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116 ハーフエルフっ娘、疫病と闘う ~ その5

「ラントゥーナ、領都は北東の区画、セントラル・シティは西の区画を封鎖して、感染者はそちらに移動させて!クリザテーモは領都近辺の村の教会を焼き放って!」

 矢継ぎ早に指示を出していくフォーリィ。

 だが、感染拡大を食い止める手立ては無い。


 司祭の呼びかけにより神殿や村々の教会に集まった信者たちによりクラスターが発生し、さらにその無自覚感染者が各々の職場などで感染を広めたため、今では一日の感染者が二万人を超え、増加スピードが異常なほど伸びていた。


 そんな中、静まり返った夜の街の片隅、そして地方の村々では……


「……そうなのです。全ての元凶は、ここの領主なのです。彼女は我々が貴方たちを正しい道に導くのを阻止するために悪しき精霊を解き放ちました。そして恐れ多くも領都の神殿を破壊し、地方の教会もことごとく焼き放っています」

 カデン領で最初の感染者が発生する前から入り込んでいた『草』、つまりサリデュート聖教国側の人間たちにより、空き家などを使ってフォーリィを陥れるための扇動を行っていた。


「そもそもこの国で精霊の事を一番分かっているのは彼女なのです。それなのに奇病の蔓延を阻止できないなんてことがあると思いますか?むしろ彼女がこの事態を引き起こしていると考えるのが自然です。それに、おかしいとは思いませんか?これだけ多くの感染者が出ていて、街では食料が不足して失業者も増えている状態なのに、彼女のカンパニーとやらでは未だ感染者も解雇者も出ていないません。そうです。彼女は自分の家族やカンパニーの者達を襲わないように精霊に言い含めていたのです」

 熱弁を振るう扇動者。


 彼女のカンパニーで感染者が出ていないのは事実だ。

 だがそれは、疫病の蔓延に伴い、ホーズア王国内外の人達が高画質テレビを買い求めた結果だった。

 どういう事かと言うと、テレビの生産が需要に全然追い付かず、工業エリア内の他のカンパニーからも人を集めての生産となった。結果、エリア全体の作業量が激増する事となり、全員が各カンパニーの建物内の簡易ベッドや寝袋で寝る日々が続いていた。

 つまり、外部との接点が無いため感染リスクがほぼ皆無だったのだ。

 あと、出入りする荷物はアルコールや紫外線などで徹底的に除菌され、作業員達も日ごろから手洗いなどを徹底していた事も、感染者が出ていない要因となっていた。


 だが、そんな事を知らない領民たちは扇動者の言葉に騙され、日に日に彼女への憎しみを募らせる事となった。


 そして数日後。


―― バシッ


 フォーリィ達が乗っていた車のサイドガラスが突然ひび割れた。

 外には八歳くらいの子供が憎しみのこもった目を向けている。

「死神!父ちゃんを返せ!」

 そして、足元の石ころに手を伸ばす。

 どうやら、この子が石を投げたようだ。


「マール!」

 母親らしき女性が慌てて子供の手を抑える。


―― カチャ


「伯爵様?危険です!」

 ドアを開けるフォーリィをラントゥーナ補佐官が慌てて止めようとするが、フォーリィは構わず外に出た。

 マスクは付けているが、今は移動中なので防護服は着ていない。

 だから周りの人達は、車から出て来たのが彼女である事にすぐに気付いた。

 周囲がざわめく。

 そして多くの人々が彼女に憎しみのこもった目を向けている。


 そんな中、彼女はアサルトライフルもどきを肩から下ろして、その子供に向けて構える。

 それを見て、母親らしき女性は咄嗟にその子供を庇うように抱きかかえる。

「子供のやった事です!どうか、どうかお慈悲を!」

 必死にそう懇願するその女性。

 周りからも「相手は子供だぞ」とか「やり過ぎだ」とかいった声が上がる。

 だがフォーリィはそんな声を無視して、母親らしき女性の頭の横からその子供の額に銃口を押し付ける。


 恐怖に顔面蒼白となる子供。

 そして、銃口がその子に向いていると分かった母親らしき女性が咄嗟に子供の頭を抑え、自分の胸に抱くように頭を下げさせる。

「こ、殺すなら私だけにして下さい!お願いです!」

 なおも必死でお願いする女性。

 そんな彼女を、フォーリィは冷たい目で見降ろし続けながら言った。


「本来、こんな事態になる前に、あなたが止めるなり、事前に言い聞かせる必要があったのよ。確かに子供は分からないでしょうね。だけど大人のあなたなら十分理解していたはずよ。領主を攻撃すると言うことの重大さを」

