10 ハーフエルフっ娘と世界初の特許裁判2
「「「「「あいこでしょ、しょ、しょ……」」」」」
一回目の裁判から五日後に二回目の裁判が行われた。
最初の裁判の事を聞き付けた人達も加わり、裁判所前には前回の二倍近くの人で溢れかえっていて、既に屋台が立ち並んでいた。
「凄い事になってるわね」
前回は休みが取れなかったヴェージェも、今回は傍聴する事となった。
「皆暇だねぇ」
傍聴席を巡ってジャンケン大会を繰り広げている人達を見て、フォーリィは半ば呆れていた。
ちなみに、ヴェージェは家族なのでジャンケンに加わる必要はない。
「そんな事ないわよ」
ヴェージェがフォーリィの前に立ち、ニッコリと微笑んだ。
「貴方は販売現場ばかりに足を運んでいたから実感は無いかも知れないけど、もうすでに街のあちこちで掃除機は使われているわ。貴方はこの街を大きく変えたのよ」
そして半歩横にズレて、片手を集まった人々へと向けた。
「その結果がこれよ。今は誰もがこの裁判の結果を見守っているわ。そしてこれからも貴方は沢山の人々を巻き込んで世界を変えていくわ。だから頑張って。この裁判に絶対勝つのよ」
「うん、分かった。私頑張るね」
姉に励まされ気合いを充填し、フォーリィは裁判所の扉をくぐった。
◆ ◆
「静粛に、静粛に」
前回と同様に開始が大幅に遅れ、裁判官が木槌で机の上の板を叩いて皆を静かにさせる。
法廷では前回と同じく被告側にフォーリィとルキージア、原告側にブルドゥとブルドゥの弁護人が座っていた。
いや、正確には前回と同じではなかった。
(あれ?ブルドゥさんの弁護人が変わってる。特許紛争は複雑過ぎて付いていけないから降りたのかな?)
明らかに若い弁護人になっていた。
少し小太りで脂ぎった顔をした猿人だ。
「モンバシアさん、今日は宜しくお願いします」
ブルドゥが隣の弁護人に頭を下げていた。
モンバシアは前回の裁判の話を聞き、これは儲けになると確信すると、その日のうちにブルドゥに会って半ば強引に弁護人なったのだ。
だが、ブルドゥもモンバシアの事を知らなかったわけではない。
いや、商売をしていて彼の事のを知らない者はまずいないと言っていいほど、その悪名は知れ渡っていた。
巧みな交渉や駆け引きで、自分の関わった裁判は強引にでも勝訴に持ち込む。
敵に回すと大変怖い存在だが、逆に味方につけるととても頼もしかった。ただ、モンバシアに勝たせてもらった依頼人は一人残らず後味の悪い思いを強いられる事となったが。
今回もモンバシアは準備万端で裁判に臨んでいるようで、彼の前には羊皮紙の束が置かれていた。
公的筆写師にフォーリィの特許を筆写させたのだろう。
今回はブルドゥ側も特許で争う気満々のようだ。
対してフォーリィの横には木材や板などが積み上げられていた。
「えー、では只今から裁判を始めます」
前回と同じく、裁判官の開始の合図とフォーリィ達の宣誓をもって、裁判が開始された。
「では、原告の弁護人。訴訟内容とその説明をお願いします」
「はい」
モンバシアは立ち上がると、用意してあった木簡を読み上げた。
「……以上が訴状の内容となります。続けて、前回宿題となっていた詳細の説明に入らせて頂きます」
そこでモンバシアは羊皮紙を数枚取り上げた。
「被告は原告の特許を二つに分けて、特許番号七番と八番として申請すると言う極め稚拙な撹乱行為を行っています。これをご覧下さい」
そう言うと、彼はは裁判官の元まで行き羊皮紙を渡した。
裁判官が羊皮紙に目を通している間も、モンバシアの弁論は続く。
「この事から、被告は最初から特許侵害をするつもりだったのは明白です。被告の目的はあくまでも判決を遅らせて、その間に模倣品を売り切る事です」
「異議あり!」
ブルドゥの弁護人の言葉に、ルキージアが異議を唱える。
「原告の弁護人は被告に対する悪い印象を植え付けようと、憶測に基づく言葉を並べています」
「異議を認めます。原告の弁護人は根拠に基づいた説明をして下さい」
裁判官に注意されるが、モンバシアは想定済みと言った顔で更に弁論を続ける。
「まあ、模倣品を売り切る目的であった事は追い追いハッキリするでしょう」
それより、とブルドゥの弁護人は裁判官に顔を近付ける。
