186 ハーフエルフっ娘と未知との遭遇3
『すると……モグモグ……この者はホーズア王国と言うエルフ国家の……モグモグ……伯爵で……』
『そうよ……モグモグ……お姉さまは、海の向こうからの……モグモグ……侵略者に備えて演習を……』
ケーキに釣られたサハギンの王は、無理やりセレカンティア王女用に用意した水槽に入り込むと、一緒にケーキをパクつき始めていた。
ちなみに王女の身体に付いた亀甲……ゲフンゲフン……網の痕は部下に命じて治癒魔法で治してもらっている。
『だが、その武器を……モグモグ……私達に……モグモグ……向けないと……あ、セレカンティア、そちらの赤いフルーツが乗っているやつを取ってくれないか?』
『これ?』
セレカンティア王女は、自分の近くにあるイチゴのショートケーキの最後の一切れが乗ったお皿を手に取る。
『ああ、それはまだ一口も食べていないから……ああっ!!』
王女が物凄い勢いでイチゴのショートケーキを口に詰め込んだのを見て、サハギンの王は絶望したような声を上げる。
『ぜ、ぜ、全部食べたな?私に一切れも残さず』
涙を浮かべる国王にフォーリィは苦笑いを浮かべる。
「え、えーと、国王様ならこちらの方がお勧めです」
フォーリィ達がテーブルの上に置いた新しいホールケーキを見て、サハギンの王は僅かに顔をしかめる。
無理もない。そのケーキは炭のように真っ黒だったからだ。
「これはチョコレートと言う甘くてほろ苦いお菓子でコーティングされているケーキです」
『ほう、甘くてほろ苦いとな』
切り分けられて目の前に置かれたチョコレートケーキから漂うカカオの香りに、サハギンの王はそれを口に運んだ。
そして、三、四回咀嚼するとピタリと動きが止まる。
『パパ、どうしたの?』
王女が訝し気に王の顔を覗き込む。
すると、サハギンの王はクワっと目を見開き、ガツガツとチョコレートケーキを勢い良く食べ始めた。
『何?そんなに美味しいの?私にもちょうだい』
父親の食べっぷりを見て、王女も差し出された皿をひったくるように受け取り食べ始めた。
『何これ?このケーキも凄く美味しいわ♪』
王族がケーキを奪い合うように食べるようすを、サハギンの部下達は物欲しそうに見ていた。
そしてフォーリィは、王達が食べ終わるのを待たないと話を始められないと内心ため息を吐いた。
『するとその武器は、我々を攻撃するものでは無いと言うのだな?』
暫らくして彼等が満足すると、フォーリィは王女が捕えられたいきさつをサハギンの王に話した。
サハギンの王は相手の心を見透かすかののような視線をフォーリィに向けているが、親子ともども口の周りにクリームを付けているので、神妙さが半減している。
「はい。ご覧の通りあの砲台は大きな金属の筒が取り付けられていますので、向きを変えるのにも非常にゆっくりです。そのため、大型の船など動きが遅くて大きな標的を攻撃するのに適しています」
『だが今回、私の娘がその武器の攻撃でお前たちに捕えられたのだろ?』
クリームが付いた顔で睨む王に、前世で感情制御の訓練を積んだフォーリィは特に気にすることなく説明を続けるが、彼女の部下達は笑いを堪えるのに必死だった。
「今回はサハギンの方達が大砲をご存じなかったからです。ですが、砲塔……この金属の筒ですが、それが向いた先に攻撃が来ると分かっていれば簡単に避ける事ができます」
『うむ……確かにそうだな』
「だけど、今後またこのような事故が起こる可能性もあります。そして次はサハギンの誰かが命を落とさないとも言いきれません」
『つまりそれは、その大砲とやらの攻撃範囲に入った我々の責任だと言いたいのか?』
サハギンの王は意識して言葉に若干の怒気と威圧を込めた。
