34 ハーフエルフっ娘と戦争3 ~ 鉄壁の防御
「今度こそ。今度こそ……あの砦を……」
フロレーティオ軍のマルバーリオ将軍は、馬上で呪詛のように何度も何度もつぶやく。
昨日と同じ丘の上。
その先に見えるは両脇を岩壁に守られた砦だ。
先日の戦いは戦争ですらなかった。
あの忌々しい魔術師の奇妙な魔法で一方的に蹂躙されたものだ。
武力と武力がぶつかって敗れたのなら彼も納得がいく。
とても悔しいだろうが、それが戦争なのだと諦めもつくだろう。
だが、先日のあれでは、あまりにも理不尽すぎて怒りしか覚えなかった。
しかも今、敵の城壁の上に見える昨日の少女と思われる人影に、将軍達は血が煮えたぎる思いだった。
「戦場にピンクのワンピースだと?完全になめられている」
それはフォーリィがワイヤーの網などを仕込んで、矢に対する防御力を上げた服だったのだが、その事を知らない敵からは相手を見下していると取られても仕方がないくらいの可愛らしい服だった。
「みんな!よく聞け!この戦いは我らが生き残るための戦いだ!」
マルバーリオ将軍が兵士達の顔を見る。
そこには昨日の怯えた表情は見られなかった。
「この砦を落とし、敵の穀倉地帯と食料を奪うのだ!それ以外、飢えで苦しんでいる家族や恋人を守るすべはない!全てを手に入れるか全てを失うか!二つに一つだ!」
「「「「「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」
兵士達の叫びが丘を埋め尽くした。
「昨日はあの女の奇妙な魔法に翻弄されたが、あんなものは子供騙し!欠点だらけの魔法だ!恐れる事はない!」
将軍は剣を抜いて頭上に掲げると、その切っ先を砦へと向けた。
「全員、突撃ぃぃぃぃ!」
将軍の掛け声とともに軍勢が駆け出した。
身軽なライトメイルの歩兵を先頭に、防御を無視して広範囲に渡って走って行く。
「ふっ、やはりな。あの奇妙な魔法は動きの速い者は攻撃ができない。多分、術式が複雑で構築に時間が掛かるのだろう」
暫らくすると先頭の兵士たちが城壁に辿りつくが、未だに相手からの攻撃はなかった。
だが兵士たちはそれを不思議がるほどの余裕はなかった。
水で消せない火に襲われる。
その事は昨晩の内に兵士達の間で広まっていたので、彼らは死に物狂いで城壁にハシゴを掛けて素早く登り始めた。
そして城壁の上まで辿りつくと、城壁の淵に摑まって中に……
「えっ?…………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
先頭の兵士がいきなり落下していった。
「何っ?どうした?」
仲間が落下していった事に不安と恐怖が過るが、迷っている余裕はなかった。何故ならここは戦場。動きを止めたら命がいくらあっても足りないのだ。
そして後続の兵士が城壁に手を掛けようとするが……
「な、何だこれはぁぁぁぁぁぁぁ?」
そこには見えない壁があった。
「あいつら!なぜそこで動きを止める?」
将軍が怒りに震えた声を出す。
「わ、分かりません」
側近も、そしてこの場にいる誰もその理由が分からなかった。
「くそっ!いったい何だというんだ?敵は死神でも味方につけたのか?」
そうこうしている内に、重騎兵隊なども城壁の前に集まりだした。
だが、城門が閉ざされたままなので、手の出しようがなかった。
そこへ、やっと魔術師達がやってきた。
「おい、お前たち。あの城門をどうにかできないか?」
魔術師達にそう訊いたのは王国重騎士長だった。
「あっ、はい。ただいま」
王国直属の騎士の言葉に、魔術師達は慌てて城門に向かって一斉に炎の魔法を放った。
城門は木でできている。
そして予想道り彼らの魔法を受けて城門が燃え始めた。そして地面の砂も……
「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」」
城壁前の砂が一斉に、そして広範囲に青い炎を上げ始めた。
昨日に引き続き……いや、多くの兵士たちが城壁前に集まっているぶん、昨日より遥かに多くの者が巻き込まれていた。
「早く消火を!」
王国重騎士長の指示に、魔術師達が一斉に水を掛ける。
だが今回も、その炎は水では消えなかった。
炎に包まれながらも必死で外に逃げた者達もいる。
だが、この炎で部隊の三分の一が失われた。
