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114 ハーフエルフっ娘、疫病と闘う ~ その3

『十八!』

『んゔぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!』

 一人の少年が張り付けにされ、鞭打たれる様子がテレビに中継されている。

 その少年は、打たれるたびに悲痛な声をあげているのが猿ぐつわ越しにもハッキリと聞こえてくる。

 彼は密かにネズミを飼い、エサを与えて増やしていた。ネズミ買い取り所で買ってもらうために。


 わずか一三歳の未成年相手に、テレビの前に人達はやり過ぎだと思った。だがフォーリィは、このような疫病を蔓延させるうる行為に関しては、とことん厳しく対処した。


 そして――


「お願いです!どうかそれだけはお許し下さい!」

「ダメよ」

 病院の庭で、今まさにトラックに運び込まれようとしている黒いスライム・シートに包まれた遺体にすがり付いて懇願しているのは、その遺体の妻だった。

 フォーリィは一日一回、こうして防護服を着て部下たちと共に遺体を病院から回収していた。郊外に新設された火葬場に運び出すために。


 この国や近隣諸国では火葬の文化は無かった。

 だから、疫病で亡くなった者を焼くとフォーリィが発表した時、彼女に考え直すよう説得するために、たくさんの人が領邸に押し寄せて来たし、今もこうして家族の者が激しく抵抗している。


 本来、領民が領主に逆らうのは重罪で、処刑されても文句は言えない。

 それなのに、こうやって領民たちは遺体を火葬するのを嫌がる。

 それは、この国の宗教が関わって来る。


「お待ちください、領主様!」

 フォーリィが声に振り向けば、そこには金糸の刺繍が施された白い衣装を身に着たガニューム司祭が、数名の牧師を引き連れてやって来ていた。


「ご遺体を焼くなど、『無二なる御方』への冒涜です。伯爵様は『無二なる御方』の意志に背くと仰られるのですか?」


 ホーズア王国の北西にサリデュート聖教国があり、コエリーオ王国以外の周辺諸国は全てサリデュート教を信仰している。

 そして、小さいころから普通に聖典の教えを聞いて育ってきた民衆は、それに背く事をとても恐れるし、神の意志に背こうとする者を迫害しようとする傾向が強い。

 フォーリィは一四歳より前の記憶が無いため、それらの刷り込みの影響は受けていないが、人々が信じているものを敢えて否定しようとは思っていない。


「ガニューム司祭。『無二なる御方』への冒涜って何のこと?集団葬儀のため、教会の代表者を火葬場に派遣して貰うように頼んでいたはずだけど」

「それが冒涜だと言ってるんです!」

 首を傾げる彼女に、司祭は目を吊り上げ、唾を飛ばして叫ぶ。


「ちょっと、マスクも付けないで叫ばないでちょうだい」

 フォーリィ達は防護服を付けているので感染のリスクは無い。だが、司祭の行為は感染リスクを抑えるためにマスク着用を義務付けている彼女の命令に背くものであり、それを看過する訳にはいかなかった。


「私達は『無二なる御方』に守られていますから悪しき精霊など近寄りません。そんな事より、ご遺体を焼くなど聖典の教えに反しています。直ちに中止して頂きたい」

 そう言い切る司祭に、彼女は内心大きなため息をつきながらも、平静を装う。

「聖典には遺体を焼いてはいけないなんて書かれていないけど」

「何を仰りますか!ドゴラの章でサリデュート様は『人々は死後、生前の姿のまま神の国に召される』と仰せではありませんか。ご遺体を焼いてしまうと、天の国に行くための身体が無くなってしまうのですよ」

「聖典には生前の姿と書いてあるでしょ?無くなった後に焼いても、生前の姿が変わるわけじゃないわ」


 実際、司祭の言葉通りに解釈している人は多い。いや、殆どの人がそう考えている。

 それは、サリデュート教が遺体を大切に扱って、盛大な葬儀を勧めて来ていたからだった。


「それは聖典の教えの曲解です!あなたは直ちにその考えを改めるべき……」

「トリミーナ山脈の章」

 司祭の言葉を遮り、彼女はそう言った。

 長々と講釈に付き合う気など無かったからだ。

「えっ?」

 だが、司祭は何を言われているのか理解出来なかったようだ。


「聖典の一二八ページ。ドゥリミーオが火あぶりの刑で命を落とした事を知ったサリデュート様は『彼は死してその体は灰となって地に帰り、その魂は天の国に召された』と言ってるわ。つまり、火葬したからと言って、彼らが『無二なる御方』の元に行けないなんて事はないはずよ」

