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124 ハーフエルフっ娘VSサリデュート聖教 ~ その4

「ひぃっ……」

 日下部(くさかべ)愛生(あき)は小さな悲鳴を上げた。


(えっ?ええっ!?何?何がどうなってるの!?)

 彼女は何が起こったのか理解出来なかった。

 分かるのは、目の前に呪いで簡単に人を殺せる女の子と、その部下らしき女性が四人いるって事だけだ。


「東の……死神?」

 体中がガタガタと震え、血の気が失せて行く。

 目の前の少女は言った。命を懸ける覚悟が無ければ立ち去れと。

 だが自分は大量のゴキブリを操作して彼女にぶつけ、敵対の意志を示した。

 自分は殺される。

 愛生はそう思った。


「私、東の死神じゃないわよ」

「へっ?」

 だが、目の前の女の子はあっさりと否定した。


(昨日の……女の子じゃない?もしかして他人の空似?ま、まあ、エルフは全員美形だから、私あまり見分けがついてないのよね。そうか、東の死神じゃなかったのか。良かった)

 愛生は安堵の息を吐いた。


「あ、ああ、ごめんね。東の死神と呼ばれている女の子に良く似ていたから。あっ……ご、ごめんね!あんな悪魔みたいに人と似ているだなんて。その……気を悪くしないで」

 必死に謝る愛生に、目の前の女の子は気分を害したようすもなくニッコリと笑う。

「いいわよ、謝らなくて。サリデュート聖教国からは東の死神って呼ばれているのは確かだし」

「やっぱり、東の死神だったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 再び青ざめる愛生。

 もう確定だった。

 目の前には東の死神がいる。

 そして周りには聖騎士団がいない。

 つまり、今自分は敵陣の真っ只中にいると言うことだ。

 なぜ、自分はここにいる?

 何が起こっている?

 聖騎士団達は?

