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163 ハーフエルフっ娘包囲網6

「重傷者は七名。戦闘に参加できる状態ではありません」

「くそっ、あの混ざり者め、武器を提供する事に渋った上に、このような嫌がらせまでするなんて。この戦いが終わったら国王様に直訴して、あの混ざり者の首を跳ねてもらうぞ」

 治療を受けている兵士達を見て、シプレストゥール伯爵が毒づく。

 彼等の上から武器を投下したのは国王軍の騎士団長なのだが、上空を飛ぶカデン領の旅客機と落とされた武器から、フォーリィの指示で行われたと思い込んでいた。とんだ濡れ衣だった。


「武器の方はどうだ?使えそうか?」

 ケガ人達が収容されている天幕から出た伯爵は、武器の確認を行っている部下たちに声を掛けた。

「それが……魔力を流して見ても起動しません」

「何だと?まさか落としたから壊れたのか?」

「いえ、それが、どうも構造が複雑すぎて、どうやって使えばいいのか分からないのです」

「くっ……これだから混ざり者の作る武器は……」

 伯爵は兵士が持っている魔道筒状連射武器アサルトライフルもどきを忌々しそうに睨むと、「明日の朝までに使い方を調べて置け」と言い残して自分の天幕に戻って行った。


 そして翌朝。伯爵は疲れ切った顔をした兵士から魔道筒状連射武器の使い方の説明を受ける。

「まずは、ここの小さな突起を下にずらします。こうしないと、この武器は作動しません」

 兵士が指を指したのは魔道筒状連射武器の安全レバーだ。

 それを見て、伯爵はふんっと鼻を鳴らした。

「このような幼稚なトラップを武器に仕込むなんて。あの混ざり者はよほど魔法が使える我々を妬んでいるようだな。おい、お前たち。後で全ての武器のトラップを解除して、使えるようにしておけ」

 安全レバーの意味も分からない伯爵は、最初から解除した状態で使うように指示を出したが、ここにはその危険性を知る者は一人もいなかった。


「次に、この四角い物をここに差し込みます。この四角い物の中にはドングリ状の金属がたくさん入っています。恐らく、この金属をはじき出して攻撃しているものと思われます」

「ふん。魔法が使えない混ざり者の考えそうな事だ」

 その武器をあてにしている事は棚に上げ、伯爵は嘲笑うような顔でそう言った。

「それで、この四角い物を刺し込んだら、次はこの上の突起を手前に引きます」

 兵士がレバーを引くと、カチャリと音がする。

「後は魔力を流して、この部分を人差し指で手前に引けば攻撃できます」

 引き金を指さした後、兵士は近くにある木に銃口を向けて構えると引き金を引いた。

 タタタンと音が響き、木に穴が穿たれ、表面が粉砕されていく。

「「「「おおぉぉ」」」」

 兵士達から感嘆の声が漏れる。


「暫らく攻撃を続けていると、攻撃が止まります。その時はこの四角い物を交換して、再びこのレバーを手前に引いて下さい」

 魔道筒状連射武器の威力と連射速度を見て、伯爵は満足気に顔を綻ばせた。

「これがあれば、簡単に砦を落とせるな。それで、そちらの大きいのはどうやって使うんだ?」

 伯爵の視線の先には重機関銃があった。

「申し訳ありません。あちらはまだ使い方が分かりません」

 重機関銃は魔道筒状連射武器よりも機構が複雑だ。

 台座に固定しなければならないし、弾薬箱ならぬ弾丸箱を設置しなければならないし、上部カバーを外して弾帯を設置する必要がある。

 銃の構造を全く知らず、完成形も見たことが無い兵士に、それを推察しろと言うのは無理な話だった。


「まあいい。そんな使えない物はここに置いて行け」

 結局、重機関銃と弾丸、そして落下により故障した魔道筒状連射武器はこの場所に放棄される事となった。


 そして二時間後。

 八万の兵が、砦が見える位置で整列し、出撃の時を待っていた。

「皆の者ぉ!!あの砦には、我らから家族や友人を奪った憎き帝国兵がいる!今こそ積年の恨みを晴らす時だ!」

「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」

 草原に響き渡る兵士達の雄たけび。

 彼らの士気は最高まで高まっていた。


「全員!出撃ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 伯爵の号令で、あちこちから一斉に法螺(ほら)の音が響き渡る。

