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173 ハーフエルフっ娘の反撃8

「おい!ここから出せ!責任者と話がしたい!」

 コロンボ艦長は牢屋の中で叫んだ。

 とは言え、ここは異国。言葉の通じる者などいるはずがなかった。

 部下たちもそれが分かっているので、皆無気力に項垂れていた。


 定員二名と思われる牢屋には艦長を含め四人が収容されていて、廊下側の鉄格子にしがみ付いている彼以外は、藁が敷き詰められた二か所の寝床に腰を下ろしていた。

 ここから見えるのは向かいの牢屋の船員達だけだが、捕獲された船員は全員、この地下牢に閉じ込められているのが、彼等からの声で分かった。


 自分たちはどうなってしまうのか。

 コロンボ艦長は、自国での対応を思い出す。

 侵攻してきた他国の兵が捕まった時はどうなっていた?

 上級貴族なら捕虜交換で自国に戻れる。しかし、ここは海の向こう。捕虜交換をするにしても、交渉の手段が無く、ましてや交換する捕虜も母国にはいなかった。


(となると、良くて鉱山奴隷、悪くて死刑か)

 自分達から情報を聞き出すために生かしておくと言うのも、言葉が通じなければ望みは薄かった。


「お願いだ!話を聞いてくれ!」

 最初は身振り手振りでもいい。相手が聞く耳を持ってくれれば、死に物狂いでこの国の言葉を覚えて、情報を提供しよう。一縷の望みを掛け、艦長は叫び続けた。


「話を聞かせてくれ」

「うわっ!?」

 突然、女性の声が聞こえてきた。

 そして、地下牢の入り口付近から、一人の少女が顔を出す。日下部(くさかべ)愛生(あき)だ。


 年上の者に向かって敬語を使わないことに、艦長はちょっとムッとしたが、それでも訛りの無い流ちょうな言葉で語りかけて来た事に驚いた。


「話を聞かせてくれますか?」

 今度はしっかりとした敬語だ。

 もっとも、愛生としては同じ言葉を繰り返していると言う認識しか無い。

 勇者召喚の時に愛生に組み込まれた他言語理解の術式は、愛生の周りの者達の発する言葉を元に、その者達の脳から次々と関連する言葉を引き出して彼女の脳に記憶するものだ。

 今も、愛生の言葉に対して艦長が敬語の事を考えたため、術式が敬語に関する言葉を彼等の脳から読み取って愛生の脳に上書いていった事により、本人の意識の外で言葉遣いが変えさせられていったのだった。


「君はスピニーヤ王国語が話せるのか?」

 もしそうなら、どうにか自分たちの言葉を伝えてもらい、命だけは助けてもらえるかも知れない。

 艦長は目の前の少女に、すがるような目を向けた。


「はい、話せます」

 それを聞いて、艦長の顔は嬉しさで綻んだ。

 そしてそれは艦長だけではなかった。

 地下牢の全員が鉄格子に駆け寄り、期待に満ちた目でこの後の展開を見守った。


 なぜ彼女がスピニーヤ王国語を話せるのか、そんな事はどうでも良かった。

 小さな子供が乗った客船が嵐に合い、行方不明になる事もあるし、漁船が遠くの島まで流されて、原住民との間で子供を作ったなんて話もある。

 重要なのは、この国の国王とまではいかなくとも、この地の領主にでも取り次いでもらい、命だけは助けてもらえるよう訴えることだった。


「私の父がスピニーヤ王国の漁師で、嵐に合ってこの国に流れ着いたんです。その時、父を励まし、支えてくれた母と恋仲になり、私が生まれました」

「おお、何と……」

 少なくとも国外追放され、スピニーヤ王国に恨みを抱いた者の子孫では無い事が分かった。

 これで、自分達に不利な発言をこの国の支配者達に吹聴される恐れはなくなった。

 コロンボ艦長の期待が高まる。


「父は生前、スピニーヤ王国の素晴らしさを語ってくれました。そしていつか、母と私を連れて母国に帰りたいと言っていました。だけど、昨年の流行り病で、ついにその夢は叶う事はありませんでした」

