128 ハーフエルフっ娘VSサリデュート聖教 ~ その8
「これか?」
城壁に登る階段の入り口に透明な壁のようなものがあるとの報告を受けた聖騎士団長は、実際に目の当たりにして首を傾げた。
「どう見てもガラスにしか見えないが」
報告した騎士に、聖騎士団長は訝し気な目を向ける。
「いえ、私達も最初はガラスかと思ったのですが、大剣で叩いても石を投げつけても割れないのです。それに、微弱な魔力を感じます」
「だから『魔石によるものと思われる結界』か。しかし、こんな微細な魔力でそれほどの防御力を出せるのか?」
騎士の言っている微弱な魔力は、彼もここに来た時から感じていた。
だが、その魔力は結界魔法にしては微弱すぎた。
「ふむ……」
聖騎士団長は腰の聖剣を抜き、頭上に掲げると、魔力を込め始めた。
すると、ヴゥゥンと言う低い振動音と共に聖剣がオレンジ掛かった金色の光を放ち始めた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
掛け声と共に振り下ろされる聖剣。
しかし、キィィンと言う金属音と共に聖剣が弾かれた。
「くっ……」
危うく剣を落としそうになる。
「聖剣でも破れないとは」
痺れる右手を左手でさすりながら、正体不明の防壁に背筋に寒気を感じた。
聖騎士団の将校たちは、一般的にエルフ達に伝わっている魔法だけでなく、サリデュート聖教国が秘匿している魔法の知識もある。
だが……いや、だからと言うべきだろう、既知の魔法とは全く異なる術式を使ったものに彼らは恐怖を抱く。
これまで色々な術式が開発されてきた。だがそれは、威力を強化したり少ない魔力で行使できるように改良されたものばかりだった。
幾度となく戦争を繰り返してきた人間は、奇抜な発想よりも戦闘で有利になるように改良する事に力を注ぐ必要に駆り立てられたためだ。
だが、サリデュート聖教国の『草』から伝えられた魔法騎士団時代のフォーリィの魔法は、魔法と呼んで良いのかするわからない奇妙で不気味なものだった。
とりわけ青炎乱舞は、これまでの常識とは異なり、未だに他の誰もが再現できない魔法だった。
術式の調整により高温の青い炎を現出させる事もできれば、大きな爆発を発生させる事もできる。
二つの全く異なる結果が、同じ術式で展開されている。
その意味不明な現象自体、サリデュート聖教国は恐怖したが、それに加え、爆発を発生させる事に激しい戦慄を彼らは覚えた。
魔法とは、自然にある現象を、より効率良く、より強力に発生させる事を目指したものだ。
対物障壁や魔法障壁ですら、元は兵士の盾を魔法で再現したものだと言われている。
だが、爆発とは何だ?
火山の爆発とは次元が異なる魔法だ。
『草』からの情報だと、いきなり轟音と共に火竜の翼がはじけ飛んだらしい。
それを聞いた大司教様たちは、急いでホーズア王国に使者を送り、数名の王子から彼女の暗殺の約束を取り付けたらしい。
もっとも、その王子たちは王宮内の紛争などで王位継承権をはく奪されたり、順位をいちじるしく下げたりして、未だに彼女の暗殺には成功していない。
「これも、あの東の死神の不気味な技の一つと考えるべきだな」
聖騎士団長はコンコンとその透明な壁を叩いた。
この透明な壁、実は土の魔石で強化されたガラスだったりする。
魔石研究カンパニーのガネトムートに依頼して、土の魔石を魔改造して魔力効率を飛躍的に高めてもらったため、周囲に漏れ出る魔力の残滓は微弱だが、魔力ダムから供給される大量の魔力を消費してガラスの高度を高めている。
「結局、あの不気味な壁は城壁に登る階段の途中だけでなく、城壁の上部にも取り付けたあったと言うのか?」
あの後、ハシゴを使って城壁に登ろうとした騎士がそれに気付き、周囲を取り囲む城壁を調査させていた。
「はい。しかも城壁の上の透明な壁は、内側に向かって傾いているため、城壁に登るのは困難です」
