19 ハーフエルフっ娘、タイヤ開発に挑戦する2
5000文字を超えたので19話と20話に分けました。
「と言うわけで、家で実験するの禁止だって……」
翌日、フォーリィはロックムートの工房に現れると、不貞腐れた顔で事情を説明した。
「おいおい、まさか今度はその危ない実験をここでやろうとか思ってないだろうな」
話の流れから危険を感じたロックムートは、彼女の話を遮って口を挟んだ。
「まさか。そんな事してオイル・ダンパーの生産に遅れがでたら利益が減っちゃうじゃない」
明るく笑うフォーリィ。
そんな彼女を見て、もしバネやオイル・ダンパーをフル稼働で作成していなかったらここで実験していたのかと、ロックムートの額に冷や汗が流れた。
「ロックムートさん。廃工房とまで行かなくても、どこか空き小屋はない?できれば竈があれば嬉しいんだけど」
「そんな都合のいい空き小屋なんて……まてよ……」
ロックムートはアゴ髭を撫でながら考える仕草をする。
「心当たりあるの?」
そんな彼に、フォーリィが目を輝かせて顔を近づける。
「お、おう。竈さえあればいいのか?」
ハーフエルフの整った顔を間近にし、ロックムートは少し顔が熱くなるのを感じた。
「うん。後はこっちで用意するから」
「だったら……」
「うわあぁぁ♪」
フォーリィは作業場に入ると嬉しそうにクルクルと回った。
「裏庭に井戸もあって、もう最高♪」
ここはロックムートが昨年まで使っていた工房だ。
ここでは鍛冶作業をするスペースが広げられないため、今使っている工房を新築した。そのため、ここは空き小屋として放置されていた。
確かに鍛冶を行うスペースは、現在ロックムートが使っている工房の半分ほどとかなり小さい。
でも、竈は立派なものが設置されていて、フォーリィには十分だった。
ちなみに、ロックムートはダンパーの生産とフォーリィの追加の注文に追われているため同行はせず、彼女に場所を説明して鍵を渡した。
「ふふふふっ。では薪に火をつけて、調合を始めますか」
フォーリィ、魔女モードになって調合を始める。
◆ ◆
「ロックムートさん。出来たわ♪」
五日後、フォーリィは満面の笑みでロックムートの工房を訪れた。
「おお、出来たか。『柔らかいゴム』と言うやつが」
ロックムートは、彼女が次々と仕事を増やしてくる事には、勘弁してほしいと言う気持ちでいっぱいだが、彼女が新しいものを持ってくるのは大歓迎だった。
「ほら、見てみて♪」
確かに彼女が引っ張ると、ゴムは伸び縮みしていた。
「すげえな……」
「ほら、ロックムートさんも触ってみて」
彼女から渡されたゴムを最初は恐々引っ張り、十分な強度がある事を確認すると、面白そうに何度も何度も引っ張ってみた。
「これは……すげえ素材だな」
「でしょ♪」
「!」
―― 天使の笑顔
彼女が嬉しそうに笑う姿はまさしく天使そのものだった。
ロックムートが辛い思いをしてまで毎日日が沈んだ後まで仕事をしているのは、彼女のその笑顔に魅了されてしまったからだった。
「で、頼んでいたものは出来た?」
「おう。そこに置いてあるぞ」
フォーリィがロックムートから小屋を借りた日に頼んでいたのは、車輪、タイヤチューブ用の金具、空気入れ、そして携帯空気ボンベだった。
「しかし、こんな針金で馬車を支えられるのか」
ロックムートが心配そうに車輪の針金を触る。
彼女が頼んだ車輪は、自転車の車輪と同じ構造で、幅はオートバイのタイヤくらいにしたものだった。
「チッ、チッ。これは支えるんじゃなくで、ぶら下がるの。つまり、車輪の上の部分に車軸がぶら下がる形になるの」
「その発想はなかったな」
今までの馬車の車輪は、車輪の下の部分が車軸を支えるものだった。だから逆転の発想とも言えるこの車輪はロックムートにとって画期的だった。
「じゃあ。まずは、このチューブに金具を付けて」
彼女が取り付けを頼んだのは、チューブに空気を入れるための金具だ。