 そう言って悲しそうな顔をする愛生を、艦長は慰める。

「それは残念な事だ。私達がもう一年到着するのが早かったら、お父さんと君たちを国に帰してあげられたのに」

 自分たちがこの国の住民を虐殺し、反撃を食らった事により艦隊を全て失った事には触れず、ありきたりの言葉を並べ立てる。

「だが、君のお父さんがここまで漂流した事は意味があったのだ。彼は誇り高きスピニーヤ王国の言葉を話せる娘をこの地に残した。そのお陰で、今こうして、君は我々の言葉をこの国の者に伝える事ができるのだから」


 愛国心に酔いしれている艦長の言葉に、愛生は内心うんざりしながらも、努めて顔に出さないようにしていた。


 こうして、フォーリィの筋書き通り彼等の信頼を掴んだ愛生は、彼等の目的や海洋進出の現状、はたまたスピニーヤ王国や近隣諸国の政治状況まで聞き出す事に成功したのだった。

「スピニーヤ王国って、そんな大規模な艦隊を持っているんですか?凄い、凄いです。父はそういった事に疎くて、そっち方面の話は聞かせてくれなかったんです。それで?隣国との戦力差はどの位なんですか?」

 そう自国の素晴らしさに目を輝かせている少女の前に、国家機密までベラベラと喋ってくれたのだった。

 フォーリィの筋書き通りに。



      ◆      ◆


『大陸?』

 その夜、フォーリィはホーズア王にフロレーティオ男爵領で起こった事を伝えた。

「はい。私達が住んでいるこの大地と同じ位の巨大な陸が東の海の向こう側にあるそうです。大きな陸と言う事で便宜上、東の大陸と呼ばせて頂きます」

 異世界は、まだこの世界では結構認知されている。

 だが、海の向こうに未知の国家が複数あると言う連絡に、ホーズア王は驚きを隠せなかった。

「その中の国家の一つが、今回、男爵領に艦隊を送り込んで侵攻して来たんです」


 ちなみにコロンボ艦長達は、愛生が「国王様には、あなた達に酷い事をしないでとお願いしておきます」と伝え、そのまま放置してある。


『その、海の向こうの敵を、あなた様が捕えて下さったのですか?』

「国王様。敬語はお止め下さい」

 崇めるような目を向けて来る王をフォーリィは軽く睨む。

『そんな訳にはいきません。だって、あなた様は――』

「国王様!」

 国王の言葉を遮るのは不敬にあたる。

 テレビ電話の画面外に誰がいるのか分からない状況で、そんな行為は取りたくなかったフォーリィだが、その先を言わせるのはもっとマズかった。


「私はこの国のハーフエルフの伯爵であり、あなた様はこの国の国王です。主人が家臣に敬語を使えば、他の者に示しがつきません」

『だが、あなた様は――』

「私は!あなた様の家臣であり、ハーフエルフの伯爵です!それ以外の何者でもありません!」

 反論は許さないと言わんばかりの強い口調と眼光で、再び国王の言葉を遮った。


『あ……ああ、分かり……分かった』

 国王が家臣の一人に(へりくだ)れば、国王に敬意を払わない者も増えるかもしれないし、逆に国王に忠義を持っている者がフォーリィに憎しみを抱くかも知れない。

 帝国の逆侵攻を受けて、多くの領地を失った今、それは国内の結束を更に揺るがす事になり、フォーリィの伯爵としての地位を揺るがす結果となる。

 王は、フォーリィが言わんとしている事を察し、チラリと画面の外に目をやった後、コホンと咳払いをした。


『すまぬ、話が脱線したな。それで、彼等はカデン領の武器に似たものを使っていたとの事だったな』