サハギンとしてはエルフ達が地上で好き勝手するのは構わないが、地上から海に向かって攻撃してきて、お前たちが避けるのが当然だと言う態度を取られるのが不愉快であり、また、彼等の横暴を許しては人間を増長させるだけでありマレール王国内でも国王は逃げ腰だと批判されるだろう。
だが、フォーリィはそんな威圧を気にも留めず、「いえいえ」と首を横に振った。
「海の向こうからの侵略に対する演習は止める事はできませんが、サハギンの皆さんを巻き込むことは望んでいません。ですので、予め演習の日時をお伝えするための通信手段を設けたいと思います」
フォーリィが部下に目で合図すると、彼等はサハギンの王の前に魔道具を置いた。
『これは?』
首を傾げる王の前に置かれたのはテレビ電話だった。
「これは通信用の魔道具です。こちらに対となるものがあります」
フォーリィがスイッチを入れると、王の前のテレビ電話に彼女の姿が映し出される。
『な、なんと……』
「このように、遠く離れていても会話ができる魔道具です。これをマレール王国にお持ち帰り下さい。演習の日時が決まりましたら、その都度この魔道具を使ってお伝え致します」
画面に映ったフォーリィと実物を見比べて目を白黒するサハギンの王とは対称に、セレカンティア王女はキラキラとした目で画面を見つめていた。
このテレビ電話、塩水に浸かっても大丈夫かと言われれば、いささか不安を感じるフォーリィとだったが、電気を使っていないため、漏電の心配はなく、一応水の中でも使える事が検証で分かっていた。
サハギンの王は、テレビ電話を見て暫らく考え込むと、まっすぐフォーリィを見据える。
『どうやら、私達は陸の下等生物に対して偏見を持っていたようだな』
フォーリィは、サハギンの王が人間に対して偏見を持っていたと聞いて、彼等にとって人間は攻撃的であり恐ろしい存在なのだろうと思った。
だが……
『猿のように脚があるから、知能も猿とあまり変わらないのかと思ったが、こうやって私達に気配りができるほどには知能があったのだな』
彼等の偏見はフォーリィの予想の斜め上を行っていた。
不快感を露わにするフォーリィの部下達。
そんな彼等を軽く手で制して、健やかな笑顔でフォーリィはお土産の用意を指示した。
『では、私達はそろそろ帰るとしよう。この調子でもてなして貰えるのなら、お互い良き関係を築けるだろう』
「国王様。少々お待ちください」
水槽から出ようとするサハギンの王をフォーリィは呼び止めた。
『まだ何かあるのか?』
「はい。実は国王様にもう一つお土産を用意ています」
そう言ってフォーリィがニッコリと微笑むと、ちょうど後ろから一人の兵士がテレビを抱えてやって来ていた。
彼は、フォーリィの指示で海軍兵舎に備え付けられているテレビを取りに行っていたのだ。
「これはテレビと言いまして、このように地上の演劇やファッションのニュースなどをお届けする魔道具です」
スイッチを入れると、ちょうどクリスマスの準備で賑わうショッピングモールが映し出されていた。
『『『『『こ、これは!!』』』』』
サハギンの王と王女、そして彼が連れて来た兵士達がテレビの映像に目を丸くした。
それは彼等の全く知らない世界だった。
彼等が海から見る地上の景色とは、漁で生計を立てる貧しい漁村だ。
一応衣服を作る技術はあるが、木造の粗末な家屋と疲れ切った顔をしている地上の住民たち。
サハギン達から見える範囲では、それくらいしか確認できなかったのだ。
だが。今、魔道具から映し出されているのは石造りの建物に色とりどりの光で装飾された内装。きらびやかなドレスの数々。見た事も無い食べ物や道具。
そして何よりも、心から嬉しそうにショッピングを楽しんでいる人々。
地上の生物のどこが野蛮だ?
どこが礼儀作法も碌に知らない下等生物だ?