「特許番号八番をご覧下さい。そこにはハッキリと風の魔石を使うと明記してあります。それこそが被告の掃除機が模倣品である明らかな証拠です」
「異議あり!」
背筋を伸ばし、右手の人差し指をモンバシアに向けて、フォーリィは大きな声で叫んだ。
やっとお約束のセリフを言えた嬉しさに自分の世界に浸っている彼女は、周りからの奇異の目に気づいていなかった。
そして――
「……こほん。被告は原告に向かって威圧的な態度を取らないように」
「フォーリィさん!勝手に発言されては困ります」
「ゴメンなさい!ゴメンなさい!ゴメンなさい !」
裁判官とルキージアに窘められ、フォーリィは真っ赤になってペコペコと謝った。
「被告の弁護人。反論はありますか?」
裁判官はルキージアに確認する。しかし、別にフォーリィを無視している訳ではない。被告自ら発言するにしても、弁護人が判断する事だからだ。
「はい。それについての反論は被告が自ら行わせて頂きます。フォーリィさん、お願いします」
「はい!」
名誉挽回とばかりに元気よく返事をすると、持ち込んでいた木材を組み始める。
「傍聴に来られた人達にも見えるように、今、私の特許を写した板を……立て……立てます……あれ?何でこの角材ハマらないの?えっとぉ……あのぉ、ルキージアさん。ここ分かります?」
「フォーリィさんが急遽持ち込んだ物を私が分かるはずないじゃないですか!」
そう言いながらも、ルキージアはフォーリィの所に行って一緒に試行錯誤し始めた。
そんな様子を見ていた傍聴者の何人かが見かねて助けに入る。
「嬢ちゃん不器用だな。どれ、貸してみな」
そして素早く台が組まれて、板が設置された。
「みんな、有難う♪」
フォーリィはとても嬉しそうに、手伝ってくれた人達に笑顔を向けた。
「「「お、おう……」」」
その眩しい笑顔に、手伝った人達は何も考えられなくなった。
―― 天使の笑顔
その笑顔は、後に傍聴者達からそう言われるようになる。
「お待たせしました。では説明させて頂きます」
そう言ってフォーリィは細い棒を手にした。
「この板に書かれているのは、左が特許番号七番、右が八番を纏めたものです」
そこには、図面と簡単な言葉で書かれた説明が載っていた。
特許申請書では類似特許の申請を阻止するため、細かい説明が必要であるが、裁判の場では要点だけを纏めた方がかえって伝わりやすい。
「ご覧のとおり、特許番号七番では回転の力でファンを……絵のこの部分にある三枚の板を回す事によりホコリなどを吸い込んでいます。つまり、この特許では回転を生み出す力があれば魔石でなくてもいいんです。それこそ手動でもホコリを吸ってくれます」
「異議あり!」
今度はモンバシアが異議を唱えた。
「風の魔石を使わない掃除機など存在しません。つまり、被告が言っている事は何の根拠もない机上の空論です」
「異議を認めます。被告はその理論を証明して下さい」
(あー、ファンが回ってホコリを吸い込むって、こんなに理解させるのが困難なのか)
裁判官達の反応から、フォーリィは自分の説明が理解されていないと感じた。
この裁判における最大のネックは理論を理解されない事だった。
いくら理路整然と説明しても、相手がその理論を理解出来なければ、結局は「風の魔石を使っているから」で片付けられてしまう。
しかし、全く理解されないのは想定外だったが、一応対策は考えて来ていた。
「実は現物を用意しています」
そう言ってフォーリィは木材などと一緒に脇に置かれていたある物を手に取って高く掲げた。
「チャチャチャチャッチャチャー♪魔石を使わない掃除機の試作品~♪」
それは筒の付いたビールジョッキだった。
しかし、最初に宿屋で使っていた掃除機と違い、それにはハンドルが備え付けられていた。
「これは魔石を一切使わず、ハンドルを回す力だけでホコリを吸い込む器具です」
「「「おおおおおぉぉぉぉぉ~!」」」
「このハンドルを回すと、あら不思議……っと、これじゃあ分かりませんよね。でも大丈夫。ちゃんとおが屑を用意しています」
フォーリィは持って来ていた巾着袋を開いて、中のおが屑を床に撒いた。
「はい、では皆さん床のおが屑にご注目下さい。この手動掃除機の吸い込み口をおが屑に向けて、ハンドルを回すと――」