「あ……ああっ……すみません。すみません。すみません」

 ブルブルと震えながら謝り続ける女性。

 フォーリィはそんな彼女から視線をそらし、周りに目を向けた。


「いい!?領主は時として国王様の命令により領民を手に掛ける必要もあるのよ!例え領主自身がそれを望まなくても!だからお願いだから、あなたたちに刃を向ける必要がないようにしてちょうだい!」

 そう言うと、フォーリィは(きびす)を返し、恐怖と怒りの入り混じった民衆の目が注がれる中、その場を後にした。



「ただいまー」

「お帰り。どうだった?」

 フォーリィが領主邸に着くと、ちょうど休憩を取っていたヴェージェが声を掛けてきた。


「領立病院の閉鎖は終わったわ」

「ご苦労様。隔離エリア内の仮設病院の整備も無事に終わって、移ってもらったお医者さん達もすでに患者さんを診て回っているわ」

 領立病院はすでに外の道端にまで患者が溢れかえっている状態だったため、隔離施設内の元宿屋を突貫工事で病院にして、領都内の医療従事者を全てそこに移転させたのだった。


 患者は入院させない。

 と言うか、そもそも数万人の患者を入院させられる病院などなかった。

 だからフォーリィは彼らに車を貸し与え、それを使って隔離施設内の患者を診て回るように指示したのだ。


「さあ、伯爵様。病院に行ってきたのですからお風呂に入って殺菌しましょう」

 唐突にラントゥーナが彼女の手を引っ張る。

「えっ?でも病院から出る時にアルコール殺菌したよね?」

「でも、伯爵様は領民の前にお立ちになりました。あの時、マスクを付けていない人もいましたので、お風呂で綺麗にする必要があります」

 あの時、マスクを付けていない人はいなかったし、その事はフォーリィ自身が確認している。

 さすがに領主の前で堂々と領主命令に背く勇気を持った者などいるはずもなかった。


 そう、ラントゥーナがお風呂に入るように勧めたのは、彼女の気遣いからだった。

 その事を察したフォーリィは、彼女の言葉に素直に従うことにした。


 そして……


 今や定位置となったラントゥーナの股の間にフォーリィは収まり、彼女の胸に埋まっていた。


「……」

「……」

 無言で湯船に浸かる二人。


 やがてラントゥーナが口を開いた。

「大丈夫ですよ。例え世界中が敵に回ったとしても、私だけは貴女の味方です」


 フォーリィはそれには答えず、その代わり、目を閉じて彼女に体を預けた。



 その夜、サリデュート聖教国では……

「そうですか。そのような事がありましたか」

 カデン領内の草から、聖教国秘伝の魔法陣を使って届けられた声で日中の騒ぎを伝えられた大司教は、喜びに頬を緩める。


 この魔法陣、他国に知られると通信伝達上の優位性が失われるため、カデン領内に潜り込ませている草たちの中でも、たった三人にしか教えていない。

 だが、今のカデン領内なら電車やバスもあるため、他の草たちに連携するのもそれほど難しくなかった。


「ふふふっ。領民の心は完全に彼女から離れたようですね」

 通信が終わり、大司教は他の司教達と喜びを分かち合う。

「これで、カデン領を占領した後も、領民が我らのために身を粉にして領地再建をしてくれる事でしょう」

「これも、自らの命を捧げてまで彼女の背信行為を説いて回った宣教師たちのお陰ですね」

 ここで言う宣教師とは、領民と共にそこに根を下ろして、サリデュート聖教の尊さを日々説いて回ると共に聖教国に情報を伝える草たちの事だ。


「その尊い任務により、宣教師たちの数が三分の一まで減ってしまいましたが、『無二なる御方』の名のもとにカデン領を制圧すれば、全員が我らの忠実なる信徒です。彼らの犠牲は無駄ではありません」

 大司教はそう言って、にこやかに笑う。

 草たちがこれ程までに減ったのは、彼らがあちこちで人を集めて密会をし、クラスターを発生させて行ったからだった。

 だが、その原因を作った当人たちはその自覚を持たないまま、感染したのは自分の信仰心が弱かったからだと嘆き、『無二なる御方』に祈りを捧げながらその命を散らして行ったのだった。


「では、そろそろ聖教軍の編成を始めるとしましょうか」

 大司教は笑顔のまま、近くに控えていた将軍にそう告げた。


      ◆      ◆


 13の月(トリディセンバー)に入ると、新規感染者が激減した。

 激減と言っても、一日の感染者は一万人前後なのだが。

 それでも一時四万人近くまで増えていた感染者が一万人まで減ったのだ。


 これは、フォーリィが行った隔離政策の成果もあるが、人が減ったのが大きかった。

 この疫病で、領民の数が三分の二まで減った。

 地方では村人全員が感染し、全滅となった所もある。


 そう言った話が毎日テレビで報じられ、人々が恐怖により外出を控えるようになった。

 今では、繁華街なども閑散とした状況だった。


 それに加え、今年は大雪に見舞われる日が幾度もあった。

 例年なら、南からの湿った空気が山脈で雪を降らせ、山脈の北側に位置する王都やカデン領などには乾いた空気が流れるため、雪が降ることは滅多にない。だが今年は、 13の月(トリディセンバー)だけでもすでに一〇日間も雪が降っていた。

