180 ハーフエルフっ娘と戦後2
「大変申し訳ございません。国王様の頭に虫が留まっていましたので」
頭を押さえて痛そうに顔をしかめるホーズア王。
フォーリィはホホホと笑って、彼の横に移動する。
「それと国王様。そのような冗談は国民が混乱しますので、程々にお願いいたします」
目がちっとも笑っていない笑顔をグッと近付けるフォーリィに、国王は怯えた目でコクコクと首を縦に振った。
それを観た国民は理解した。いや、理解させられてしまった。この国の真のトップが誰なのかを。
「国王様。この度決まった事・だ・け・を、この国の民達にご説明願います」
そう言いながら、彼女は床に転がった王冠を拾い上げ、やや乱暴にホーズア王の頭に被せた。
「わ……分かった」
改めて画面に向き直った彼の口から語られた話は、次の通りだった。
一、カデン領への借金の返済の一部として、王国がミャイル川に建設中のダムの権利を半分、カデン領に譲渡する事とし、今後はカデン領との共同建設とする。
二、王都に新たな魔力会社を設立し、カデン領との共同事業とする。
三、ミャイル川のダムは設計を修正し、一か月後に発魔力所の第一形態の完成および王都内への魔力供給を開始し、その後もダムの壁を積み上げて、数年後に第二形態を完成させる。
四、王都内でカデン領が乗合魔力車を運営する事を許可する。
五、ホーズア王国内での鉄道網建設権を独占的にカデン領に与える。
「――更に王国軍の指揮権および財務は全てカデン領に移譲して――」
――バッチィィィィィィィィィィィン
再び国王の王冠が床に転がった。
「度々申し訳ございません。頭に虫がたかっていたわ」
そう言って、フォーリィは再び王冠を拾い上げると、乱暴に国王の頭に乗せた。
「コホン、失礼した。正しくは王城の軍事および財務はカデン領の管理下に置かれ――」
――バッチィン!バッチィン!
画面の外に飛んで行く王冠。
両手で頭を抑え必死で痛みに耐える国王。
「あら、虫が二匹も留まっていましたわ。あと、国王様。情報は正しく伝えた方がいいと思います。今回の合意は、王国がカデン領への借金を返済し終わるまでは、大規模な軍事行動や都市開発など、大きなお金が動く場合で、カデン領の許可が必要になると言うものですよね。違いましたでしょうか?」
笑顔のまま顔を近付けるフォーリィに、国王は「間違っていない」とコクコク頭を縦に振った。
言葉は訂正されたが、内容は変わっていない。それがテレビを観ていた人々の印象だった。
「ああ、もう。あの国王様、何とかして」
中継が終わり、領邸に戻ったフォーリィは、彼女の母、アントゥーリアの執務室でソファに身体を投げ出して不満をぶつけていた。
アントゥーリア以外の家族は全員、領地経営で仕事があるので出かけているが、アントゥーリアの主な仕事はカデン領の特産品とも言える雑誌の袋とじに掲載されているマンガを描く事なので、執務室にいる事が多い。
今も、フォーリィの話を聞きながら、せっせとマンガを描いている。前回、かなり締め切りを伸ばす事になったため、フォーリィが早く描くように背付いているからだ。
「だからと言って、王様の頭をポンポン叩くのは行き過ぎよ。お陰であなたが国王より上だって国民に印象付けられたわよ」
「あれ以外の選択肢が無かったのよ。あのまま喋らせてたら、王位の譲渡まで発表しかねなかったんだから」
あそこまで思い切った事をするとは思っていなかったフォーリィは、考えが甘かったと言わざるを得ない。
「私が王位を簒奪なんてしたら国内の不満が高まって国政が乱れるから、カデン領はあくまでも経済的な支援を含めた口出しに留める方向でって話だったのに、ぶち壊しよ」
頬を膨らませる彼女に、アントゥーリアはクスリと笑う。
「それが、あの人の狙いだったのかも知れないわね」
母の言葉に、フォーリィはピクリと眉を動かす。
「まあ、分かっていた事だけどね。でも、あそこまでの強硬手段に出るとは思わなかったわよ」
「フォーリィだったら、国内の不満分子をねじ伏せられると思ったからじゃないかしら?」
確かに彼女の手腕とカデン軍の武器を使えば、それは可能だ。
だが、ただそれだけだと単なる独裁政権となってしまうので、色々と暗躍が必要になって来る。
