146 ハーフエルフっ娘と義姉とお風呂と
「だだいまぁ~、お兄ちゃん、パパ♪」
旅客機でカデン領まで戻り、そこに待機していた迎えの車に乗り込んだフォーリィは、領邸に直行した。
領邸では、事前に伝えていた到着時刻が夕方と言う事もあり、仕事を早めに終わらせた彼女の家族が総出で出迎えていた。そして、彼女の元気な姿を見て、全員顔を綻ばせた。
サリデュート聖教国との戦いが始まってから、実に二ヵ月半ぶりの家族との再会だ。
フォーリィはその間、魔道音伝器を使って家族と連絡はとっていた。だが、直に家族の顔を見て話すのとは比べ物にならない。
フォーリィは両手を広げているパパの胸目掛けて駆け出した。
「伯爵様、心配しました。お怪我はありませんか?」
「家族の再会に割って入るんじゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
いきなり視界に現れたアンジェラトゥ子爵に、フォーリィはボディーブローを食らわせた。
「「「「フォーリィ!?」」」」
他領の貴族に暴力行為を行った事に、彼女の家族は驚きの声を上げた。
「ひ……酷い……」
そしてアンジェラトゥは涙ぐみながらその場で膝を付いた。
「何であんたが普通に私の家族の中に入ってるのよ!!」
「フォーリィ、そんなに怒らなくても。子爵様はあなたの事が心配で、毎日ここに顔を出してくれていたのよ」
そう言いながら、彼女の母、アントゥーリアは心配そうにアンジェラトゥの背中に手を置いて、その顔を覗き込む。
「だから!子爵のあなたが聖敵と見なされている私達に近付いちゃダメでしょ!お付きの者達はどうしたの?」
彼を止められなかった事に文句を言おうとして、この場に彼の護衛騎士達がいない事に気付く。
「か、彼等は自室で休んでもらっています」
少し痛みが和らいだのか、彼は顔を歪めながら立ち上がると、そう言った。
「自室?」
フォーリィは首を捻る。
サリデュート聖教国との戦いが始まる前も、アンジェラトゥは度々カデン領に来ていたが、護衛騎士はお供数名以外は専用の控室に待機していた。
そもそも、他領の護衛騎士用の自室など、ここには無かったのだ。
「始発の列車でやって来て、毎日夕方までここにいるから」
「長時間控室に押し込めておくのも可哀そうだと思って」
ヴェージェとアントゥーリアが苦笑いをして説明した。
「子爵様は本当にフォーリィの事を心配していたんだ。ここに来ればテレビより多くの情報が入るから、居ても立っても居られなかったんだろう。勝手に彼等の部屋を用意してしまって悪かった」
「うっ……まあ、いいけど」
お兄ちゃんにそう言われたフォーリィは、不服ながらも事後承諾を受け入れた。
「それにしても、あんた、毎日ここに来ていたの?私、聖敵扱いされてたのよ」
あの後、家族と共にリビングに集まり、皆してお茶をする事になった。
アンジェラトゥがここにいるのは、フォーリィが引き止めたからだ。
彼女は本気でアンジェラトゥの事を心配していた。
もし、今回の戦いが上手くまとめられていなかったら、彼も聖敵に加担した者として爵位をはく奪されてもおかしくなかったからだ。
自分の巻き添えで、目の前の男と、彼の領地の主だった者達が領地を追われていたかも知れなかった。
それを思うと、今後このような事が起こらないように、釘を刺しておかなければならないと思った。
「で、でも……伯爵様が心配で」
「あなたは、あなたの家臣たちの人生も背負っているのよ!あなたの暴走で多くの人が不幸になるの!あなたにはその自覚が足りないわ!」
フォーリィの激しい剣幕に、彼女の家族は驚いて目を瞬かせる。
「あなたは貴族なのよ。あなたの愚かな行為で、あなただけでなく家臣たちの命も危険にされされるの――」
「それでも!!」
彼女の言葉を遮って、アンジェラトゥが叫ぶ。
上位貴族であるフォーリィに対して、子爵の彼がこのように声を荒げるのは初めてだった。
その気迫に、フォーリィは一瞬たじろぐ。
「それでも僕は伯爵様が心配だったんです!勿論、子爵としては愚かな行為だったと自覚していますし、僕の愚かな行為で家臣たちの命が脅かされる事もあるのは分かっています!」
それでも、とアンジェラトゥは真っすぐに彼女を見据えた。
「伯爵様が心配で仕方が無かったんです」
彼のその瞳に、フォーリィは照れたように暫らく目を泳がせた後、助けを求めるようにアントゥーリアに視線を向けたところ、彼女は楽しそうな顔を向けていたため、フォーリィは気まずそうに再び目を泳がせた。
やがて、アンジェラトゥは我に返ると、その顔が徐々に赤くなっていく。
「あ、いや、その……そ、そう。同じ貴族として心配するのは当然なので。べ、べ、別に他意は無くてですね……」