 そのため、人々は更に外出を控え、鉄道やバスも運休して雪かきをする事になり、雪かきが終わっても本数を減らして速度を落としての運行となったため、人の流れが著しく鈍化した。


 そんな状態がしばらく続き、このまま終息してくれるのでは、と言う淡い期待もあったが、一日の感染者は相変わらず一万人前後で下げ止まっていた。

 その主な原因をフォーリィはだいぶ前から把握していた。

 そう、サリデュート聖教国の息が掛かった者達による密会だ。


 彼女がそれを知っていて見逃していたのは、彼らを捕えて公開鞭打ちなどをしても、彼らに騙されている民衆の心に届かないからだ。

 そして、扇動者たちの行動から、すでに感染している可能性が高く、逮捕してもすぐに発症するだろうと思われたからだ。

 留置場内でクラスターを発生させる訳にもいかないし、発症して隔離エリア送りになったら、戻って来られる確率が極めて低い。つまり、『連行されて行ったきり帰ってこなかった』状態となるのだ。

 それは大変マズい。

 『彼の意志を継いで』とか言い出す領民が後を絶たなくなるのは明白だった。

 まさに八方ふさがりだった。


 そんな状態のまま、クリスマス・ウィークに突入した。

 とは言え、フォーリィが領主命令でクリスマスの祝い事を禁止しているため、今年は街中が静まり返っていて、とても寂しいクリスマス・ウィークとなっていた。


 そんな中、フォーリィは執務室でテレビ電話の前にいた。

 定期的に行っている国王への状況報告だった。


「今(ウィーク)の死者は一五万人でした」

 暗い顔でそう報告するフォーリィ。


『そう暗い顔をするな。実は……』

 言いかけたホーズア王が、ギョッとして言葉を止めた。

 なんとフォーリィがポロポロと涙を流し始めたのだ。


 彼らは彼女が泣くのを、これまで見たことがなかった。

 いくら辛くても、彼女が弱気な部分を見せるのは、心から気を許している者の前だけだった。彼女は前世でそのように訓練されていた。


 だが今日は、感情を隠せるような状態ではなかった。

 なぜなら、ラントゥーナが熱を出したからだ。


 今の段階では、まだ彼女が黒死病に感染しているかは分からない。

 だが、彼女はフォーリィと共に、特に感染者が多発している場所へ何度も足を運んでいる。

 いくら防護服に身を固めて気を付けていても、感染リスクは皆無ではないのだ。


 彼女にとって、ラントゥーナは今や家族同然だった。

 そしてここに来て、彼女が自分自身よりも大事に思っている家族に死の影が忍び寄って来ている。

 その事が、彼女を弱くした。


「ダメ……もう家族(みんな)を守れない……」

 しくしくと泣き出すフォーリィ。

 それを見て、国王だけでなく、周りにいた家臣たちも心を打たれた。彼女はこれ程までに領民(みんな)を愛していたのか、と。


『あっ、いや。大丈夫だ。落ち着け』

 しばらくその光景に見入っていた国王が、我に返る。


「何が大丈夫なの!?もうダメよ!全員死んじゃうんだわ!」

 彼女が初めて見せる感情的な叫び。

 ホーズア王はやや気圧されながらも、言葉を続けた。


『お、落ち着け。実は、悪い精霊を退治する方法が見つかったのだ。だから大丈夫。領民(みんな)救われるんだ』

「……えっ?」

 フォーリィはキョトンとし、顔を上げる。


『大魔導師レイトゥルーが、悪い精霊だけをやっつける術式の開発に成功したんだ。()も……顕微鏡?とやらで確認した。見事に悪い精霊だけを破壊していたぞ』

「……はは……ははは……」

 フォーリィはその場にぺたんと座り込み、そして再びポロポロと泣き出した。今度は笑顔で。

「良かった……良かったよぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 近くにいたフォーリィの家族が全員、彼女の元に行って皆して抱き合った。全員目に涙を浮かべて。

こうして、疫病編はファンタジーな幕開けとなります。

この展開は、昨年、コロナが広がり始めた頃から決めていました。生々しい科学的な解決ではなく、非現実的な魔法で解決させようと。

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