168 ハーフエルフっ娘の反撃3
「どうも、エルフ主義者の組織から回されてきたと思われる者が五名いました。彼等は自分達の事を崇高なエルフだと言っています」
ペオーニャ少佐は彼等が主張するハイエルフと言う言葉を間違えて捉えていた。
無理もない。そもそもハイエルフの存在を知っているのは、異世界召喚の技術を持っているサリデュート聖教国の内、上層部の一部だけだったからだ。
「信念を持っている人達って面倒くさいのよね。聞くこと聞いたら、さっさと処刑しちゃって」
対してフォーリィは、彼女にハイエルフと言う人種について教えるつもりはなかった。
そもそも、何でフォーリィがその事を知っているのかと言うことになると面倒な事になる。
それにフォーリィは、彼等を一分一秒でも生かせておく気は無かった。
フォーリィ自身は騙される事は無いとはいえ、ハイエルフの異世界魔法には簡単に他人に成りすませる術式がある事が一昨日の騒ぎで明らかになった。
全員がその魔法を使えるか分からないが、もし使えたら、フォーリィが目を離した隙に彼女の家族に成りすまそうと彼等に危害を加える可能性もある。リスクが高すぎるのだった。
翌朝、フォーリィは再び軍施設に顔を出した。
と言っても、地下では無く地上だが。
「虹神の翼部隊は先行して、安全が確保出来たら竹飛竜部隊を誘導して」
王国騎士団が旅客機をチャーターして、帝国の砦付近に魔道筒状連射武器や重機関銃を投下したと、昨日連絡を受けていたので、フォーリィは空軍にそれらの武器の回収を指示していた。
この後陸軍には、領民達から連絡があった乗り捨てられたジープなどの回収を指示する予定だ。
「まだカデン軍の武器は残っているでしょうか」
心配そうな顔を向ける空軍将軍。
だがフォーリィはそれほど心配してはいなかった。
「帝国がこの国に逆侵攻を掛けるつもりなら、敗走中のシプレストゥール伯爵軍により多くのダメージを与えようとするわ。戦場に残された意味不明な道具の調査などいちいち行わないでしょうし、考え無しに回収して爆発するような物だったら追撃のチャンスを失って本末転倒になるわ」
地球での戦争でも、余裕がある進軍ならいざ知らず、逃走する敵軍を追いかけている最中に敵が放置したものを回収したりはしない。立ち止まっている時間が惜しいし、ブービートラップなど珍しくないからだ。
だが、帝国軍も軍事侵攻する準備をしていたわけでは無い。
大規模な補給部隊など揃えているはずも無く、追撃と言っても精々一日から二日だと思われる。
だから彼等が一旦砦に戻るか、後から編成された補給部隊がその場所を通る前に回収する必要があった。
「国王様。遷都先が決まりましたら仰って下さい。王族の皆さんの引っ越しのお手伝いをさせて頂きたいと思います」
その日の午後、フォーリィはホーズア王とテレビ電話で会話をした。
帝国軍が逆侵攻を掛けて来ているとはいえ、西の砦から王都までは馬車で二ヵ月。大軍を率いての行軍なら二か月半。更に途中の中小領地を攻撃しながらでは四か月ほど掛かると予測される。だからフォーリィもそれほど焦ってはいなかった。
そして、王都を守る気も無かった。
これまで彼女は、半ば騙される形で防衛戦に参加させられてきた。
確かに彼女が作った武器の火力は非常に高く、上手く活用すれば戦局をひっくり返す事も可能だ。
だからと言って、毎回自分を当てにして近隣諸国に喧嘩を吹っ掛けられても困るのだ。
コエリーオ王国の逆侵攻の時は、金鉱山に釣られ、結局は王都を守る事になってしまった。その時見せた高い防衛能力が国内の貴族達に根拠の無い自信を与え、それが今回の戦争の原因の一つになった事は否めなかった。
だからこそ、今度ばかりは王都を見捨てるつもりだ。
とは言え、王族まで見捨てるつもりはない。
この状況で国王が殺されでもすれば、フォーリィの伯爵としての地位を保証するものが無くなってしまうし、敵の侵攻に対して国を纏める者がいなくなってしまう。
だから出来るだけ国王達に協力して、列車やトラック、そして旅客機などをフル活用してでも遷都のサポートをするつもりだった
『いや、遷都はしない』
だが、国王からの返事は想定外のものだった。
「……国王様?今、何と仰りましたか?」
フォーリィは大きく目を見開き、辛うじて質問を喉から絞り出した。
彼女には珍しく、驚きを隠せないでいた。
『シプレストゥール伯爵達を止められなかったのは、王である私の責任だ。だから我々王族はここに残り、潔く散ろうと思う』
ホーズア王は穏やかな顔で、静かにそう言った。
それは、人生の最後を迎える準備が出来たとでも言いたげな、やり切ったような、それでいて少しだけ未練があるかのような顔だった。
それを見て、フォーリィはヤバイと思った。
「国王様!!何、終わったような顔をしているんですか!?ヌァイル川にダムを作り始めたのは列車や魔道車を普及させたいからでしょ?まだまだ、やりたい事がたくさんあるんでしょ?」
フォーリィは必死に頭をフル稼働させながら説得を試みる。
とは言え、王城に潜入してスパイ活動をしたわけでも無ければ、地球のように色々な情報収集手段があるわけでは無い。彼が何を考えて、どんな理念を持っていたのかを判断するには材料が乏しすぎた。