自分の発言に恥ずかしくなり、ワタワタしだすアンジェラトゥ。
そのようすを見て、フォーリィ思わずクスッと笑う。
そしてイタズラっぽい顔を彼に向けた。
「へえー、同じ貴族として、ね。それって、私が爵位をはく奪されたら心配してくれないって事かな?」
「ちがうよ!……じゃなくて、違います。伯爵様が伯爵様でなくでも心配します。その……お、同じハーフエルフとして!」
その下手な言い訳に、フォーリィがお腹を抱えて笑い出すと、彼女の家族もそれに釣られて笑い出した。
そんな中、アンジェラトゥは真っ赤になって俯いていた。
やがて笑いが収まると、フォーリィは真面目な顔になり、アンジェラトゥに言った。
「だけど、このように家臣を巻き込むような事は二度としないで」
「でも……」
アンジェラトゥが顔を上げて何か言おうとするが、それをフォーリィは遮る。
「テレビ電話を渡しておくから、緊急時はそれを使ってこちらに連絡を取ってちょうだい。そうすれば家臣に迷惑を掛けないでしょ」
無表情でそう言う彼女に、アンジェラトゥは感極まったと言う顔を向けた。
「伯爵様、ありがとうございます」
その後、ホクホク顔でテレビ電話を抱えて馬車に乗り込んだアンジェラトゥ達。
彼らは駅まで馬車で移動だ。
最初彼等は自分の領地から馬車でここまで来ていた。
だが、移動に時間が掛かるため、サリデュート聖教国との戦いが始まる前にはカデン領の駅の近くに納屋を購入し、人を雇って馬の世話をさせるようになっていた。
「フォーリィ。何だか子爵様に対しては結構感情的になるんだな」
遠ざかる馬車を見送っていた彼女に、父、スタニェイロが声を掛ける。
「まあ、私のせいで大勢の人達が不幸になったら寝覚めが悪いからね」
そう答える彼女は、無表情だった。
そして、馬車が離れていき、家族全員で屋敷に戻ろうとした時、入れ違いに一台の魔動車が入って来た。
その車は、カデン領の公用車で、中から兄の妻、マヴァンダが出て来た。
彼女は今まで、区画整理で現地の監督と調整を行っていたため、到着が遅れたのだった。
「あれ?お義姉さん、カデン領にいたの?」
驚いた顔を向けるフォーリィに、マヴァンダは一瞬目を見開いた後、目を逸らした。
「……そこまで嫌われているとは思いませんでしたわ」
悲しそうにそう言った彼女に、フォーリィはバツの悪そうな顔をする。
「そう言う意味じゃなかったんだけど。ほら、お義姉さんって男爵家の令嬢でしょ?」
その言葉に、ハッと顔を上げるマヴァンダ。
そして自分が勘違いしたのだと分かり、気まずそうな顔をする。
「まあ、確かに実家からは何度も使者がここに来て、無理やり連れ帰ろうとしましたわ」
「普通は無理やりにでも連れ帰るわよね。私、聖敵扱いされていたんだし」
この国も、他のエルフ国家同様、サリデュート聖教に盾突く者は迫害される。それが当たり前だった。
まあ、どこかの暴走子爵はそんなこと無視して、毎日ここに通っていたが、それは自分が領主だからできる事だ。
だからフォーリィも、マヴァンダはとっくの昔に実家に連れ戻されていると思っていた。
「あまりにもしつこいから、『親子の縁を切って、旦那様とどこか名も無い町でひっそりと暮らします』って言ってやったわ。すると後日お父様が直接ここに来て、表向きは連れ帰った事にするから、あまり表に出ないようにしてくれって頼んで来たのですわ」
ドヤ顔でそう言うマヴァンダにフォーリィは感心した顔を向けた。
「お兄ちゃん♪一緒にお風呂入ろう♪」
屋敷に入るなり、フォーリィはラトゥールに向かって両手を広げた。
「なっ!?」
それを聞いて一番驚いたのはマヴァンダだった。
「な、な、な、何を言ってますの?妻である私だって一緒にお風呂に入ったことありませんのに」
顔を真っ赤にして怒る彼女に、フォーリィはコテリと首を傾げる。
「一緒に入ればいいじゃん」
「そ、そ、そ、そんな恥ずかしいこと出来るわけありませんわ!」
今度は羞恥心で顔を赤くするマヴァンダ。
そんな彼女を不思議そうに見た後、フォーリィは兄の手を取ってニコリと笑う。
「ま、いいわ。それよりお兄ちゃん。早くお風呂に入ろう♪」
「フォーリィはいくつになっても甘えん坊だな」
ラトゥールは優しく微笑むと、フォーリィに引っ張られる形で浴室に向かって歩いていく。
「ちょっと待ちなさぁぁぁぁぁい!」
ごく自然に一緒にお風呂に入ろうとする二人の間に、マヴァンダは割って入る。
「だから、当たり前のように二人してお風呂に入ろうとするんじゃありません!すでに結婚している男が実の妹と一緒にお風呂に入るなんて、非常識ですわよ!」