それを聞いて聖騎士団長は大きくため息をつく。
だが、そこでふと彼は疑問に思う。
なぜ、この城砦にこのような壁があるのだろか。
城砦とは、そもそも敵からの攻撃を防ぐために造られている。
(だが、これではまるで、中の人間を外に出さないようにしているとしか……)
そこまで考え、彼は表情を険しくして叫んだ。
「各師団長は、退却の準備だ!!急げ!」
切羽詰まったような顔の聖騎士団長。
だが、それを見た周りの者達は、何が起きているのか分からず、キョトンとした顔をする。
「ベルジール、まずは落ち着いて。状況が分からず闇雲に動いても、場が混乱するだけよ。まずは、あなたが何を危惧しているか説明して。私達はそれに応じて部下たちに撤退指示を出すから」
スタティーシアは幼馴染の肩に手を置いて落ち着かせようとする。
だが、聖騎士団長は彼女の手を払いのけて叫ぶ。
「分からないのか?これは東の死神が我々を閉じ込めるための罠だ。あいつは我々を一か所に集めて、あの『みさいる』とやらで集中攻撃するに違いない。早くここから出ないと、南門をあの鉄の象でふさがれたら、我々は袋のネズミだ!早く、ここから……」
言い終わる前に、彼の背後でガシャーンと言う大きな音が鳴り響いた。
ビックリして振り向くと、近くの城門をふさぐように鉄板が下りていた。
「な、何だ?」
予期せぬ事態に思考が追い付かないまま、遠くの方で同じような音が次々と鳴り響いてた。
「「「「…………」」」」
しばし沈黙が流れた。
「まさか……全ての城門がふさがれたのか?でも誰が?どうやって?」
この世界には遠隔操作などは無い。
もちろん、それっぽいものは有る。
遠距離魔法で遠くにある罠のヒモやつっかえ棒を攻撃して起動させるものだ。
だが今回、そのような攻撃魔法が飛んできたようすは無い。
まさか、敵が砦内に潜んでいるのか?
エンチャントの魔石で魔力供給されたモーターの事など知る由もない聖騎士団長たちは、注意深く辺りを探り始めた。
そもそも、聖騎士団長はこのような形で閉じ込められるなんて考えもしなかった。
せいぜい、南門の前にある鉄の象の中に敵が潜んでいて、それを使って攻撃してくるかと思っていた。
そして、自分達が北門から逃げ出そうとすると、待ち構えていた敵からの集中攻撃。それが彼らの戦術的常識で考えられる策だった。
つまり、狭い城壁を抜けるように追い立てて、数の不利に対抗するのが一般的な戦術だったのだ。
それがまさか、閉じ込められるとは、誰が想像つくだろうか。
じはらく彼らが周囲を警戒していると、突然遠くの方、正確には城壁の向こう側からタアァンと言う音が複数聞こえた。
聖騎士団長達に緊張が走る。
「上だ!」
聖騎士団長の声に全員が顔を上げると、視界には火のついた布が括り付けられている壺が降って来ていた。
テレビで報じられていた東の死神の闘いで何度も観た、カタパルトによる攻撃だ。
「全員、頭上に物理防御壁を展開しろ!」
聖騎士団長の合図で、全員が防壁を展開する。
火炎壺は防壁に当たると、術者を避けて地面に落ちていく。青い炎を上げながら。
そして、各々が落ち着いたようすで、凍結魔法を唱えて消火していく。
「皆、慌てずに順次敵弾聖防壁に切り替えて行くんだ!」
聖騎士団長の指示に、騎士達は集団物理防壁に切り替えて行く。
そして、全員が術式を変更し終えた時……
―― ドオォォォォォォォン
「「「うわぁぁぁ!!」」」
激しい衝撃が一部の騎士達を襲い、そのエリアの防壁が消失した。
「慌てるな!術式を再構築して防壁を復活させるんだ!」
騎士達に指示を出しながら、聖騎士団長は空を見上げる。
そして、魔力で強化された彼の視界に入って来たのは、筒状の金属の物体。昨晩、散々目にした飛翔神気だ。
―― ドオォォォォォォォン
その飛翔神気が防壁に当たり、再び衝撃が辺りを包んだ。
(今回は特殊油を使っていないのか?)
