訳じゃない」

 フォーリィが鞘からナイフを抜いた。

 それを見て、パウトミーは慌てずに魔法の術式を構築し始めた。


「ただ、人を殺す事に価値を見いだせなかっただけ」


 彼女はそう言うと同時に、その姿が()()()()()


 だが、パウトミーは驚愕の声を上げることも無ければ、彼女の姿を探して辺りを見回す事もなかった。

 何故なら、その時には既に彼は首から鮮血を噴き出していたからだ。


 フォーリィはと言えば、パウトミーから一〇メアトルほど離れた場所で、布の切れ端を使ってナイフの血のりを無表情で拭き取っていた。


 彼女はナイフを鞘に戻すと、倒れているパウトミーに近付く。

 すると、彼の体が静かに浮き上がる。


 そのまま肩の高さまで浮き上がると、フォーリィは彼の体を軽く押す。

 そしてパウトミーの体が城壁の外側まで移動すると、今度はゆっくりと下に落ちていった。


 この世界では重力を操作する魔法などはない。

 だが、パウトミーの体は明らかに重力を無視した動きをしていた。


 続いてフォーリィは足元に目を向ける。

 すると、石畳の上のパウトミーの血が淡く光り、そしてその血はやがて消えていった。


 その場には、彼の血の痕跡も、()()()()()()()()なかった。



今回、彼女のスキルの一端がうかがえる話となりました。


ただ、文字数が多くなってしまったので、続きは次回に持ち越しとなってしまいました。

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