110 ハーフエルフっ娘と国の文化レベル爆上げ計画2
前回に引き続き、コンピューターシステム開発の話です。
「すごいわ。みんな頑張ったわね♪」
フォーリィからのご褒美を貰って嬉しそうなカンパニーのドワーフたち。
彼らの顔は、やつれてはいるが「この瞬間のために頑張った」と物語っていた。
ここは電算機器カンパニー。
ハードディスクの解禁を告げた翌日、急遽新しいカンパニーを立ち上げ、テレビ事業カンパニーの建物の一角でハードディスクやプリンターなどの開発が進められていた。
なお、現在建設中の新建屋が完成すれば、彼らはそちらに移転する事になっている。
そして今日は、彼らがテレビ事業カンパニーから独立して初めての新商品のお披露目だった。
このプリンターは、フォーリィの発案で、タイプライターで使われている活字を流用している。
それを、電磁石ならぬ魔磁石を使い、紙の上のインクリボンを叩いて印刷する仕組みだ。
「銀行向けは、これで十分ね。後は特許庁向けだけど……難しいわね。どうやって図形を印刷しようか……」
フォーリィはプリンターから取り出した紙の上にトントンと万年筆を押し当てながら、どうしようかと考える。
「お嬢ちゃん!それだ!!」
突然、カンパニーの代表が大きな声を出し、彼女の手元を指さす。
「えっ?何?」
フォーリィは彼が何を言っているのか分からず、紙や万年筆に視点をさまよわせる。
「その文字だ。複数の点を使って文字を表せられる」
それは、彼女が無意識に紙に書いたドット文字だった。
彼女はインクジェットプリンターをどうにか再現できないかと考えながら、万年筆でぽちぽちと点を打って文字を表現していた。
「針金のような細いハンマーを縦に数本並べるんだ。そしてその細いハンマーをインクリボンに打ち付けていけば、文字も図形も印刷できるんじゃないか?」
それは、地球でパソコンの時代が始まった頃に主流だったドットプリンターと言われる物と同じ原理だった。
「うん。それ、イケそうね。どうするの?こちらのプリンターと同じように魔磁石を使う?」
フォーリィの問いかけに、皆が真剣な顔で考え出す。
「いっそのこと、ハンマーの反対側に磁石を付けて、魔磁石との反発力で……」
「いや、細いハンマーだとそれほどの反発力は……」
プリンターが完成したばかりの彼らだったが、まだ暫らくは夜遅くまで仕事する日々が続きそうだった。
◆ ◆
「い、今、何と言いました!?」
翌週。王都でフォーリィは数学者たちに集まってもらっていた。
「つまり、今後は電気のトランジスターの提供は停止して、新しく開発した魔力トランジスターだけの出荷になるって事よ」
数学者たちの間に動揺が走った。
それは、大きな方向転換だった。
今まで彼らは、これまでと全く異なり、魔道具ではなく魔力を使わない電子機器と言う部品の存在に触れ、それに強く惹かれて日々新しい回路の開発に費やして来ていた。
それがいきなり、電気を使う部品の取り扱いを止めると言い出したのだ。
「とは言え、デジタルのロジックが変わるわけじゃないわ。今まで電気で行って来たことが魔力に置き変わるだけよ。今まで皆が使っていた部品や電圧計なども、魔力トランジスターや魔力計と無償交換するから安心して」
「いや、安心してって言われましても、私達は研究所で既に数千個のトランジスターを使って回路を組んでいるんです。いきなり交換と言われても困ります」
すでに彼らは、八ビットCPUの強化版を筆頭に、さまざまな回路の開発に着手していた。
「現在組んでいる最中の回路をバラせとは言わないわ。でもこれから着手する回路は魔力トランジスターを使って欲しいの」
彼女も鬼ではない。
既に組みあがっている物を解体して、魔力トランジスターを使って再び再現しろと言うつもりはなかったし、その開発が終わるまでは、他の研究者から回収した電子トランジスターを渡しても良いと思っている。
「伯爵様。なぜそこまで魔力トランジスターにこだわるのですか?先ほどの説明では、魔力トランジスターは電子トランジスターの二倍ほどの大きさになるとか。だったら別に無理してまで魔力トランジスターに変えなくても良いと思うのですが」
数学者オイティーの意見はもっともだった。
部品が大きくなるし、部品の総入れ替えなどで彼らは煩わしい思いを強いられる。
メリットなど無いように思われた。
だがフォーリィは、ニッと不敵な笑みを浮かべる。
「魔力トランジスターの反応速度が電子トランジスターの一〇倍以上だからよ」
「「「「一〇倍ぃぃぃぃぃ!?」」」」
彼らは一斉に目を見開いた。
そしてフォーリィは、そんな彼らの気持ちが良くわかっていた。
