閑話休題 Gの勇者様2
すみません。閑話休題を2話で終わらす予定でしたが、あまりにも長くなってしまったため、先週末に書ききれませんでした。
そして、本来2話目として予定していた分を更に分割しました。閑話休題3話目は明日投稿予定です。
「ようこそ、カデン領に」
応接室で日下部愛生を出迎えたのは、地球人感覚で十八歳くらいの紅銀髪のハーフエルフだった。
「アキ様。こちらは伯爵様の御母上であらせられます、アントゥーリア様です」
ガチガチに固まっている愛生に、アントゥーリアは優しい笑顔を向ける。
「あ、は、はい。は、は、伯爵夫人様。わ、わ、私、日下部愛生と申し、申します」
「そんなに、かしこまらないで。伯爵なのは娘だけで、私達家族は皆、一般市民だから」
アントゥーリアは少し眉尻を下げてそう言ったが、愛生の耳には届いていなかった。
無理もない。
フォーリィの元でプログラマーとして働くと約束したが、愛生にとって彼女は近代的な兵器で武装した軍隊を指揮する伯爵だ。
しかも、愛生はフォーリィを子供扱いしてしまっていた。不敬罪とかで打ち首になってもおかしくないと思っていた。
大司教にゴキブリをぶつけた為、彼女は一人で敵の前に立たされた。
(これ以上、貴族様の不興を買うと、今度こそ命が危ない)
愛生の脚はガクガクと震え始めた。
そんな彼女を見て、アントゥーリアは小さなため息をつくと、メイド長に顔を向ける。
「勇者様と二人きりでお話したいわ。私の執務室にお茶の用意をお願い」
アントゥーリアがそう言うと、途端にメイド長が顔色を変えた。
「アントゥーリア様。この方はつい先日まで伯爵様と闘っていたのですよ。そんな勇者様と二人きりだなんて……」
「大丈夫よ」
メイド長の言葉を遮り、アントゥーリアはニコリと微笑む。
「彼女は、そんなに後先考えずに行動するような子じゃないわ」
「で、でも……」
「お茶の準備をお願いね」
優しい口調。優しい笑顔。それなのに彼女のお願いには何故か逆らえない。
決して恐怖で縛っているとかでは無い。
メイド長は、心が、魂が彼女のお願いに逆らうのを拒絶してしまうかのような、何とも不思議な感覚に包まれていた。
「は、はい。かしこまりました」
メイド長が深々とお辞儀をし、他のメイド達にお茶のセットの移動を指示する。
「勇者様。さあ、こちらに」
アントゥーリアはニコリと微笑んむと、愛生の手を掴んで引っ張っていく。
アントゥーリアの執務室に入ると、愛生は奥の机の上に乗っている物に目を奪われる。
「えっ?これって……」
「ふふっ♪漫画よ」
執務室の机の上にあったのは描きかけの漫画とペンなどの画材だった。
「まあ詳しい事は二人きりになったらね」
アントゥーリアは人差し指を立てて自分の口に当てると、ニッコリと笑った。
「は、はい……」
やがてメイド達が紅茶セットやお菓子などをテーブルの上に並べ終わると、お辞儀をして部屋から出て行く。
扉が完全に閉じられたのを見届けたアントゥーリアは、机の横面に手を伸ばした。
カチリと音がすると、入り口の横に赤いランプが灯った。
「な、なに?」
身構える愛生に、アントゥーリアはニコリと微笑んで心配しないでと告げた。
「この部屋のマイクを切ると、警告のランプが光るの。一応、セキュリティの都合上、この部屋は監視カメラが稼働しているからね。カメラ自身は切れないけど、内密の話をする時用にマイクだけは切れるようになっているの」
アントゥーリアは先ほどよりも楽しそうに、ニコニコ笑顔を愛生に向けていた。
「この漫画はね、娘に……フォーリィ伯爵に頼まれて描いてるの。私は前世では地球で漫画を描いていたから」
「えっ?」
突然の告白に愛生の思考が追い付けなかった。
「これでも前世ではプロの漫画家だったんだから。……まあ、コミックは六巻しか発売できなかったけど。それでも同人誌即売会では壁際でね、たくさんのファンがいたのよ」
それを聞いて愛生はハッとしたように机の上の漫画を見た。
「まさか……まさか愛飢嗚先生?」
「えっ?私のこと知ってるの?」
前世のペンネームを言い当てられ、アントゥーリアは物凄く驚いた。