そこまで考えを巡らせたところで、サハギンの王はハッとして港の固定砲台に顔を向けた。
そして気付いてしまった。
自分達こそ文化的にも軍事的にも劣っているのだと言う事を。
『……伯爵殿。このような素晴らしいお土産、感謝する。そこでだが……今後、私達と貿易取引を始める事は可能だろうか』
それを聞いて、フォーリィは心の中でほくそ笑みながら、営業スマイルで答える。
「それにはホーズア国王様に話を通して貰う必要がありますので、その段取りなどは今後テレビ電話を通じて取り決め致しましょう。ああ、でも商取引には金、銀、銅などの金属を使たお金を使いますが、マレール王国にはそのようなお金があるでしょうか?」
わざとらしく眉尻を下げて困った顔をするフォーリィに、サハギンの王は難しい顔をする。
『い、いや、私達は磨いた貝殻などを使ったお金で商売をしているのだが、それは使えないのか?』
「はい。残念ながら」
『むう、それは困ったな』
口元に手を当て考え込むサハギンの王。
それに対してフォーリィはさほど困った感じも見せず、ポンと手を打った。
「それなら、私に考えがあります」
『む?何だ?』
「特定の貝は、内部に白かったり黒かったりする玉を持っているものがありますよね?」
『ああ。気を付けないと食べるときに歯が欠けたりするな』
サハギンの王は少し嫌そうな顔をする。たぶん、食事中に真珠を齧った経験があるのだろう。
「その玉、真珠と言いますが、それを養殖しようと思っています。そのお手伝いをして頂けれは地上で使えるお金でお支払い致します」
天使のような笑顔でそう提案するフォーリィ。
こうして数年後、カデン領は大陸一の真珠の一大産地となるのだが、それはまた別の話だ。
『では、私達はこれで帰らせて貰う』
部下たちにテレビなどを持たせて、サハギンの王は水槽から海に飛び込んだ。
「ホーズア国王様にマレール国王様の事をお伝えし、日程が決まりましたらテレビ電話でお伝えしますね」
サハギン達に笑顔で手を振るフォーリィ達。
『バイバ~イ♪ママに宜しく伝えておいてね』
その「フォーリィ達」の中にセレカンティア王女も混ざっていた。
王女以外の動きが止まる。
ギギギと言う音が聞こえてきそうな動きでサハギンの王は振り向き、暫らく口をパクパクとさせた後、大声で叫んだ。
『おまっ!ずっこいぞ!!私だってここに残って伯爵殿のおもてなしを受けたいのを、王族としての仕事と義務があるから仕方なく帰るのだぞ!』
『私、王族としての仕事なんて無いから』
『いや、あるだろ?社交界とか王女教育とか』
『私、お姉さまと結婚するから、もう勉強の必要なんて無いわよね?』
セレカンティア王女がフォーリィの腕にしがみ付こうとしたが、フォーリィは半歩水槽から離れてそれを躱す。
『あん、お姉さま。何で離れるんですか?』
身を乗り出して尚も腕にしがみ付こうとするが、フォーリィは更に数歩下がった。
「王女様。まず一旦、城に帰られてはどうでしょうか。そしてご家族の了承が得られましたら、また来て下さい」
『むうぅぅ。分かったわ』
不機嫌な顔をしながら、王女は渋々海に戻った。
『絶対パパとママを説得してみせるから。待っててねお姉さま♪』
今度こそ王女も含め全員が港を後にした。
フォーリィとしては、いくら何でも種族も違う上、同性である自分との結婚など王達が認めるはずは無いと、この話はこれで終わったと思っていた。
だが彼女は知らなかった。
マレール王国では同性婚が認められている事を。
海老で鯛を……では無く、ケーキで人魚を釣ったフォーリィ。釣った魚に懐かれ過ぎて困っています。
今後どうやって王女のアタックを回避するか……王女の出番は……たぶん、あります。