ハッキリ言って面倒くさかった。
「当初の国王様の発表通り、アンジェラトゥが国王様の養子になって私と結婚すれば、一応、私が王家に取り込まれる形になるんだろうけど……直接血が繋がっていないから、他の上位貴族達にすんなり受け入れられないわよね」
「そうね。王位継承権がある王子との婚姻を進めて来るかと思っていたけど、まさかあの子を養子にすると言いだすなんてね」
困った顔をするアントゥーリア。
その時、入り口の横に赤いランプが灯った。この部屋の防犯カメラのマイクがオフになったのだ。
ハッとして横を見ると、フォーリィが手を伸ばして、机に設置されているマイクのスイッチを切っていた。
「もう、ビックリするじゃない。あなたのその技、私でも見抜けないんだから」
ソファに身体を投げ出しているフォーリィと、自分の隣にいるフォーリィを交互に見ながら、アントゥーリアは頬を膨らませる。
「まあまあ、ところでママに聞きたいんだけど――」
そこで、フォーリィの顔からフッと笑顔が消えた。
「ママはハイエルフなの?」
アントゥーリアの顔が凍り付く。
「な……何を言っているのかな?」
「ママなら分かるわよね。私が何の根拠も無しに、こんな事言っている訳じゃないって」
フォーリィに冷たい目で睨まれ、アントゥーリアは暫らく目を泳がせていたが、やがて観念したように肩を落とした。
「……いつから気付いていたの?」
「エルフやハーフエルフとは違う存在だと思ったのは、ママが私に異次元魔法の話をしてくれた時からよ」
「あなたが記憶を失った直後じゃない。つまり、最初から気付いていたってこと?」
アントゥーリアは大きく目を見開いて驚いた。
フォーリィからは、そんな素振りは一切感じなかったからだ。
「もっとも、ハイエルフと結びついたのは、最初にハイエルフと出会った時だけど」
元々、ハイエルフの存在自体、この世界では極わずかな者にしか知られていない。そのため、母がエルフ達とは異なる存在だと分かったとしても、ハイエルフと結びつかないのも当然だった。
「でも、何で分かったの?異次元魔法の話をしたからと言って、特にハイエルフっぽい事はしていないはずだけど」
「その異次元魔法の話をする事がハイエルフっぽい事なんだけど……」
未だ気付いていない彼女に、フォーリィは半ば呆れながらも、顔には出さなかった。
「異次元魔法はママが昔研究していたと言ったわよね。でも、エルフもハーフエルフも使えない、発動するかも分からない技術の基礎理論を、どうやって組み立てたの?」
そこまで言われて、アントゥーリアは初めて自分の過ちに気付いた。
そう、目に見えた効果を発揮しない技術に対する理論はとても難しいのだ。
例えば、現代地球では、重力を人工的に生み出す事が可能であると数学的に立証されたと言う論文が出ているが、科学的な基礎理論は存在しない。
それは、微弱な重力の変動を観測する手段が無いからだ。
目に見える位の出力を出す人口重力装置を作れば観測は可能だろう。だが、基礎理論も出来ていない状態で、闇雲に高出力の装置など作る者はいないのだ。
魔法の術式の場合は、更に、エルフやハーフエルフでは異次元魔法の術式がすぐ霧散するため、どうやっても結果を見る事ができないのだ。
「あなたの言う通りね。盲点だったわ」
そう言うと、諦めたようにため息をついた。
「それで?ママは最初から私達のママだったの?それとも……」
フォーリィから殺気がにじみ出て来るのを感じ、アントゥーリアはヒイッと息を呑んだ。
「さ、最初からよ。途中で入れ替わっていたら、あなたなら気付いたはずでしょ?」
慌てて弁明するが、フォーリィは記憶を失う前はハーフエルフの魔術的体質に縛られていたため、今ほど他者の「存在」の違いは気付けなかったはずだ。
「分かったわ。ママを信じる」
だが、フォーリィは彼女を信じた。
そして殺気を消し、いつもの穏やかな顔に戻した。
今の彼女なら、相手が嘘をついていない事がハッキリと分かるからだ。
「それで、ママが『あの人』と呼んだ国王様って、ママとどういう関係なの?」
ガタンと音を立てて、アントゥーリアは驚愕の顔で立ち上がった。