なぜなら、彼女自身が同じように驚いたからだ。最初にカンパニーから話を聞かされた時。
「分かりました。それだけ早いのでしたら、私達も積極的に魔力トランジスターを使って行く事にします」
反応速度。それは回路を組む者にとって、とても大事な要素の一つだった。
電気と言う新しい要素から離れるのは少し名残惜しいが、それでも従来一〇倍の速度となると、もっと複雑な回路でも、許容できる速度で動かせると言う事になる。
電気を取るか回路を取るか。彼らの心は少し揺れ動いた。
だが、彼ら数学者同士の交流で、回路設計が日々進化し続けているのは肌で感じていた。だからもっと複雑で芸術的な回路を組みたいと言う欲求が上回ったのだった。
「先月発表されたメモリー制御回路と、新型テレビへの出力回路、そしてハードディスク制御回路もすでに集積化が完了して、それぞれ一つのパーツにまとまっているわ。必要な人は、いつも通りカデン窓口から発注してちょうだい」
こうして、コンピューターシステムの開発がますます加速していった。
「ところで、そろそろプログラムの開発をしてくれる人たちが欲しいのだけど、誰かそちらの方面に興味のある人いる?」
一通り部品の説明が終わると、フォーリィは突然そんな事を言い出した。
「ぷろぐらむ……とは?」
初めて聞く言葉に、オイティーが首を傾げる。
それを見て、フォーリィは説明をすっ飛ばしていた事に気付く。
「ああ、そうね。説明していなかったわね。まずは、これを見て」
そう言って彼女は慌てて、持ち込んでいたパソコンのスイッチを入れる。
ちなみにこのパソコンは、先日ラントゥーナがブロック崩しを遊んでいた物だ。
「「「「おおっ……」」」」
画面に次々と表示される文字に、その場にいた数学者たちが驚きの声を上げる。
「さらにドン」
OSの起動後、フォーリィはコマンドを叩いてプログラムを起動させる。
もちろん、先日ラントゥーナが遊んだブロック崩しではない。
「こ、これは……」
数学者の一人がそう言葉を漏らす。
そこに映し出されているのは、地球で表計算ソフトと呼ばれている事務ソフト……っぽい画面で、実際のところは予め設定していた画面が表示されるだけのプログラムだった。
「今、文字などを表示させているのがプログラムよ。そしてこれらのプログラムは大きく三つに分類されるわ」
そう言って右手の指を三本立てる。
「一つ目はシステムの基本的な制御を行うバイオス、二つ目は基本的なコマンドを実行するオーエス、そして最後は各機能に特化したアプリケーションソフトよ。これらのプログラムを開発するスタッフが必要なの」
つまりフォーリィは、ソフト関連も全て彼らに丸投げしようと言う事だった。
「開発してみたいと思った人には、この魔道具……パソコンって言うらしいけど、それの無償貸し出しと、開発のための手引書を渡すから、こちらも王都のカデン製品窓口から手続きしてちょうだい」
皆の目がキラキラ輝いていた。
それを見て、フォーリィは心の中でガッツポーズをする。
こうして彼女は、ハードウェアの開発と同時にソフトウェアの開発も彼らに押し付ける事に成功した。
そうなると次は、彼らの開発を後押しするために、集積回路の更なる微細加工化が必要だった。
フォーリィはその日の内にカデン製品工場地帯に向かった。
数年前までは、その日の内に領地をまたいで、あちこちに移動するなんて不可能だったが、列車が開通したお陰で彼女だけでなく領民や都民の移動も活発化していった。
「どう?開発状況は」
フォーリィが訪れたのは、スライム研究カンパニー。
プラスチック製品をどうにかスライムで再現できないかと彼女が立ち上げたカンパニーだ。
「一応できたんですが……どうも強度が低くて」
代表のペリドムートが申し訳なさそうな顔をする。
渡されたのは防護服っぽい物。
彼女は集積回路の更なる微細化を実現するため、クリーンルームの設置を計画していた。
そのためには、ホコリを出さない服の開発が必須だった。
この特殊作業服のほか、彼女は別のカンパニーにホコリを取り除くためのフィルターの開発も依頼している。
「この短期間でここまでできれば上等よ。頑張ったわね」
そう言ってニッコリと微笑むフォーリィ。
その笑顔に、ペリドムートの心はかなり軽くなった。
「では、引き続き強度を高める研究をお願いね」
「おう、任せとけ。お嬢ちゃん」
元気いっぱいに引き受けるペリドムートを見て、ここは安心して任せられると確信するフォーリィだった。
今回は短くなりましたが、これで顕微鏡や防護服などが出そろいました。
次回は褒章式です。
そしてその後、ホーズア王国に大きな動きがあります。お楽しみに。