彼女にとっては何十年も前の話だ。そんな前世の彼女を知っている者が現れるとは思ってもいなかったのだ。
「嘘……本当に……本当に愛飢嗚先生?」
愛生はワナワナと震えながら、目に涙を浮かべてアントゥーリアに近付いて行く。
「私……私……先生の大ファンだったんです。それなのに……五年前……先生がお亡くなりになったと聞いて……私……私……」
ポロポロと涙を流して嗚咽を漏らす愛生をアントゥーリアは優しく抱きしめた。
暫らくそうして抱きしめていると、次第に愛生は落ち着いて来た。
「あ、す、すみませんでした。愛飢嗚先生」
冷静さを取り戻すと、子供のように泣いた事が恥ずかしくなり、愛生はアントゥーリアから離れようと身をよじった。
そんな彼女に、アントゥーリアはニコリと微笑んでテーブルの方に誘う。
「さあ、座って。お茶が冷めてしまうわ」
愛生に座るように促すと、アントゥーリアは手慣れた手つきでティーカップに紅茶を注ぐ。
「どうぞ。娘が指導して品種改良した紅茶よ」
淹れてもらった紅茶からは、草原を流れるそよ風のような、とても爽やか香りがした。
「あれ?」
紅茶を口にしてお互い落ち着くと、アントゥーリアが首を傾げた。
「私の作品って全て18禁だったはず……」
「な、な、な、何言ってるんですか?この世界では成人は十四歳ですよ。わ、私は十五歳ですから立派な大人です!」
言いながら、愛生は我ながら見苦しい言い訳だと思った。だが、目の前の女性はアッと言う顔をして右手を口にあてた。
「そうだったわね、ごめんなさい。そうよね。十五歳なら立派な大人よね」
納得がいったと言う顔でニコニコ笑っている彼女に、愛生の心は罪悪感でいっぱいになった。
「しかし、五年か……地球の時間の流れは思った以上に遅いのね」
お茶を飲み、お菓子を食べながら暫らく地球の話をした後、アントゥーリアはポツリと言った。
「そう言えば愛飢嗚先生はこちらに転生して、子供も産んでいるんでし……」
アントゥーリアが人差し指を立てて自分の口に当て、愛生の言葉を遮る。
「アントゥーリアよ。私が転生者だと知っているのは夫のスタニェイロとフォーリィだけだから」
勇者様と違って転生者は色々と風当たりが悪いからね、とアントゥーリアは苦笑いを浮かべた。
実際、転生者はこの世界の人達にあまり良い印象を持たれていない。
彼らの多くは、生半可な知識でこの世界を良くしようとして空回りしていた。
空回りだけならまだ実害は無いのだが、水路を作って穀倉地を広げたために下流の農村が水不足で壊滅状態になったり、野菜や果物の収穫量を増やす技術を与えた事により大量のゴブリンやオーガが押し寄せて来て村が壊滅した例など、転生者が自然のバランスを急激に変化させたために起こった災害が数多く報告されていたからだった。
アントゥーリアは紅茶を口にして香りを楽しむと、過去を振り返るように虚空に視線を向けた。
「私はこの世界に転生して五十二年になるわ」
「五十二?」
見た目、十八歳くらいに見える彼女に五十二歳だと言われ、驚く愛生。
「ハーフエルフの平均寿命は七〇〇年だから、これでもまだまだ若い方よ」
「七〇〇……」
思っていたより遥かに長寿と知って、愛生はショックを受けるのだった。
そして、五十を超えてもまだその若さを保っているハーフエルフはズルいと思った。
「そ、それで、アントゥーリア様は前カデン伯爵様と御結婚して、御自分は転生者だと打ち明けたんですね」
「え?」
アントゥーリアは愛生に何を合われたのか分からず、暫らくは目を点にしていたが、やがて納得がいった顔をした。
「先ほども言ったけど、伯爵は娘のフォーリィであって、私達は一般人よ。今も昔も」
「えっ?」
今度は愛生が驚く番だった。
フォーリィは十七歳の女の子だ。
これがそこそこ歳を重ねている騎士風の者ならまだ納得もいくだろう。
だが、平民の女の子が伯爵にまで登り詰めるには無理があった。
「で、でもそれは、先代の伯爵様が娘さんに家督を譲ってご隠居されたからですよね」
愛生の勘違いにアントゥーリアは優しく微笑みながら首を横に振る。