「それに、王族は残るって……国王様は自分の家族を道連れにして死ぬおつもりですか!?そんな事をすればホーズア王の血筋は途絶えてしまうんですよ?それってホーズア王国が終わると言う事ですよ?これまで国王様が築いてきたものが全て失われるんですよ?」
実際は完全に途絶えるわけでは無い。
現国王の子供たちは全て王都にいるが、国王の兄弟や従弟などは他家に婿入りしたり嫁いだりしている。
だが、国王とその直系が全ていなくなると、例え新しい王が立っても内乱が勃発するのは目に見えている。それでは帝国が再び侵攻してくる隙を与えることになってしまう。それだけは避けたいフォーリィだった。
『ああ、血筋か……ホーズアの名前が消えるのは少し寂しいが、あなたの言葉に耳を貸さなかった私の罰ですね……まあ、例え王家としての名前を失ったとしても……いや、後はあなたに託しましょう』
どうやら隠したり、はぐらかせたりする気がない国王に、フォーリィは軽くため息を吐く。
「あなたがメイドに手を付けて生ませた子供の事を言っているのだったら、私は生活どころか命の保証もしないわよ」
ここに来て国王の表情が大きく動いた。
その目を大きく見開き、唇をワナワナと震わせる。
『な、なぜその事を知っている?』
狼狽える国王に、フォーリィは少し呆れた目を向ける。
「隠せていると思っていたのは国王様だけです。王城内では公然の秘密となっていましたよ」
『な、何だと!?』
国王は辺りをキョロキョロと見回し、そしてガックリと肩を落とした。
そう、皆知っていたからこそ、例のスッポンポン王子事件が発生した時、誰も王子がハメられたとは思わなかったのだ。潜入していたハイエルフを除いて。
「まさか、先日私が連れ帰ったメイドの父親があなたの息子さんだとはね。となると、あの娘は国王様の孫娘になりますね。それで息子さんの方ですが、病気で寝込んでいるそうです。領立病院に依頼して医師を向かわせたけど、まだ報告は届いていないわ」
『そうか。息子はあなた様の元で元気に暮らしていましたか。御使い様の慈悲に感謝いたします』
王の瞳から一筋の涙が零れた。
「ちょ、ちょっと、泣かれても困ります。私は御使い様なんかじゃありませんから。後、お願いですから敬語は止めて下さい」
慌てるフォーリィを他所に、国王は言うべきことは全て言ったと言わんばかりの顔を向ける。
『後は宜しく頼みます』
「あっ……ちょ……」
フォーリィは咄嗟に画面の中の国王に向かって右手を伸ばすが、通信が切られたようで、画面が真っ暗になった。
「伯爵様……」
ラントゥーナ補佐官の声に振り向くと、フォーリィの家族も心配そうな顔を向けていた。
「とにかく、これから王都に行くわ。例え国王を説得できなくても、側近達を説得して無理やりにでも国王を連れ出す手はずを整えないと」
そう言うと、フォーリィ執務室を出ようとドアを開けた。
「ひっ……」
ドアの向こうにはメイド長がいた。ちょうどドアをノックしようとしていたらしく、拳を前に出したまま固まっていた。
ちなみに、今の彼女はフォーリィの兄弟子では無くメイド長本人だ。
「あ、伯爵様。先ほど領立病院の者が来まして、伯爵様に言付けを残していきました」
「それは、あの娘の父親の容態について?」
「はい。何でも無理な力仕事による腰痛だそうで。湿布を貼って暫らく大人しくしていれば治るそうです」
それを聞いたフォーリィは、右手で顔を覆うと小さく呟いた。
「単なる腰痛で数か月間も?もしかして、じっとしていられない性格なの?て言うか、腰痛くらい魔法で治せるでしょ?どんだけ身体に無理をさせてるのよ」
国王の前で、医者に診せているが命の保証はできないなどと言った手前、単なる腰痛でしたと伝えなければならない事を考えると頭が痛くなった。
やがてフォーリィは領主専用車両を使って王都に向かった。
その日の夕方、テレビから緊急放送を告げるベル音が鳴り響いた。
国内外の人々が急いでテレビを起動する。
するとそこにはホーズア王が映し出されていた。
『ホーズア王国の民よ。私はそなた達に伝えたい事がある』
その言葉を皮切りに、国王はこれまでの経緯を説明した。
シプレストゥール伯爵達の暴走を止められなかったこと。
それにより逆侵攻を受けて、帝国軍はシプレストゥール伯爵領に大軍を向けていること。
自分はその責任を取って、死ぬ覚悟で王都に残ろうとしたこと。
フォーリィ伯爵の必死の説得でようやく思いとどまったこと。
淡々と語る国王の言葉に、テレビの前の者達は身じろぎせずに画面の中の国王を見つめていた。
『だが、こんな事になった責任は取らねばならない。よって、アンジェラトゥ子爵を私の養子とした上で、フォーリィ伯爵と結婚させる事にした。王政は彼女達に任すつもりだ』
途端、画面の外からガタガタと何かが崩れる音がした。
そして国王の右側からニョキッと腕が現れたが、直ぐに無数の腕が現れてその腕を掴むと、画面の外に消えて行った。
その最初の腕がフォーリィのものである事に気付いたのは、彼女の家族だけだった。