 色々な疑問が愛生の頭の中でグルグルと回っていた。


「だからそれは、サリデュート聖教国が勝手にそう呼んでいるだけで、私は自分で東の死神と言っている訳じゃないんだからね」

 頬を膨らませながら、そう言う彼女の言葉は、愛生の耳に届いていない。

 ただ、全身を襲う恐怖から、目を見開き、体が震え、歯をカチカチと鳴らしているだけだった。

 そんな状態だから、彼女が自分の股間が生暖かくなっていくのに気付かないのも仕方がない事だった。


「あっ……わ……私……ひっ!」

 それでも必死に声を絞り出した愛生だったが、フォーリィが急に険しい顔になったため、ビクンと肩を震わせた。


 フォーリィを筆頭に、その場にいた嗅覚の鋭い人種の面々は気付いた。

 そして、フォーリィは愛生に掛けられていた毛布を掴むと、思い切り剥ぎ取った。

「ひぃっ……」

 突然の事に、愛生の体は硬直する。


「はあぁぁぁ……」

 だがフォーリィは、そんな彼女に構わず溜息をつく。


「まさか、勇者様がおねしょをするなんて……」


「…………?」

 愛生は最初、フォーリィに何と言われたか理解できなかった。

 だが、やがて彼女の言葉を脳が理解すると、愛生はゆっくりと視線を下に向けていく。

「〇X◇□☆!!」

 そして真っ赤になって自分の股を手で抑えた。


「その歳でおねしょするなんて、恥ずかしくないの?」

「ち……違っ……」

 ジト目でそう言うフォーリィに、愛生は激しく首を横に振った。


 だが、おねしょでは無くてもお漏らししたのは事実だ。

 それを、東の死神とその部下達に知られてしまった。

 不幸中の幸いだったのは、その場には女性しかいなかった事だ。


「誰か、彼女にクリーニングの魔法を掛けてちょうだい」

「分かりました」

 フォーリィの指示を受けた隊員たちは愛生を抑えると、彼女の寝巻と下着を剥ぎ取ってクリーニング魔法を掛けていく。


「下着のクリーニングが終わったら、これを着てちょうだい」

「これは?」

 渡されたのはフォーリィ達と同じ色の服だった。

「私が着ているのと同じ戦闘服よ。まあ、寝巻のまま連れ回されたいのなら、それでも良いけど」


 同じと言っても、サイズは違う。

 地球人の感覚では一二歳ほどの背丈のフォーリィが着ている戦闘服はさすがに愛生には合わない。

 だから、他の女性隊員の予備の服を着せる事にした。

 フォーリィが朝一で、戦闘服の修復などを兼任している裁縫担当に愛生の服を作るように依頼はしているので、それまでの繋ぎだ。


 寝巻のまま連れ回されては堪らないので、愛生は大人しく渡された服を着る事にした。

「ん……」

 ぶかぶかの胸の部分と少しきついウエスト。

 愛生はフォーリィとその部下たちの胸を見る。そして最後に自分の胸を見て、小さく溜息を吐いた。



「まあ、まずは朝食ね。ささっ、遠慮せずに食べて」

 テーブルの上には暖かいスープと、硬いパンが乗っていた。

 パンが硬いのは嫌がらせなどではなく、焼いた状態で運んでいるからであり、積み重ねたり、他の食材を上に置いても潰れないようにするためだ。

 そのパンをスープに浸して柔らかくして食べるのが戦争時では当たり前で、愛生も聖騎士団と移動している間は同じような食事だったため、特に気にはしていない。


 フォーリィは、まずは自分からスープを一口飲み、そしてパンを浸して一口かじると、愛生に向かって微笑む。

「さ、どうぞ」

「あ、はい」

 先ほどのお漏らし騒ぎで、すっかり恐怖心が吹き飛んでしまった愛生は、勧められるままにパンを手に取った。


「私があなたをここに連れて来たのは、あなたと話したかったからよ。安心して、あなたの身の安全は保証はするから。そもそも殺すつもりなら、わざわざ連れ出したりはしないでしょ?」

 ある程度食事が進んだところでフォーリィはそう切り出した。

 とは言え、食べているのは愛生だけだ。

 フォーリィ達は彼女が起きる前に食事を済ましている。

 愛生に食事を勧める前に、フォーリィが食事に口を付けたのは、彼女を安心させるためだ。


「ほら、あなたたちはこの世界の住人じゃないでしょ?つまり、この世界の戦争に命を懸ける必要なんて無い。だから私は知りたいの。あなたのように召喚された人たちが、なぜ率先して戦争に参加しているのか。自分が死ぬかも知れないのに」

 そう、フォーリィはずっと疑問に思っていた。

 自分が召喚された時は目立った記憶の改ざんも無く、何らかの強制力が働いていたようにも見えなかった。

 だからあの時、その場から逃げ出そうとしたし、あの場にいた人達もそれが分かっていたから魔法を使って足止めをしていた。


 強い戦闘力を持った召喚勇者なら、その場で殺すなどとは言い出さないはずだ。

 だったら、後に隙を見て逃げ出す事も容易かったはずだ。彼らのチート能力があれば。


 それなのに、弓の勇者は積極的に攻撃して来ていたし、ゴキブリ勇者はお漏らしするほど怖がっていたにも関わらず、攻撃して来ていた。

 何が彼らを突き動かしているのか。

 それが分かれば、今後現れる勇者がこちらに敵対するのを防げるかも知れなかった。


「それは、ポイントのためなの」

「ポイント?」

 全く予期していなかった言葉に、フォーリィ首を傾げる。


「うん。私達召喚者は戦闘訓練をしたり体を鍛えたりするとポイントが貯まって行くの。HPやMPなど色々なパラメーターがあって、どのような行動を取るかによって、その中の一つ、または同時に複数のパラメーターにポイントが加算されていくの」

「ちょっと待って。何を言っているのか分からないわ」

 愛生の説明に、フォーリィは混乱する。

 彼女が語っているのは、どう見てもゲームの話だ。それがなぜ、彼女達が戦争に加担する事に繋がるのか。


「えーと、ね。召喚された人達は、神……じゃなくて『無二なる御方』?の力でこの世界に転移されたんだけど、その時に特別な力を与えられているの。私が昨日使ったGコントロールのようにね。そして、心の中でステータスと唱えると遊戯(ゲーム)画面のように目の前にパラメーターが表示されるの」


 愛生が語っているような機能をフォーリィは知らない。

 少なくとも、この世界の魔法にはそんな物はない。

 召喚された者に付与される異次元魔法(エキストラマジック)である可能性も低いだろう。

 フォーリィ自身、そのような物を見たことが無い。もっとも、彼女がこちらの世界に召喚されて殺されるまでの時間が短かったので、どのような機能が付与されたのか完全に分かっている訳ではないが。


 だがフォーリィは、それが幻覚か幻影系の魔法の(たぐい)なのだろうと思った。

 それらの魔法は、暗示を利用したものだ。


 そもそも、そう言った現象は魔法でなくても存在する。

 幽霊でもいそうな場所にいると、草木が揺れているのを見ただけでも、それが得体の知れない物に映ってしまうのだ。

 幻覚はそれを後押しする魔法だ。

 更にその幻覚を確実にするために、相手の記憶から「猛獣」、「恋人」などの姿を呼び起こす魔法を併用していると聞いている。


 サリデュート聖教国は、召喚勇者にそのような常駐魔法を付与しているのだろう。

 ただ、この世界の人達はゲーム画面など知らない。だから召喚勇者達の話を元に、それっぽい説明をして、彼らはが無意識に自分の記憶からゲーム画面のような映像を創り上げるように誘導しているのだろう。


 フォーリィがそんな事を考えている間も、愛生の説明は続く。


「その中でも貢献度と言うのがあるの。それは、戦闘訓練をしたりすると貯まって行くんだけど、実際に戦うと貰えるポイントが桁違いなの」

「貢献度?」

 そのようなパラメーターは、フォーリィが知る限り前世のゲームには存在しなかった。


「うん。自分がどのくらい、この世界に貢献したのかを数値化したものだって。最初は自分のステータスにそのような項目は表示されなかったんだけど、大司教様の話を聞いたら見えるようになったの」


