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11 ハーフエルフっ娘と世界初の特許裁判3

 モンバシアは、なおも畳み掛けるように言葉を続ける。

「被告は風の魔石で生成される風を間接的に使っていますが、別に直接使っても機能は変わりません。なのに敢えて間接的に使っているのは特許侵害訴訟対策に他ありません」

 確かに、掃除機の機能としては直接風の魔石が起こす風を利用するのと何ら変わらない。ただ一点を除けば。


「異議あり。この掃除機は一つの回転の力を使ってホコリの吸い込みとサイクロン機構の稼動を行うものです。風の魔石で直接ホコリを吸い込んでいたら、更にサイクロン機構用に別の魔石を用意しなくてはなりません」

「異議を認めます」

 裁判官はルキージアの異議を認めたが、旗色は芳しくなかった。


「確かに被告側の言い分も一理あるでしょう。しかしそれは逆に、風の魔石で直接ホコリを吸い込まない理由作りの為に追加したオマケ機能と言えます。違いますか?」

 モンバシアはニヤけた顔をフォーリィ達に向けた。

 確かにそう言われても仕方がなかった。

 実際、裁判官のみでなく多くの傍聴者がそう感じていた。


「被告側は反論ありますか?」

「はい」

 裁判官の問い掛けに、ルキージアは返事をして立ち上がる。


「被告が『魔動モーター』として独立した特許を取得したのは、それがアツリョクと言う全く新しい魔法理論を使った、画期的かつ飛躍的にパワフルな機器だからです」

 フォーリィは、風の魔石が密閉した空間にかなりの圧力になるまで空気を送り続けられる事を発見し、ドワーフ職人に相談しながら、空気圧で回転を生み出す装置を開発した。

 いわゆる蒸気機関の空気バージョンだ。


「これは、単に風の魔石を使うものと全く異なる原理であり、それにより高出力を生み出す事に成功しています」

「異議あり。被告達はあたかも新技術であるかのように言っていますが、風の魔石でホコリを吸い込んでいる事には変わりません」

「異議を認めます――」

「「えっ?」」

 裁判官の判断に、フォーリィだけでなくルキージアも驚いた。

 風の魔石なら魔道(ふいご)でも使われている。それを風の魔石を使っているから同じと言う原告側の主張が認められるとは思ってもいなかったのだ。


「何でしょうか?」

 不思議そうな顔を向ける裁判官に、ルキージアは異論を唱える。

「原告側は風の魔石を使っているからと繰り返し主張していますが、それでしたら(ふいご)も風の魔石を使用していますから、原告の掃除機がそもそも特許を侵害している事になります」


「異議あり。鞴と違って被告の魔道具は風の魔石をホコリを吸い込む目的で使用しています。(ふいご)と比べるのはこじつけと言わざるを得ません」

「異議を認めます」

「異議あり。特許番号八番は回転を生み出すだけの魔道具であり、ホコリを吸い込むための物ではありません」

「異議を認めます」

「異議あり。先程も言いましたが、被告は特許侵害を回避する目的で無理矢理特許を二つに分けています」

「異議を認めます」

「異議あり。原告の弁護人は最初から、特許が二つに別れているのは特許回避であるとの印象を植え付けようとしています」

「異議を認めます」


 二人の弁護人による白熱した論争に突入した裁判で、裁判官は付いて行くのがやっとだった。


「印象付け?それは心外ですね」

 モンバシアはニヤついた笑みを向けて来る。


「元から特許を分ける合理性はありませんよね?それとも、その『回転を生み出す魔道具』?とやらが何か他の目的でも使えるとでも言うのですか?違いますよね?これだから女は嫌ですね。合理性の欠片もなく感情だけで動くのですから」