 王が気持ちを切り替えて、王としての威厳を持った態度に変えてくれた事に、フォーリィは内心安堵の息を吐いた。


「はい。シビルーナ王国でヒューマン達が開発した物と同じタイプで、魔力を使わない武器です」

『それは厄介だな』

 王が心配するのも、もっともだった。

 この大陸での戦争は、基本、魔力を持っている人種が戦いに赴く。

 魔法を使った防御や攻撃は、戦いにおいて、とても有効だ。

 そして、魔法攻撃などを使わない剣士なども、身体強化魔法くらいは使う。

 つまり、魔法が使えない人種は、能力的に数ランク劣るのだ。


 だが、シビルーナ王国のヒューマン達が開発した武器は、その常識を覆した。

 魔力を持たないヒューマン達が、魔力を持った一般兵以上の戦力になったのだ。


 そんな国家が海の向こうに複数存在し、こうして艦隊を連れて侵攻して来たのだ。勝てないとは言わないが、下手をするとかなりの兵を失う可能性もある。


「東の大陸には、ヒューマンしかいないそうです。そのため、魔力を使わない武器や戦い方が発展していったと思われます」

『ヒューマンしかいない?それは、なぜだ?』

「理由は分かりません。元々いなかったのかも知れませんし、ヒューマン達に滅ぼされたのかも知れません。もし、今回捕らえた者達が知っていたら、この騒動が収まった後に追々調べてみます」

 最初にホーズア王に魔道車を見せた時から分かっていたが、彼は好奇心旺盛で新しい物好きだ。

 少し前までの自暴自棄よりマシだが、今は東と西で侵攻を受けている状態なのだ。少しは抑えて欲しいと思うフォーリィだった。


「今回取り押さえた者達はスピニーヤ王国の軍人だそうです。そして、こちらの大陸は、彼等がたまたま見つけたそうで、彼等の国家やその周辺国家もまだ、こちらの大陸を知らないそうです」

『すると、暫らくは艦隊が来る事は無いと思っていいのか?』

「いえ、それは無いかと。さすがにスピニーヤ王国は、彼等がまだ航行中かどうかも分かっていない状況で、更なる艦隊を同じ方角に送って来る事は無いでしょう。しかし、周辺諸国も海洋進出に力を入れているそうですので、彼等を真似て艦隊を送り込んで来る可能性は十分あります」

『そうなると、西側と東側から同時に攻撃を受ける可能性もあるのか』

 ホーズア王の顔から絶望の色が現れる。

 これも、天使のお言葉に耳を貸さなかった自分の報いだと、ホーズア王はまた自暴自棄になりかけた。

 だが、フォーリィの次の言葉で、再び彼の心に希望の火が灯った。

「それで、お願いがあります。帝国と別大陸からの侵攻を食い止めるために」

『私達を救ってくださ……くれるのか?』

 心配そうな、それでいて少し希望が滲んだ瞳で王はフォーリィを見る。

 そんな彼に、フォーリィはニコリと笑う。

「勿論です。別大陸からの侵攻に関しては、この国の貴族達は全く責任がありません。そして、海の向こうの敵に備えるには、帝国を暫らく黙らせる必要がありますから」


 こうして、フォーリィのお願いはホーズア王にあっさりと了承された。




『我が領地の一部が、カデン伯爵領に併合されるのですか?』

 驚きのあまり、目を見開くフロレーティオ男爵。

 ホーズア王との通信を終わらせたフォーリィは、すぐに男爵にテレビ電話を繋いだ。

「ええ。この後、国王様から正式な辞令がそちらに届けられるわ。でも安心して。併合されるのはカデン領の東の砦から先、海に向かって東に続く道と、その近くの土地二〇メアトル幅。そして、缶詰工場の北側五百メアトルから先の、湾内の未使用地域よ。そこにカデン軍の軍港を建設するわ」