 彼女は小さいころに聞かされた聖典の教えの記憶は無い、だが聖典の教えはこの世界で生きて行く上でとても重要な事なので、記憶喪失後に全て覚えなおしていた。

 前世で、ミッションごとに大量の資料に目を通して、全て暗記する必要があった彼女にとっては難しい事ではなかった。


「なっ?そ、それでも遺体を焼くと言う行為は聖典の教えに反しています」

「だったら、どこにそのような記述があるか、ハッキリと述べて欲しいわね。悪いけど時間がないの。このご遺体たちは連れて行くわ。葬儀はいつもの時間よ。遅れないでね」

 そう言ってトラックに乗り込むフォーリィ。

 そんな彼女に、司祭だけでなく遺族たちも憎しみのこもった目を向けていた。


「ただいまー」

 火葬も終わり、ラントゥーナ補佐官と共に疲れた顔でフォーリィは領邸に戻って来た。


 彼女は毎日、火葬に立ち会う事にしている。

 それは、遺体を火葬する決断を下した彼女の義務だと思っている。

 それに、領民たちの激しい反発を振り切って行われているため、彼らが激しく抵抗したり、暴れたりした場合に即座に命令を下し、鎮圧する必要があるからだった。


 そのため、毎日のように遺族たちの号泣や罵声を聞く事となる。


 そして葬儀の後、遺族たちを連行して二十日隔離(ヴィンティン)に送るさいにも暴れる者や逃げ出そうとする者が出てくる。

 領都だけでも一日の死者がすでに五〇〇人を超していて、葬儀への参列者は数千人にも達している。

 そんな中で、千人以上の遺族を連行するのだ。

 アサルトライフルもどきからスライム・ゴム弾を発射して鎮圧する事態になる事も珍しくなかった。


「お帰りなさい。伯爵様」

 心配した顔で出迎えたのは、領邸に居候しているアンジェラトゥ子爵だった。


 この時間、他の者達はまだ仕事で出かけている。

 一応客人扱いであるアンジェラトゥには仕事を任せられないうえ、外出すると感染する恐れや彼女に恨みを持った暴徒に襲われるリスクもあるため、悪いとは思いながらも彼とその護衛騎士は領邸から一歩も出ずに過ごしてもらっていた。


「アンジェラトゥ。そこに立って、両手を広げてくれない?」

「えっ?」

 意図が分からず首を傾げながらも、言われた通りに彼女の前に立ち、両手を広げた。


 すると、彼女はアンジェラトゥに歩み寄り、額を彼の胸に押し付けた。


「えっ?ええっ!?」

 ほのかに香る石鹸の良い匂い……と言いたいところだが、彼女からは消毒用アルコールの匂いがする。

 だが、それとは別に、彼女の体臭だろうか、微かに良い香りが混じっていた。


 アンジェラトゥの鼓動が早まり、頭が真っ白になる。

 そして、無意識に彼はフォーリィの背中に手を……

「がふっ!」

 ……回そうとしたところで、みぞおちに彼女の拳がめり込んだため、その場で膝を付いた。

 何か最近、同じような事があったなと思いながら。


「な……何で?」

 痛みに耐えながら、彼はやっとの事で声を絞り出す。

「何でって……あなたが言ったんじゃない。私の心が折れそうなら支えるって。お陰で元気が出たわ」

 そう言って、嬉しそうに笑う彼女に、アンジェラトゥは涙目で答える。

「確かに言いましたけど……なんか思ってたのと違う……」



      ◆      ◆


『酒場および風俗店の営業を禁止します』

 9の月(ノヴェンバー)に入ってすぐ、フォーリィはテレビでそう告げた。

 と言うのも、先月の後半から、そう言った店に立ち寄った人たちの感染者が急激に増えたためだった。


 それと同時に、彼らの生活保障も行った。

 そうしないと、隠れて営業する店が続出するからだ。


 そのお金は、彼女のカンパニーから毎月多額の借金をしてまかなっていた。


 こうした努力もあって、10の月(ディセンバー)には領都やセントラル・シティでは感染者が激減した。

 だが、彼女の目が届かない地方の街では、感染者が増え続ていた。

 そのため、現在の領都のようすや医療現場などをテレビ中継し、さらに医師による簡単な感染対策の話などをテレビを通じて伝えるように心掛けた。


 そして、状態が落ち着いて来た領都などはヴェージェ達に任せ、地方の街に兵を引き連れて乗り込み、火葬の徹底と感染対策の厳守を領民達に強く求め、一つずつ街の改善に取り組んで行くしかなかった。


 そうこうしている内に11の月(ウンディセンバー)となり、収穫ラッシュに入る。

 通年なら収穫が終わると収穫祭が各地で催されるのだが、今年は禁止する事とした。

 但し、12の月(デュオディセンバー)から13の月(トリディセンバー)に掛けた結婚シーズンに関しては禁止するのは可哀そうなので、密集しないように心掛けるように注意すれば開催しても良しとした。


      ◆      ◆


「領都でもまた感染者が増えて増えて来たわね」

 フォーリィが夕食の時にポツリとそう言った。


 確かに、12の月(デュオディセンバー)に入ってから感染者が急激に増えて来ていた。


「おかしいわね。酒場などは厳しく見張っていて、今のところ違反者は見つかっていないわ」

 ヴェージェは各部署から上がって来た報告書の内容を思い浮かべながらそう言った。


「収穫祭が催された所もないはずだ」

 フォーリィ父、スタニェイロも、信頼のおける部下たちからの報告で違反者が出ていない事を確認していた。


「感染者の足取りを洗い直さないといけないわね」

 フォーリィは深いため息をついた。



 その頃、領都の神殿では……

「マスクなどは、『無二なる御方』を信じていない背信者が着ける物です。皆さん、我々は『無二なる御方』に守られています。一切の曇りのない信仰を貫いてください。そうれば、『無二なる御方』のご加護で悪しき精霊など寄せ付けません」

 たくさんの人々が集まり、マスクを外して司祭の言葉に聞き入っていた。


 そしてその後、全員が祈りを捧げ、賛美歌を歌って神を称えた。


 そのよう光景は領都だけではなかった。

 司祭の呼びかけで、カデン領内の全ての教会で同じような状態になっていた。


 日々、テレビに流れる疫病の報道が人々の恐怖を仰ぎ、かえって神にすがろうとする人を増やす結果となっていた。

 これまでのフォーリィの言動を背信行為と思っている教会側は、そんな人々の気持ちを利用する形で信者を集め、フォーリィがいかに聖典の教えに反しているかを語り続けていた。

 結果、手洗いをしない者が増え続け、兵達の目の届かない所ではマスクを着けない者も出始めた。

いよいよ教会との衝突が深刻化してきました。

次回、両者の激しいぶつかり合いとなります。

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[一言] 回復魔法・解毒魔法とか無いんか~
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