 人を見下した気持ち悪い笑顔。

 この顔と言動には傍聴している女性達だけでなく、男性達も強い嫌悪感を抱いた。


「異議あり。原告の弁護人は私達の主張に合理性がないと決めつけています」

「異議を認めます。原告の弁護人は憶測に基づく言論は控えるように」

 裁判官に窘められるが、モンバシアは反省の色もなく続ける。

「では貴方達の主張に合理性があるとでも?あるのなら是非とも聞かせて頂きたいですね」


「ありますよ……あっ」

 モンバシアの質問に思わず答えてしまったフォーリィは、ルキージアを通していない事に気付き、慌てて口を押えた。


「フォーリィさん、また勝手に発言して」

 そしてまたルキージアに(たしな)められた。

「ゴメンなさい!ゴメンなさい!ゴメンなさい!」

「いや、そんなに激しく謝らなくてもいいですよ」

「ああっ!ゴメンなさい!ゴメンなさい!ゴメンなさい!」

「だから、謝りすぎです」


 二人のやり取りに、モンバシアは虫けらでも見るような目を向けているが、傍聴者達は爆笑していた。

 そして裁判官は、口を手で覆って必死に笑いを堪えていた。


「…………気が済みましたか?」

 暫くして傍聴席の方も静かになったころ、裁判官は優しく微笑みながらルキージアに確認をとった。

「あ、はい。失礼しました」

 答えたルキージアの顔は少しだけ赤かった。


「では裁判を再開します」

 顔を引締め、裁判官が再会を告げる。


「被告の弁護人は何か反論はありますか?」

「はい、先程原告の弁護人が『魔道モーター』を掃除機とは分けて特許申請した事の合理性を訪ねていましたが、それを説明させて頂きます」

 ルキージアはそう言って、特許番号八番等が書かれた板の前に移動する。


「あの、どなたか手伝って頂けないでしょうか?」

「…………」


「!」

 ルキージアは、自分の呼び掛けに傍聴者の誰も動こうとしない事に驚いた。


「ああっ!手伝います」

 一泊遅れてフォーリィが慌てて駆け寄った。

「十五番の板ですね。よ……っと。既に設置してある板に重ねればいいですか……ね……って、ああっ!」

 フォーリィはバランスを崩して激しくパネルにぶつけ、台ごと倒してしまった。

「あわわわわわわ。ゴメンなさい!ゴメンなさい!ゴメンなさい!」


「ああ、もう見てられないな嬢ちゃん」

 沢山の男達が見かねて駆け寄ってくる。


「次からは声を掛けてくれ。すぐ手伝いに来るから」

「皆、有難う♪」

「「「お……おう……」」」

 フォーリィの笑顔に思わず手を止めて見惚れる男達。そして――

「…………」

 そんな男達にジト目を送るルキージア。


(私が頼んだ時は誰も来てくれなかったのに。若さか?若い娘がいいのか?)

 容姿にはそこそこ自信があったルキージアは、顔には出さなかったが男達の態度に怒りを覚えていた。


 ようやくパネルの設置が終わり、ルキージアの説明が再開する。

「これが特許番号一五番です。この特許は、なんと洗濯機の特許なのです」


「「「…………」」」


 ルキージアの言葉に、法廷が静寂に包まれる。


 だが、それも想定通り。

 ルキージア自身も、最初にフォーリィからその言葉を聞いた時は理解が追い付かず、数秒間惚けていた。

「……えーと、つまり、タンクの中に水と、水で溶いた石鹸を入れて魔力を流せば洗濯してくれる魔道具です」

 これで理解してくれるはず。

 フォーリィがルキージアにした説明は複雑過ぎて分からなかった。だから、何度もフォーリィに質問してようやく理解した内容を簡単に纏めたのだ。


「「「おおおおぉぉぉぉぉぉ!」」」


 掃除機に続く新たな神器の発表に法廷が歓声で包まれた。

「何だそれは。スゲえ!」

「掃除の道具の次は洗濯の道具か?」

「何時発売されるの?」

「発売されたら絶対買うわ」


「静粛に!静粛に!」

 裁判官が木槌で板を叩くが、傍聴席は暫くは静まらなかった。


「コホン。では被告の弁護人は説明を続けて下さい」

 ようやく静かになり、裁判が続行されたのは五分後だった。


「では説明を続けさせて貰います」

 そう言って、ルキージアは棒を使って特許の要約が書かれた板の一箇所を指し示した。

「この道具も、この部分に回転力を生み出す器具を取り付けています。つまり、回転力は今後様々な道具に組み込まれて行く事になるのです。だから特許を分ける必要があったのです」

「ぐぬぬ……」

 モンバシアが悔しそうにルキージアを睨む。


 それでようやく流れがフォーリィ達側に変わった。


 モンバシアはこの仕事を受けた時、商業ギルドでフォーリィの特許を確認していた。

 最初はその特許の多さに驚いたが、よく確認すると掃除機とは全く関係なさそうなものばかりだったので、彼はそれ程気にしていなかった。

 しかし、それがこんな形で関わって来るとは思いもよらなかった。


 説明が終わって席に着くルキージアを睨みながらモンバシアは必死に思考を巡らせた。

 勝利の条件は分かっている。風の魔石で動いているブルドゥの掃除機と同じであると裁判官に認識させる事だ。

 その際、傍聴者の納得は必要ない。

 問題はどうやって風の魔石を使っている魔道モーターをワンセットとして裁判官に認識させるかだ。

 と、なると……

 ―― 仕掛けるか


「原告側は何か反論はありますか?」

「はい」

 裁判官の問い掛けに、モンバシアは起立する。


「その回転を生み出す魔道具は確かに画期的かも知れませんが、サイクロン掃除機と組み合わせれば、それは風の魔石を使った掃除機である事には変わりません。そんな事を許してしまったら、明日にでも(ふいご)と風の魔石を分離した物などが特許申請されてしまいます」

 モンバシアは演技掛かった言い方で身体全体を使って訴える。

「この裁判の結果次第では市場が大混乱に陥ります!裁判官はその責任が取れるのですか?」


「異議あり。原告弁護人の発言は弁護の範囲を著しく逸脱しています。これはもう脅迫です」

「異議を認めます」

 ルキージアは慌ててモンバシアを止めたが、すでに手遅れだった。


「原告の弁護人。裁判官に対する圧力ととれる発言は控えなさい」

「これは失礼しました。つい、弁護に熱が入りすぎてしまって」

 裁判官の注意に、モンバシアは悪気のないニヤついた顔で着席する。

 そして、隣のブルドゥは安堵した表情を浮かべていた。


(マズい、マズい、マズ過ぎる!)

 ルキージアは激しく狼狽した。

 これで敗訴がほぼ決定的となってしまったからだ。


 彼女はチラリと裁判官の顔を伺う。

 やはり、平然を装ってはいるが顔が若干強ばっていた。


 王国において三権分立などはない。

 王国の法律に基づいて公正に判決をしても、王国の防衛や経済に著しい損害を与えれば処刑もありうるのだ。

 だからこれで、裁判官はフォーリィに対して特許侵害と、無許可での掃除機販売を言い渡す事はほぼ確実となった。

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