 それを聞いてフォーリィは納得する。

 召喚勇者が自分たちの記憶を元に無意識に画像を創り上げているのなら、それはもちろん彼らが知っているゲームの画面に近いものになる。そしてそこには貢献度など存在しない。

 だから大司教は追加説明と偽って、彼らの幻影に大司教達の都合のいい項目をねじ込んでいるのだ。


「そして、そのポイントが一万に達すると、私達は元の世界に帰れるの。そのはず……だったんだけど」

 そこて愛生はガックリと肩を落とする。

「あっさりと敵に捕まってしまったから、私、帰れないかも」


 つまり、彼らは元の世界に帰りたいから、危険を冒してまで戦いに参加していたのだった。


「あなたは、そんなに元の世界に帰りたいの?いつ死んでもおかしく無いような戦場に身を投じてまで?」

 フォーリィはこの世界に転生して、初めて本物の家族ができた。

 だが召喚勇者たちは元の世界に家族や友人などがいる。

 そんな彼らに対して、対話で戦闘を回避するのは難しいだろう。


「そりゃあ戻りたいわよ。こっちの世界には複数繋がったクモの巣(インターネット)も無ければ携帯娯楽機(スマートフォン)も無いのよ。遊戯(ゲーム)もできない、映画も見れない。退屈で死んじゃうわ」

 召喚勇者得点の自動翻訳機能により、彼女達はこちらの世界の言葉を喋ることができる、と言うのは割と知られている。だから彼女が普通に喋っていても誰も驚かない。

 でも、その翻訳機能は完ぺきではないようで、どうもこちらの世界に無い単語は、それらしい近い言葉に置き換えられるているようだ。そのため、時々こうやって意味不明の言葉になったりするのだろう。

 だからフォーリィは分からない部分はスルーする。

 向こうの世界では様々な娯楽があるけど、こちらには無いと言いたいのが伝われば十分だった。


「えーと、娯楽に関することだけ?その……家族に会いたいとかは?」

「あ、それは無いから」

 フォーリィの問いに、愛生はあっけらかんと言った。


「私、こちらに召喚される一か月ほど前に両親を事故で亡くしたの」

「ごめんなさい。無神経なことを聞いて」

 言葉とは裏腹に、愛生の表情からは辛さは微塵にも感じられなかった。

 その事に違和感を感じつつも、フォーリィは素直に謝った。


「いいのよ。両親が死んでも悲しいなんて気持ちは湧かなかったから。て言うか、そもそも、ここ三年ほど両親の顔なんか見ていなかったからね。あの人達は、仕事、仕事で碌に家に帰らなかったし」

「そうだったんだ」

 まあ、地球ではそれほど珍しくはない。


 でも、それならなぜ、命を懸けてまで貢献度ポイントを稼ごうとするのか。

 先ほど、退屈だと言っていたが、娯楽のために危険に踏み込むと言うのは理解出来ない。


「それで、両親が死んだ後、叔父さん……ママの弟が両親の財産を管理することになったんだけど、その途端、私は追い出されちゃったの」

「つまり、ご両親の財産をあなたの叔父さんが奪って、あなたを家から追い出したってこと?」

 これも良くある話。

 それでも、彼女は元の世界に帰りたいのか。

 恋人でもいるのだろうか。


「あ、そうじゃなくて、引きこもっていた部屋から追い出したの。学校に行けって」

(引きこもりかぁぁぁぁぁぁぁぁ!)

 フォーリィは顔には出さず、心の中でそう突っ込んだ。


「そこに、この勇者召喚。しかも帰還に必要なポイントを貯めたら、金貨五千枚くれるって大司教様は約束してくれたの。それだけあれば、両親の財産なんて無くても一生引きこもって遊戯(ゲーム)していられるの」

(聞いて損した……)


 彼女が戦いに参加しているのは、禄でもない理由だった。


「あのね、勇者様」

 ため息交じりのフォーリィ。

「ん?どうしたの?」

「たぶん、勇者の翻訳機能でこちらの世界の言葉を使っているんだと思うんだけど、それって適当に近い言葉を充てているだけだから、私達が金と言っている鉱物が、そちらの金と同じだと言う保証は無いわよ」

「えっ?」

 フォーリィの言葉に愛生は凍り付く。


「例えば馬とか豚とかは、そちらの世界にもある?それってこちらの世界と同じ形なの?」

「あっ……」

 愛生の顔色が悪くなる。


 そう、こちらの世界の馬は、地球の馬とはだいぶ違う。

 こちらの世界の馬は首回りと足にウロコがある。

 その他の部分は地球の馬に近い毛が生えているが、顔の形はまるで爬虫類だった。


 愛生もそれに気付いていなかった訳ではない。

 だが、金貨は金色に輝いているので、地球の金と同じ鉱物だと信じて疑わなかった。

 だからここに来て、違う鉱物である可能性を突き付けられ、彼女は大変ショックを受けた。


「あと、たぶんあなた達が元の世界に戻る方法は無いわ」

 そしてフォーリィは、彼女に更なる爆弾を投下したのだった。

こうして愛生は、ゴキブリ勇者と呼ばれたり、おねしょ勇者と呼ばれたりするようになりました。

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