 それを合図に、兵士達が砦目掛けて走りだした。


「これがあれば、たくさんの帝国軍を倒せる。あいつら、一人残らず殺してやる」

 魔道筒状連射武器を託された兵士の一人が、昂る闘気に身を任せ、周りの兵士達と同じく身体強化魔法を使って高速で砦に向かって走っていた。

 彼の脳裏には、帝国軍に殺された恋人の無残な姿が焼き付いていた。

 帝国軍への激しい憎しみと、敵を殺せる喜びが混ざり、ぐちゃぐちゃになった思考。

 その狂気が、彼の気持ちを焦らせ、走る速度が上がっていく。

 そして無意識に体に余分な力が掛かる。

 彼は自分が拳を握り込んでいた事にすら気付いていなかった。魔道筒状連射武器を持った拳を。


―― タタタタタン


 彼の魔道筒状連射武器から放たれた弾丸は、近くを走っていた兵の背中を撃ち抜いて脊椎や内臓を破壊し、別の兵士の腕の骨を折り、そしてまた別の兵の頭部を破壊した。


「えっ……?」

 彼は、何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くす。


 周りの兵は一斉に足を止め、苦痛に呻く兵とその傍らの死体を見て、彼が攻撃したのだと理解した。

「きさまぁ!東の死神の回し者かぁ!」

「気を付けろ!東の死神の工作員が紛れ込んでいるぞ!」

 周りの兵が彼に魔道筒状連射武器を向けると一斉に射撃を始める。

 その弾丸は彼の胸を貫き、脳を破壊し、そして後ろの味方にまで到達する。


「そこか!工作員は!」

 そこから放たれる無数の魔法攻撃や矢。

 そのいくつかは魔道筒状連射武器を持った兵に当たり、またいくつかはその後ろの兵に当たった。


 そこからはカオスだった。

 フォーリィの工作員が紛れ込んでいるとの叫び声と共に飛んでくる攻撃。それが更なる攻撃を呼んだ。

 気付いたら死者二百名超、負傷者千五百人超の大惨事となり、それに気付いた伯爵の指示で、戦闘の中止と撤退が始まった。


 だが、砦を守っているアミエーリオ将軍は、そんな伯爵軍の混乱を見逃すほど無能ではなかった。

 開かれた城門から、強化魔法を使い、疾風のごとく駆け出して来た帝国兵。

 それに気付き、急いで迎え撃つも、陣形も足並みも揃っていない伯爵軍は、いたずらに兵を減らすだけだった。



 その頃、王城では――


 後ろ手に手加減をはめられたフォーリィが、ホーズア王の前に立たされていた。


 周りには宰相(さいしょう)と文官達、宮廷魔術師と数名の魔術師、将軍と武官達、そして数名の貴族が揃っていた。


「フォーリィ・ルメーリオ・カデン伯爵。そなたは他の貴族と結託して王位を奪おうとしていたと言うのは真か?」

 睨みつけるような厳しい目を向けるホーズア王。だがその瞳には微かに困惑の色か見えていた。

 証拠を突き付けられたが信じたくない、と言った感じの目だった。


「何の事でしょうか」

 寝耳に水の話に、フォーリィは首を傾げる。

 元々、謀反の疑いとして、ここに連れてこられていた。

 それは、彼女が帝国との戦いを拒んだからだと思っている。

 それがなぜ、王位簒奪になるのだろうか。


「しらばっくれるな。すでに証拠は上がっている」

 宮廷魔術師はそう言うと、彼女の背後に顔を向ける。

 すると彼女の背後にいた兵士が「はっ」と返事をして、扉を開いた。


「あなたは……」

 フォーリィが目を見開く。

 扉の向こうから現れたのは一人のメイドだった。

 彼女は、例のスッポンポン王子事件で王子に追い回されていたメイドで、あの後城内で彼女が王子に乱暴されたとの噂が立ち、居たたまれなくなってメイドを辞めていた。

 フォーリィはそんな彼女を自領に向かい入れてメイドとして働いてもらっていたのだった。


 続いて、二人の兵士が抱えて来たのは個人魔道計算器(パソコン)だった。


 やがて個人魔道計算器がフォーリィの近くのテーブルの上に置かれると、メイドがびくびくしながら話し始めた。

「これはカデン伯爵様の魔道具で、人の姿などを保存する事ができます」

 そう言ってメイドは、たどたどしい動きでキーボードからパスワードを入力する。

 勿論フォーリィは、彼女に個人魔道計算器の使い方などを教えていないし、ましてやパスワードなど教えるはずもなかった。


 やがてメイドは一つのフォルダを開いて、その中の動画ファイルの再生を始めた。

 そこには、フォーリィがケーキを一口分フォークに刺して、アンジェラトゥに食べさせようとしている姿が映し出されていた。


「な、なんと……」

「恐ろしい」

 数名の貴族達から驚愕の声がこぼれていた。

 その理由は分からないが、フォーリィはそれらの貴族を確認して記憶しておく。


 続いてメイドは別のファイルを再生する。


『三大将軍が砦を守っているのは本当よ。シプレストゥール伯爵軍は負けるのは確実だし、帝国軍から逆侵攻されて王都まで攻め込まれるでしょうね』

 真っ暗な画面から聞こえてくるのはフォーリィの声。

『伯爵様が戦いに参加すれば砦を落とせるのではないでしょうか』

 そしてアンジェラトゥの声。

『あら、あなたは私に戦いに行って欲しいの?』

『あ、いや、その……』

『何ヵ月も私と会えなくても平気なの?』

『平気なわけありません。ただ、帝国軍が攻め込んで来たら、僕たちも危ないんだし』

『クスッ。大丈夫よ。何があっても私があなたを守ってあげるから』

『で、でも……好きな女性に守って貰うって……男としてはどうかと……』

『大丈夫。あなたにそんな事は期待していないから。それに、王都が蹂躙されて今の王たちが殺されてからが、あなたの活躍する場でしょ?』

 その会話音声は個人魔道計算器から出ていなかった。

 だが、その事に気付いたのは、フォーリィとそれを仕掛けた者だけだった。

 幻覚魔法の一種だろうか。

 フォーリィですら、良く注意していなければ気付かないほど巧妙なものだった。


「これが証拠です。カデン伯爵は、帝国に国王様を殺させ、自分達が新たな王になろうとしていたのです。だから彼女は戦争に参加する事を拒み続けていたのです」

 宮廷魔術師の言葉に、今度はその場の全員が驚愕していた。


 この場には、彼女の弁明に耳を貸してくれそうな人は一人もいなかった。

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