その飛翔神気は、着弾しても燃え上がらず、激しい衝撃が襲ってくる。
同じ物であるはずなのに、燃え上がる時もあれば爆発する時もある。それはまるで、東の死神が得意としていた青炎乱舞ではないか。
彼らは見えない死神が自分たちの魂を狩ろうとしているのではないかと恐怖した。
「東の死神ぃぃぃぃ!!正々堂々と勝負しろぉぉぉぉぉ!!」
そんな中で、槍の勇者こと神宮路浩也は顔を真っ赤にして北門の鉄板に向かって大声を上げていた。
「食らえっ!!デビルクラッシャァァァァァァァ!!」
そして、至近距離で鉄板に向かってスキル攻撃をした。
「うわぁぁぁ!」
「きゃあぁぁぁ!!」
「ぐわっ……」
その攻撃の余波を食らい、浩也を含め数十人が吹き飛ばされた。
「くそっ!あの勇者様、余計な事を!治癒魔術師……三人だけでいいから、向こうに行って奴らの手当てをしてやれ」
(それにしてもあの鉄板、勇者様のスキルでも破れないのか)
聖騎士団長に忌々しそうな目を向けられている城壁の鉄板。実は裏側に魔石で強化されたガラス版を張り合わせていたため、衝撃波では破る事はできなかったのだった。
高熱を含んだ攻撃だったなら、表面の鉄もろともガラスも溶けていただろうが。
―― ガシャガシャガシャァァァァン
その時、砦内の地面から、直径五〇センチメアトル、高さ一メアトルほどの筒状の物が無数に、地面からせり上がって来た。
「慌てるな!全員、防壁を維持しつつ警戒……」
言い終わるより早く、その筒状の物は前後左右、四方向に向かって青い炎を噴き出し始めた。
「うわぁぁ。凍結花舞」
急いで消火を始める騎士達。
―― ドオォォォォォォォン
―― ドオォォォォォォォン
―― ドオォォォォォォォン
防壁が弱まった頃を見計らって、複数個所に飛翔神気が撃ち込まれた。
防壁を突破して、地表で炸裂する飛翔神気から高速で周囲に飛ばされる金属片を食らい、命を落としたり重傷を負った多数の聖騎士たち。
「慌てるな!」
辺りが混乱する中、旅団長や師団長などの長達は、冷静に分析をする。
「その筒が出している火は、それほど遠くまで届かない!消火はしなくても良いから、防壁の維持に専念しろ!」
そして、正確な指示を出していく。
実際、筒状の火炎放射器は、前後左右に二〇メアトル間隔で配置され、炎の射程距離は五メアトルほどしか無かった。
だから、炎さえ避ければ、特に相手にする必要は無かった。
「ふっ、どうやらご自慢の『みさいる』とやらの在庫も尽きかけてきているようだな」
最初こそは数秒ごとに落下していた貫通型飛翔神気。しかし、今では三〇秒に一回まで減っていた。
「良しっ!皆、もう少しだ。もう少しだけ耐えれば、今度はこちらから攻撃だ。愚かな死神が、わざわざ透明な壁が無い場所を教えてくれたのだからな」
飛翔神気の落下地点から、強化ガラスが取り付けられているのは精々城壁から一メアトル内側までだろうと推測がついていた。
最初の壺が飛んできた方角も分かっている。
ならば、反撃に使える集団攻撃魔法はいくらでもある。
聖騎士団長は、使用する術式を考える事に集中していた。
だから気付くのに遅れた。敵弾聖防壁が急激に弱まった事に。
「ベルジ……」
幼馴染の声に、ハッとして振り返った途端、聖騎士団長の視界が暗転した。
◆ ◆
「終わったようね」
テレビモニターを観ながら呟いたフォーリィ。
「フォ、フォーリィ殿、いったい彼らに何が……」
いきなりバタバタと倒れる聖騎士団達を見て、コエリーオ王国の隊長が恐怖の混じった声で尋ねる。
「呪術の一種よ。相手の敵意を利用した、ね」
実際には、一酸化炭素中毒なのだが、説明しても理解されない事が分かっているので、適当な説明をするフォーリィ。
聖騎士団達は、頭上に敵弾聖防壁を展開していた。
つまり、物理的にあらゆる物を弾く防壁だ。空気の流れも含め。
そんな中で、地表では火炎放射器が炎を出し続け、酸素を消費しつつ一酸化炭素や二酸化探査を放出していた。
結果、砦内と言う広範囲にも関わらず、あっと言う間に全員が一酸化炭素中毒で倒れる事となったのだった。
「さあ、サリデュート聖教国に向けて移動を再開するわよ」
後ろを突かれる心配の無くなったフォーリィ達は、安心してサリデュート聖教国に向かって行ったのだった。
魔法騎士団時代にフォーリィが使っていた青炎乱舞は、酸素と水素の量を調整する事により、高温燃焼させる事もできれば、爆発される事もできました。「フォーリィの魔力は万能です!」
次回は、サリデュート聖教国の国境を守っている勇者の登場です。そして、その勇者、フォーリィでも倒せないほと強いです。