フォーリィがハンドルを回すと、おが屑が見る見ると掃除機に吸い込まれて行く。
「この様に魔石を使わなくても吸い込むことが出来ます」
「おおっ!何だそれ!」
「なにそれ?信じられない」
「本当に魔石を使ってないのか?」
傍聴者達は驚きの声を上げた。
フォーリィが嘘をついているとは思っていないが、目の前で起こった事が彼らの常識からかけ離れ過ぎて、それを受け入れるのに時間が掛かっているのだ。
何しろ、彼らが初めて見る魔石を使わない機械だからだ。
「はい。魔石はいっさい使っていません。裁判官――」
フォーリィは視線を裁判官に移す。
「それを証明する為にこの試作機の中身を見せたいのですが、宜しいでしょうか」
「許可します」
許可を貰った彼女は裁判官の元へ赴き、パキパキと試作機の留め金を外していく。
「はい、これが試作機の中身ですが、ご覧の……ああっ!」
機械部分を取り出したフォーリィ。当然、そこには有るべき物が入っていた。
そう、先程吸い込んだおが屑が。
そしておが屑が盛大に裁判官の机の上に撒かれてしまった。
「ゴメンなさい!ゴメンなさい!ゴメンなさい!」
顔を真っ赤にしてペコペコと謝るフォーリィ。
「今、掃除機で吸い取りますから」
再び機械部分をビールジョッキに入れようとする彼女を裁判官が制した。
「それは中身を確認してからでいいでしょう」
どうせ今おが屑を吸い込んでも、中身を見せる時にまた中身を撒いてしまうだろうと判断した裁判官だった。
「あ……はい。え、え、えーと、ここ、ここをご覧下さい」
しどろもどろになりながらも、掃除機に使われている歯車をを指さした。
「ご覧の通り、ハンドルの回転を直接ファンに伝えているだけです。魔石の力は使っていません」
「ふむ……」
裁判官は食い入るように掃除機の機械部分を見ると――
「ちょっと動かしてもらえますか?」
そのようにフォーリィに頼んだ。
「あ、はい」
フォーリィがハンドルを回すと、ファンが回転し始める。
裁判官はファンの両側に交互に手をかざして確かめる。
「うむ、確かに魔力を使わずに風を起こしていますね」
裁判官がそう言うと、傍聴席から歓声が沸き起こった。
「静粛に、静粛に」
裁判官が木槌で机の上の板を叩いて皆を鎮める。
「では、被告は説明を続けて下さい」
ようやく静かになり、裁判官は裁判を再開した。
「今説明したとおり、特許番号七番は回転する力を使って風を起こしてホコリを吸い込む技術です」
フォーリィは、今度は板の右側の図面を棒で指し示す。
「そしてこちらの特許番号八番は、ご覧のとおり複数の風の魔石を使って回転力を生み出す技術です。どちらの技術も、風の魔石によって作られた風でホコリを吸うものではありません」
「異議あり!」
モンバシアが異議を唱えた。
「被告の掃除機は風の魔石で回転力を生み出して――」
シュゥゥゥゥゥゥゥ
「その回転を使って風を起こしています。これは、――」
シュゥゥゥゥ
「あの……」
フォーリィがハンドル式掃除機を使って裁判官の机の上を掃除していた。
「ああ、ゴメンなさい!ゴメンなさい!ゴメンなさい!」
自分の説明が終わったので席に戻ろうとした彼女は、裁判官の机の上におが屑を放置したままなのを思い出して、急いで掃除をしに行ったのだ。
「コホン。つまりこれは、風の魔石で直接風を起こしてホコリを吸い込むと特許侵害になるため、あえて間に別の物を挟んでいるに過ぎません」
ブルドゥの弁護人は勝ったと言わんばかりに鼻息荒くまくしたてた。
「変なハンドルを付けて皆を騙そうとしていますが、そんな物は実用性も何もなく、結局ホコリを吸うには風の魔石を使わざるを得ないのです。したがって、これは明らかに特許侵害なのです!」
モンバシアの指摘は痛いところをついていた。
地球であれば風を生み出して回転力にするモーターシステムは技術として評価されるところだが、この世界ではその技術の革新さ、未来性などに気づく人がいない。
だから裁判官や傍聴人からは彼の言うことが正しいと思ってしまうのだ。
風を別の力に変えて、再び風の力に戻しているだけだと。
これで裁判の流れが一気にブルドゥ側に傾いたのだった。