その弾みで、机の上のインク壺が倒れ、描き上げ中の原稿にインクが広がるが、彼女はそれに気付かないほど動揺していた。
「わ……私……そんな事……言った?」
顔から血の気が引き、身体が小刻みに震えている。
「ええ。さっき私が国王様に対する愚痴を言っていた時、ママは、それが、あの人の狙いだったのかもって言ってたわ」
母親の動揺っぷりにフォーリィの心は痛んだが、彼女にとって、とても重要な事であるため、アントゥーリアが口を滑らせた事を利用させて貰う事にした。
この件は、彼女の兄弟子にも色々と探らせていたが、行き詰っていたので、ここで聞き出す必要があるとフォーリィは判断したのだ。
アントゥーリアは下唇を噛み、俯いたまま動かなくなる。
フォーリィは暫らく待ったが、答えが返って来るようすが無かったため、もう一押しする事にした。
「質問を変えるわ。ママは生まれた時からアントゥーリア・セネーシュだったの?」
ビクンとアントゥーリアの肩が震える。
セネーシュは彼女の旧姓だ。
彼女はフォーリィ達の母親だと言った。それについては嘘はついていないとフォーリィは確信している。
だが、ハイエルフである彼女が、フォーリィ達を生む前から『アントゥーリア』と入れ替わっていた可能性がある。
そして入れ替わる前は、彼女が国王を「あの人」と呼ぶくらいに王族に近い存在だったのだと考えられる。
「わ……私は……」
彼女の口から否定の言葉が出てこない。それは肯定なのかも知れないし、否定したくてもできない理由があるのかも知れない。
だがフォーリィは、兄弟子から得た情報も合わせ、前者であると思っている。
「ママ」
先ほどまでと打って変わり、優しい口調で呼びかける。
アントゥーリアの身体がピクリと微かに震える。
誰かが『アントゥーリア』と入れ替わっているのかも知れないと疑っても尚、娘は自分の事をママと呼んでくれるのだ。
アントゥーリアは恐る恐る顔を上げた。
するとそこには、優しく微笑む娘がいた。
「ママなら私の事を良く知っているはずよ。どのような事実だろうと私なら冷静に受け止められるって」
そう、アントゥーリアは知っていた。自分の娘は家族が危険に晒されると感情的になるが、それ以外では一見感情的に振舞っているように見えても、冷静さは失わない事を。
アントゥーリアは知っていた。自分の娘は、何があっても家族の見方になり、決して家族に失望しない事を。
「アンジェラトゥの事を『あの子』って言ってたし、私も全く無関係と言う事は無いんでしょ?そしてたぶん、『失われた十年』にも関係があるわよね?」
アントゥーリアが目を見開いた。
「……恐ろしい娘ね。そこまで調べ上げたの?例のお兄ちゃんは」
「えへへ。優秀でしょ?」
嬉しそうに笑うフォーリィに、アントゥーリアは呆れた顔を向ける。
「はぁ……。できれば墓場まで持って行こうと思っていたんだけど」
深く溜息をついた後、アントゥーリアは意を決し、重い口を開いた。
「アンジェラトゥは私とホーズア王の子供よ」
「……不倫?」
「違うわよ!あの子は五十三歳よ。スタニェイロと結婚する前に生んだ子供に決まってるでしょ?」
ボソリと呟いたフォーリィに、即座に反論した。
「確かに。アンジェラトゥは五十三だったわね」
何やら考え込みながら、フォーリィは独り言のようにつぶやく。
「でしょ?つまり、スタニェイロとは再婚なのよ。彼と結婚してからは、彼一筋なんだから」
アントゥーリアは懸命に言い訳するが、彼女の言葉はフォーリィの耳には届いていなかった。
やがてフォーリィは顔を上げると、アントゥーリアの目を見て言った。
「ねえ。ママって先月、五十三歳の誕生日を祝ったわよね?」
ニコリと笑うフォーリィ。
その目は、獲物を狩る鷹の目だった。
「ごめんなさい!年齢を偽ってました!」
アントゥーリアは土下座を始めたのだった。
と言う訳で、色々とフラグを回収します。
エルフ達が発動できない術式を何故組み立てられたのか。フォーリィの青炎乱舞で前世の記憶がある事を疑われないように、偽の資料を王城の図書館に置けたのは何故か。アンジェラトゥは何故、フォーリィの家族にすなんりと受け入れられたのか。それらの謎が一気に解決しました。