彼女の抗議に、ラトゥールは暫し考え込んだ後、フォーリィに優しく微笑み掛ける。
「そうだね。俺達はもう大人だ。一緒にお風呂に入る歳では無いんだよ」
それを聞いて、フォーリィはえぇー、と残念そうな声を出した後、今度はマヴァンダの手を引っ張った。
「じゃあお義姉さん、一緒に入ろう」
「えっ?えっ?ええぇぇぇぇぇ?」
そして、フォーリィの小さな体からは想像もつかない力で引きずられて行くのだった。
「どうして私があなたと一緒にお風呂に入らなければならないんですの?」
脱衣所で服を脱ぎ、恥ずかしそうに胸を抑えるマヴァンダ。
その、両手にすっぽりと収まっている彼女の胸を見た後、フォーリィは自分の胸を見る。
「やっぱりお兄ちゃんは貧乳が好きなのかな」
「それって嫌味ですの!?」
とんでもない発言に、涙目で抗議の声を上げるマヴァンダ。
だが、そんな彼女にフォーリィは鋭い視線を向ける。
「何言ってるの?お義姉さんはお兄ちゃんのハートをゲットしたのよ。それだけで人生勝ち組なの。いい?お兄ちゃんは胸よりも何倍も価値があるのよ」
その迫力に、マヴァンダは思わず数歩、後ずさるのだった。
「私はね、お義姉さんとお兄ちゃんの結婚は認めているのよ。それどころか、お義姉さんがお兄ちゃん奥さんで良かったと思っているの」
あの後、湯船に浸かった二人。
暫らくのんびりとしていたが、不意にフォーリィがそう口にした。
それはマヴァンダと二人きりになっている今でしか言えない言葉。今まで何度か言おうとして言えなかった言葉だった。
それを聞いて、マヴァンダは驚いた顔を向ける。
「私、あなたに嫌われていると思っていましたわ」
「そんな事ないわよ」
優しく微笑むフォーリィ。
そんな彼女にマヴァンダは訝し気な目を向ける。
「でも私があの人と、くっついていると、引き剥がそうとしますし、私の目の前であの人に抱きついたりしてましたわよね。先ほどもあの人と一緒にお風呂に入ろうとしたり」
「それは、私の目の前でいちゃつかれるのがムカつくだけよ」
「何なんですの?その理不尽な言い訳は」
ふくれっ面をする彼女に、フォーリィは楽しそうな顔で告げる。
「お義姉さんも、私を実の妹のように接してくれようとしてるのでしょ?それでも私がお兄ちゃんに抱きついたりすると嫉妬しちゃう。それと同じよ」
「うっ」
フォーリィも気付いていた。お兄ちゃんといちゃついていると、いつも文句を言って来る彼女だが、それでもそれとなく優しく接してくれていた事を。
「ねえ、前から聞こうと思っていたんだけど、お義姉さんはお兄ちゃんのどこが気に入ったの?」
気まずくなって顔を逸らしたマヴァンダ。
それを見て、フォーリィは話題を変えるとこにした。
「顔ですわ」
フォーリィの問いに対して、マヴァンダの答えは率直だった。
「まあ、分からないでも無いわ。お兄ちゃん、カッコいいものね」
それは事実だったので、フォーリィも反論はなかった。
ラトゥールは、エルフ好みの細い顔立ちではない。だが、キリっと引き締まっていて整ったその顔は、多くの女性たちの人気を集めていた。本人は気付いていなかったが。
「後、とても優しいのですわ。私が王都で、お付きの者達とはぐれて心細い思いをしていた時、皆が見てみぬフリをしていた中、あの人だけは心配して声を掛けてくれたのですわ」
それは、兄との馴れ初めとして、何度となく聞かされていた話だったのだが、記憶を失ったフォーリィとしては初めて聞いた話だった。
「そうなの。お兄ちゃんは優しいのよね。で?それでお兄ちゃんに恋しちゃったの?」
「ええ、そうよ。あの時私は、あの人こそ運命の人だと確信しましたの」
頬を染めて、両手で頬を抑えながら語るマヴァンダ。
「でも、良く男爵が結婚を許したわね。貴族でも何でもない平民と」
それを聞いて、マヴァンダはふんっと鼻を鳴らす。
「お父様は私に逆らえませんわ」
「へ……へぇ」
ラトゥーミア王国との戦いの翌日、兄が顔中引っかき傷を作っていたのを思い出したフォーリィは、何となく納得してしまっていた。
「ちょっと、何で先に行ってしまうんですの」
あの後、風呂から上がったフォーリィは、さっさとドライヤーで髪を乾かすと、先に外に出てしまった。
マヴァンダはと言うと、普段から貴族の衣装に身を包んでいるため、着るのに時間が掛かるのだった。
置いていかれた彼女は、文句を言いながらリビングに着くと、ソファーの上でスタニェイロが口元で人差し指を立てていた。
良く見ると、彼の腕の中でフォーリィは静かに寝息をたてていた。
彼女は、大好きなパパの温もりに包まれながら、数か月ぶりの安らかな眠りについていた。
それは、心許せる家族の前でだけ見せる、安心しきった寝顔だった。




