199 ハーフエルフっ娘と奇怪なバケモノ【アシュラ編】1
「アンジェラトゥ伯爵様から要望のありました『超マリヲ兄弟』を作ってみました。これは、私がいた世界で爆発的な人気を誇ったゲームで、その名を知らない者はいないほどなんです」
満面の笑顔の卒業勇者こと日下部愛生に、フォーリィは頬が緩むのを必死に抑え、ポーカーフェイスでゲームの起動を促した。
(…………)
急いで作ったのか、それとも愛生の趣味なのか。そのゲームのグラフィックはスペラ〇カーの使い回しだった。
探検家の姿のキャラが、洞窟のような場所でマリヲそっくりの動きで走り回る。
違和感が半端なかった。
(まあ、ゲーム自身は楽しいからいいか)
フォーリィは愛生に労いの言葉を掛けて、暫らくカデン版マリヲを楽しんだ。
「あら、出かけるの?もうすぐ暗くなるわよ」
暫らくゲームで遊んで満足し、フォーリィが出掛ける準備を始めると、母アントゥーリアが声を掛けて来た。
「ええ。防衛関係でどうしても行かなきゃいけないの」
「そう、大変ね。ゴメンね、手伝えなくて。防衛関連は全てあなたに押し付けるようになっちゃって」
申し訳なさそうな顔をする彼女に、フォーリィはニッコリと微笑む。
「適材適所よ。気にしないで、私もママの原稿を手伝えないから。ママも明日の締め切りに間に合うように頑張ってね」
「だ……大丈夫よ」
額に汗を浮かべて目を泳がせるアントゥーリアを置いて、フォーリィは屋敷を出るとヘルメットを被って魔道二輪車にまたがった。
完全に日が落ちた夜道。
フォーリィは無灯火で高速移動をしていた。
彼女は周りの「存在」と同調し、夜道を過ぎる野獣や道の凹凸を感じ取りながら、速度を落とさずにそれら障害物をすり抜けていく。
エンジン音がしない魔道モーターのバイクだ。野獣たちからすれば、気が付いたら高速で何かが通り抜けて行ったという感じだろう。
夜道を走る彼女のバイクは、カデン領から遠ざかって行く。
◆ ◆
「このままでは、王家はあの女に乗っ取られてしまうぞ」
自分の執務室で危機感を募らせている金髪金目のインテリ・イケメン。
彼は、ホーズア王家五男のクアレスミロだ。
兄のスッポンポン王子1号と2号が相次いで失脚したことにより、彼は現在、王位継承権一位となっている。
そんなクアレスミロだが、国の財政管理と全軍指揮権がフォーリィに渡ったうえ、彼女がホーズア王の養子と他国の姫との婚約を発表したことで焦りを感じていた。
このまま彼女の力が増して行けば、王家は彼女に対して頭が上がらなくなる。
それはつまり、ホーズア王家は彼女の傀儡となってしまうことに他ならない。
だが、他の失脚した王子と違い、彼女がハーフエルフである事に忌避感はない。
なぜなら彼は、今隣で控えているハーフエルフの侍女と相思相愛だからだ。
「もはやカデン侯爵の勢いは止まりません。こうなってしまうと、仮に彼女を排除できたとしても、その後の混乱は必須です。ホーズア王家の権威も大幅に下がりますし、下手をすると王家滅亡に発展する可能性もあります」
文寄りの補佐官の一人が渋い顔をして言った。
ホーズア王国は度重なる侵攻により、北ホーズアの領地を大幅に削られた。
もちろん、暴走した領主達によるものなのだが、彼らを止められなかったことや、迅速に援軍を出して侵攻を食い止められなかったことにより、王家の権威はかなり揺らいでいた。
それでも他の貴族達が王家に従っているのは、圧倒的な軍事力を持つカデン領が王家のバックに付いているからだった。
もし、フォーリィの身に何かあれば、王家を滅ぼして王国を簒奪しようと考える貴族がいてもおかしくない。
特に、南ホーズアは最近まで別の国だったのだから、ホーズア王への忠誠心など欠片もない。
彼らがホーズア王家に従っているのは、フォーリィが反旗を翻した領地の軍をことごとく潰して行ったからだ。
「いっそのこと、あの女の家族を一人攫って、王家に逆らえないようにしてはどうでしょうか」
護衛騎士であり武寄りの補佐官でもある男がそう提案すると、その場の全員が渋い顔をする。
この世界では、人道的という言葉はない。
だが、家族を攫って言う事を聞かせるのは効果的ではあるが、その者から恨みを買うことになるのは誰でも分かる。
「もし、攫った者が死んでしまったり、逃げ出したりしたら、あの女は問答無用で王都に『神の審判』を落とすぞ。そうしたら他の貴族達は嬉々としてあの女を次の王にするだろう」
クアレスミロの言葉に反論する者はいない。
皆知っているからだ。帝国の侵攻の時、彼女が王都を見捨てようとしていた事を。
そして、言う事を聞かせるために貴族の家族を人質にとったと知れれば、王家を指示する者は激減するどころか、多くの貴族は王家を滅亡させようと動くだろう。
「確かにそうなると、逆に王家が滅ぼされる可能性が高いです。ですので、すぐに殺害して死体を跡形も無く燃やしてしまうのです。そうすれば、あの女がいくら密偵を送り込んでも家族の足取りがつかめないので、王家に従うしかありません」
護衛騎士の言葉に、クアレスミロはアゴに手を当てて考える。
彼の案はかなり荒く、穴だらけだ。