ちゃんと、彼女の指示通り中にスライム・シートを小さく切ったものが中に仕込まれていて、空気の逆流を防いでくれる。
「次はそのチューブを車輪に装着して。その上に、荷馬車に積んであるタイヤの外側を設置するの。あ、その時チューブが噛まないようにしてね」
「できた……」
組みあがった車輪を前に、フォーリィが感極まったと言う表情で車輪を見つめていた。
「ロックムートさん、空気入れをちょうだい」
「『クウキイレ』?ああ、風を送る道具だな。ほれ、受け取りな」
渡されたのは自転車の空気入れそのものだった。
最初、空気の概念を説明したが理解してもらえなかったが、水鉄砲のようなものだと説明して、どうにか作ってもらったのだ。
ペコペコ、ペコペコ
フォーリィが硬さを確認しながら空気を送る。
そして、程よい硬さになったのを確認すると、ロックムートに車輪を交換してもらいながら次のタイヤに空気を入れる。
「おおぉぉ、これよこれ。これこそ近代的よ」
「……いや、斬新だろ……」
ロックムートの呟きをよそに、フォーリィは荷馬車に乗り込むと、御者に命ずる。
「しゅっぱあぁぁぁぁぁつ」
彼女の掛け声と共に、荷馬車はゆっくりと走り出す。
「おおっ、乗り心地がもっと快適になったわ。これよ、これ♪」
フォーリィが上機嫌で乗り心地を堪能していると、暫らくして馬車の動きが遅くなった。
「……あれっ?」
不思議に思ったフォーリィが確認すると、タイヤの一つがしぼんでいた。
「パンク……」
「クギね……」
「……ああ、クギだな」
やっとの事で工房に戻り、パンクの原因を確認したところ、タイヤに折れ曲がった釘が刺さっていた。
「よく見ると工房の周りは結構クギが落ちてるわね」
「まあ、クギも作っていたからな。馬車などの古くなったクギを抜いて、その場で新しいものを打ち付けていくお客さんもいたからな」
「じゃあ、何?ひょっとして街中たくさん釘が落ちてたりするの?」
「いや、そんなにたくさん散らばってはいないとは思うが……」
「もう!せっかく快適な乗り心地を手に入れられたのに、これじゃあ使い物にならないじゃない!」
もともと、空気で膨らませるタイヤなどが存在しなかったのだ。だから彼女の怒りは理不尽であるのだが、そんなこと彼女には関係なかった。
「そうは言っても……んっ?それって『風』を封じ込める必要があるのか?」
ロックムートが何かを思いついたと言う顔でフォーリィに聞く。
「どういうこと?」
彼の言葉に、フォーリィが可愛く首を傾げる。
そのしぐさに、見入ってしまいそうになる自分を抑え、ロックムートは自分のアイデアを説明する。
「いや、例えば一センチ角ほどの細長い金属を五ミリ間隔くらいで何本も立てて、その回りを囲ってからスライム・シートを流せば中に空間ができたシートが作れるだろ?それを車輪に巻けば……」
つまり、断面が格子状になるようにゴムを形成しようと言うのだ。
「それっ!それよ。イケる。そのアイデア、イケるわ!もう、ロックムートさん天才♪」
フォーリィが喜びのあまりロックムートを……彼の頭を抱きしめる。
「ロックムートさん。だあぁい好き♪チュッ、チュッ♪」
そしてオデコにキスをする。
彼女はロックムートなどのドワーフ職人達は、その外見からみんな五〇台後半から六〇台前半と思っているので、こういった行為をとることに、ためらいは一切ないのだが、実は彼女が持ち込む物のような斬新な物に興味を惹かれるドワーフ達は、ロックムートを含めみんな二〇歳前後だった。
そして彼女の無自覚の行為により、ドワーフ達はますます奮い立ち、互いに競い合うように彼女の商品をより早く、より高品質に作るようになっていった。夜遅くまで。
こうして、本人が気づかない内に、彼女の製品生産はブラック化しつつあった。
今回でタイヤ作りは終わりです。
20話ではいよいよ魔石の話になります。