「いいえ。現在の爵位と領地は娘が一生懸命頑張って手に入れたのよ」
それはフォーリィがたった一代で、しかも彼女の歳を考えると、わずか数年で伯爵まで登り詰めたと言う事だ。
それを聞いて、愛生はフォーリィを恐ろしく感じた。
そして愛生は思い出す。
フォーリィは、聖騎士団達に守られていた彼女を、寝ている間に連れ去る事ができるほどの力を持っている。
加えてあの近代的な兵器の数々。あれだけの物を保有していれば、そのようなスピード出世も可能なのかも知れないと思った。
そこで、ふと愛生は、あの武器の事を思い出した。
どう見ても地球の軍隊が持つような武器。その上、ヘリコプターまで持っていた。
「そう言えば娘さん、地球の武器を所有していましたけど、あれはどこから手に入れたんですか?」
ひょっとしたら、一方通行だったとしても、地球からこちらに物資を運ぶ手段でもあるのかも知れない。そんな期待を込めて質問した。
「ああ、あれ?地球の武器に見えるけど、立派な魔道具よ」
「魔道具ぅ!?えっ?えっ?あれが魔道具?」
あれはどう見ても近代的な兵器だった。決して魔力で動いているとは思えない。だが同時に、目の前の女性が、愛飢嗚先生が嘘をついているとも思えなかった。
混乱している愛生の様子を見て、アントゥーリアは面白そうに語りだした。
「見えないでしょ?私も初めて見た時はビックリしちゃった。ひょっとして、あの娘はこっちの世界で火薬の作成に成功したんじゃないかって」
楽しそうに説明しながらも、アントゥーリアは先ほどからクッキーをパクパクと食べていた。
彼女の悪い癖だ。家族の自慢をし始めると興奮して、ついつい目の前のお菓子をたくさん食べてしまうのだ。
「でもね。よくよく聞いてみると、結界の魔石で遮られた空間に風の魔石を使って圧縮空気を作って、一気に放出しているんだって」
こうしてアントゥーリアは、フォーリィが最初に圧縮空気を作った時に爆発させて病院に搬送された事や、竹とんぼを人間が乗れるように巨大化させた事など、あたかもフォーリィが地球の知識も無しにこの世界で発明したように話したのだった。
「あっ……」
アントゥーリアは、自分の娘が伯爵まで登り詰めた経緯をあるていど話し終えたころ、ケーキやクッキーが乗っていた皿が全て空になっているのに気付き、伸ばしていた手を止めた。
そして青ざめた顔で自分のお腹に目を向ける。
「……」
「……」
彼女がなぜ硬直しているのか気付いた愛生は、何て声を掛けたらいいのか分からず、二人して暫らく無言が続いた。
その時、入り口の扉付近の緑のランプが点滅を始めた。
メイド達が入室を求める合図だった。
各執務室は完全防音となっているため、扉を叩いても、外から声を掛けても中には聞こえないため、このように光で知らせるようになっていた。
ギギギと音が聞こえてくるような動きでアントゥーリアはそのランプに顔を向けると、ゆっくりと立ち上がり、フラフラした足取りで入り口まで移動すると扉を開けた。
ドアの向こうにいたのはメイド長だった。彼女は軽く頭を下げて佇んでいた。
「アントゥーリア様。そろそろお茶が冷める……」
言いながら顔を上げたメイド長は、アントゥーリアの顔を見た途端言葉を止めた。
そして、慌ててテーブルの上に目を向けた。
「……」
数秒間固まった後、メイド長は軽く溜息をつくと、静かに言った。
「アントゥーリア様。お夕食は抜きで宜しいでしょうか」
「ええっ!そんなぁぁぁぁぁ。せめてスープだけでも。できればパンも……」
情けない声ですがり付いて来る彼女に、メイド長は冷たい口調で言った。
「アントゥーリア様のお洋服は、これ以上ウエストを広げられません。全て仕立て直すおつもりですか?」
「うっ……」
それを聞いて、アントゥーリア肩を落とすのだった。
ちなみに、アントゥーリアはお茶会で結構やらかしていますので、フォーリィが子爵になった頃に、一度衣装を全て作り直しています。ウエストを広げられるように工夫されたデザインで。
それでも目立たないのは、胸が大きいからです。