『つまり、また海の向こうから艦隊がやってきても、私達を守ってくれるのですか?』

 本来、領地を侵略から守るのは領主の務めだ。

 だが、敵の武器の前には、魔法障壁はあまり役に立たなかったと部下たちから聞いていた。

 今回は、缶詰工場を守るようにカデンカンパニーから要請を受けた伯爵軍が、空飛ぶ魔道具などを使って敵の艦隊を全て撃沈し、敵兵を捕縛した。

 もしこれが、缶詰工場以外の場所だったらと思うと、心配で仕方が無かったのだ。

 だから、カデン伯爵が軍港を作って海の防御を固めてくれると聞いて、男爵はとても喜んだ。


「いいえ。私はあなた達を守らないわ。あなたは、自分の領地を守る義務があるのよ」

『そ、そんな』

 だが、戻って来たのは、突き放すような言葉だった。

 それを聞いて、男爵は愕然とする。

 そんな彼を見て、フォーリィはニイッと笑った。

「そして海は、海軍を所持する権利を国王様から頂いた私が守らなければならない領域よ。だから、港の一部と、そこに繋がる道をカデン領にする必要があるの」

『は、伯爵様』

 彼女の心強い言葉に、男爵は力が抜けてその場でしゃがみ込んだ。


「では、早速明日から、東の砦より先に線路を通すわ。ああ、敵の艦隊に船を沈められて暫らく漁に出られない漁師がいたら、線路建設のために雇い入れたいんだけど、いいかしら?」

『ええ……ええ、いくらでも。それと、暇な兵士達もお貸しします』


 こうして、急ピッチで線路の建設が進められる事となった。


 そして……


「お嬢ちゃん。こんな物で船なんて作れませんぜ。水より重いんだから、沈んじまうぞ」

 カデンカンパニーのとある建物。

 そこでフォーリィは戦艦の製造を指示していた。

「大丈夫よ。見てて」

 そう言いながら、フォーリィは用意させていた水槽に近付いて行った。

 そして、持ち込んだ鍋をゆっくりと水の上に置く。


「「「「おおっ……」」」」

 水の上でプカプカと揺れる鍋を見て、驚きの声を上げるドワーフ達。

 この鍋は普通の鍋では無く、別のカンパニーに作らせた、耐久力を度外視した極薄の鍋だった。


「これは水より重たい鉄の鍋よ。その証拠に、ほら」

 フォーリィは鍋の片側を持ち上げて、中に水を入れると、そのまま手を放した。


「「「「おおっ……」」」」

 そのまま沈んで行く鍋を見て、再び驚きの声を上げるドワーフ達。


「でも、本当にこんな素材で船を作っていいんですかい?しかも、この形」

 図面に描かれていたのは、地球でイージス艦と呼ばれる船に近い形の戦艦だった。

「ええ、積み込む魔道モーターはこちらで発注しておくから、スクリュー……つまり、この水中に設置するプロペラのような物ね、これの製造はお願いね。角度や捻じれなどは、まずはこの図面通りに造って、その後実験を重ねて改良していってね」


 荒唐無稽な物の製造を依頼されたが、カデンカンパニーのドワーフ達は、その未知の分野を開拓するのが大好きな者ばかりだった。

 だから、少し困惑しながらも、みんな新しい玩具を買ってもらった子供のような子目で図面を見ていた。


「では、一か月以内に最初の一隻を作ってね。そしてその後、三ヵ月で五隻をお願いね」

「「「「げっ!」」」」

 提示された期間のあまりの短さに、ドワーフ達の顔から血の気が引いていく。


「ダメ……かな?」

 少し悲しそうな顔で、上目遣いで彼等を見るフォーリィ。


「大丈夫だ!なあ、皆ぁ!?」

「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!任せてくれぇぇぇぇ!!」」」

 途端、元気を漲らせるドワーフ達。

 それを見て、フォーリィは嬉しそうに顔をほころばせると、彼等に抱きついて一人一人のおでこにキスをした。


 こうして、このカンパニーのドワーフ達は、土気色の顔をして毎日夜遅くまで働き続ける事になった。

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[一言] 相変わらずフォーリィの笑顔とご褒美(おでこにキス)に弱い(チョロい?)カンパニーのドワーフ達ですな。
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