だが、王家の暗部組織に頼めば可能だろう。
暗部組織の連中は、知略や謀略に長けている。人一人、跡形も無く消すのは造作もないだろう。
「うむ、そうだな。その案でいこうか」
「クアレスミロ殿下ぁ!?」
隣に控えている侍女が血相を変える。
「大丈夫だよ。大丈夫。君が思っているような事はないから」
クアレスミロは立ち上がると、優しい笑顔で彼女の頭を撫でる。
「クアレスミロ殿下……」
侍女はうっとりした顔で頬を染める。
「人を殺すような事はしないよ。あくまでも魔法で記憶を封じて、顔を変えてもらうだけだ」
それでも家族から引き離すのだから、彼女は納得できないものであるのだが、クアレスミロの微笑みに何も言えなかった。
ちなみに、クアレスミロは攫ったフォーリィの家族を生かすつもりはなかった。
「では、王家の安泰のためにも、彼女から家族の一人を引き離すことにしよう。但し、実行するのはお前たちじゃない。適任の隠密部隊がいるから、その者達に……」
そこでクアレスミロの言葉が途切れた。
その場の全員が首を傾げていると、クアレスミロが突然叫ぶ。
「貴様!どこから入った!?」
緊迫した声に、全員が身構えて辺りを見回す。
だが、不審者らしきものは見当たらない。
「殿下!不審者ですか?どこに?」
護衛騎士が剣に手を掛けて訊ねる。
「何を言っている!?俺のすぐ後ろにいるだろ?」
それを聞いて、すぐさま彼の後ろに回り込むが、そこには誰もいなかった。
「どこですか?賊は隠密系の魔法を使っているのですか?」
「何を言っている。俺のすぐ後ろに見えているだろう!?」
そう言われても何も見えない。
姿を見えなくする魔法でも使われているのか。
護衛騎士は手を伸ばすが、そこにはやはり誰もいなくて、彼の手はクアレスミロの背中に触れた。
その瞬間、クアレスミロの身体がビクンと震える。
「すみません。誰もいないようです。誰か、幻影魔法が使われた痕跡などがないか確認してくれ」
武寄りの補佐官である護衛騎士は、魔法の残滓などを検知する能力が殆ど無い。そのため、室内にいる魔術師に確認をお願いした。
「いえ、魔法が使われた形跡はありません」
魔術師の一人がそう返した。
その時、クアレスミロの後ろで彼の首筋にコンバットナイフを突きつけているフォーリィは、彼の耳元で言った。
『誰も私を見る事も感じる事もできないわ。だから、これ以上騒ぐと、あなたの気が触れたと思われて、強制的に療養させられてしまうわ。いい?私はあなたを殺すつもりはないの。だからここは大人しくして座って頂戴』
首筋のナイフに力が込められると、クアレスミロは小さく首を縦に振った。
「すまない。疲れが溜まっていたため、幻覚が見えたようだ。騒がせたな」
「そうですか。安心しました」
全員が胸を撫で下ろし、身体の力を抜いた。
そんな彼等から自分の存在を認識を完全に消しているフォーリィは、クアレスミロを椅子に座らせると静かに言った。
『私の家族に手を出すのなら、あなたはスッポンポン王子3号となるわよ』
「!!」
やはり、この女が絡んでいたかと、彼は思った。
いくら何でも、兄たちが立て続けにあんなハレンチな事件を起こすのは不自然だったのだ。
『あなたには次期国王になってもらわないといけないの。なぜならこれ以上次期国王候補が減ると、絶対にこの国は荒れるわ。そうなると、私の家族にも少なからず被害が及ぶの。いい?私はこの国よりも王家よりも家族が大事なの。だから、あなたは次の国王になって、しっかりとこの国の政治を頑張りなさい。この国が乱れないように。そのための支援は惜しまないわ』
更に首筋のナイフに力を込めると、次の瞬間にはふっとその存在が掻き消えた。
クアレスミロは急いで振り返るが、そこには誰もいなかった。
「痛っ」
軽い痛みを感じ、彼は首筋に手を当てる。
そして離したその手には血が付いていた。
それを見て、侍女が目を見開く。
「殿下!?お怪我を?」
素早くハンカチを取り出して、クアレスミロの首に当てた。
だが彼は、その傷をあまり気にしているようすもなく、家臣たちに一言告げた。
「さっきの話だが、やはり止めだ。考えてみれば、彼女は常に家族を大事にしていた。その家族を人質にとる事はとても大きなリスクだ」
「だがそれは……」
「それに――」
反論しかけた護衛騎士の言葉を遮り、クアレスミロは続ける。
「――逆に彼女の家族と仲良くなれば、彼女は俺を支持してくれるだろう」
これまで、フォーリィをどうにか抑え込もうと考えていた彼らにとって、クアレスミロの言葉は目からウロコだった。
なぜ、今までその事に考えが向かなかったのか。
それと同時に、その考えに至った殿下に対する忠誠心は一層高まった。
(誰にも見つかること無く、堂々と俺を害せるだと?あんなバケモノに手を出したら命がいくらあっても足りないぞ)
クアレスミロの頬に一筋の汗が流れた。
暫らくして、誰にも認識される事無く王城を出たフォーリィは、ポケットが震えている事に気付くと魔道音伝器を取り出して耳に当てた。
「全長三十メアトルの巨大な魔物!?すぐ行くわ」
フォーリィは、慌ててヘルメットを被ると、バイクに跨って走り出した。