「フリジェーヌ」
そこへ、一人の魔術師が凍結の魔法を放った。
「消せる。消せるぞ!みんな!凍結の魔法を使う……」
その魔術師が言い終わる前に、城壁の上から何かが弾ける音がすると、その魔術師は頭から血を噴き出して倒れた。
「うわぁ!何だ?今の攻撃は?」
王国重騎士長が辺りを探るが、魔法の残滓はいっさい感じられなかった。
しかし、攻撃は確実に続いている。
凍結魔法で火を消す魔術師が次々と敵に倒されていった。
だがここで、大きな動きがあった。
「やったぞ!城門が焼け落ちた!全員突入だ!火など恐れるな!」
残った兵士たちが、城門が焼け落ちて阻むものがなくなった入り口を目指して殺到した。
そして……
「ぎゃっ!」
先頭の兵士が何かにぶつかり足を止めた。
後続の兵士たちは、焼けている砂の上を死に物狂いで走り抜けているため、先頭の兵士に起こった事態に対応できず、次々とぶつかっていった。
「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」」
その結果、未だ燃え盛る砂の上で大量の兵士たちが身動きがとれない状態となり、のたうち回った。
「みんな!止まれ!」
その異常に、王国重騎士長は今まさに突入しようとしていた部下たちを咄嗟に止めた。
「何が起こっているのだ?」
信じられない光景だった。
彼はこの事象を引き起こせるものを知っていた。
だが、これほどの広さのものは不可能なはずだった。
でも、それでも確認する必要がある。
「おい、お前」
王国重騎士長は近くの弓士に声を掛ける。
「は、はい!」
「あの門の中に向けて矢を放ってくれ」
「分かりました!」
弓士は急いで弓に矢をつがえると、命令通りに矢を放つ。
―― カァン
矢は門の所で硬いものにぶつかったような音をたてて落ちた。
間違えなかった。
「結界魔法だ!」
「結界魔法?あんな広範囲に?」
他の重騎兵が驚きの声を上げる。
驚くのも無理はない。
結界魔法は、かなりの高度な術式で、高い魔力と術式制御能力をもっている魔術師だけが使えるものだ。
そしてその複雑さから、せいぜい術者の正面に壁を作るのが精いっぱいと言われている。
「これでは城門を突破できないぞ。どうする?」
将軍の指示に従って攻撃を続行するか、それとも王国重騎士長の名を持って退却させるか。
王国重騎士長が悩んでいる時、退却を告げるラッパの音が鳴り響いた。
「全員!退却だ!」
こうして、戦闘二日目もフロレーティオ男爵軍の完全敗北に終わった。
◆ ◆
「敵は退却を始めたぞ!」
「「「「おおおおぉぉぉぉぉぉ」」」」
マレクリン将軍の言葉に、砦内が歓声に包まれた。
「魔法騎士団たちもご苦労だった。お前たちのおかげで、こちらは被害を出さずに敵を退ける事ができた」
「も……勿体なき……お言葉です」
元気なく返事をする魔法騎士団のパウトミー。
将軍に感謝されても、実際彼らは何もしていない。
ただ、彼らの豊富な魔力量を生かして魔力を供給し続けただけだった。
「そして、一番の功績はフォーリィ。お前だ!」
「お役にたてて嬉しいわ」
将軍の称賛に、天使のような笑顔で返すフォーリィ。
その笑顔に兵士たちが見惚れる。
そう、今回もすべて彼女の活躍だった。
昨日の戦闘のあと、例の炎が消えない砂を城壁前に広範囲に撒いて貰うように将軍にお願いした。
更に城壁の上には土の魔石で強化した高さ二メアトルのガラスの板を、下からは見えないように角度を調整して、隈なく設置してもらった。スナイパーが狙撃できる隙間だけ残して。
そして、城門が焼け落ちてしまった場合に備えて、城門の裏側に土の魔石で強化したガラスの板を設置してもらったのだ。
勿論、それだけのガラスを強化するのは彼女一人の魔力では無理だった。そのため、魔法騎士団が魔力供給に当たる事になったのだ。
二度にわたる大勝利に砦内が沸き上がるなか、活躍という活躍が全くなく、魔法が使えなくなった落ちこぼれのために魔力供給をされられる羽目となった魔法騎士団達は、腸が煮えくり返る思いだった。
その中でも、パウトミーは別の理由もあって、フォーリィに強い憎しみを抱いていた。
「混ざりものの分際で!」
砦内部の雲行きが怪しくなってきましたね。
次回はいよいよフォーリィの秘密が少しだけ明かされます。




