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105 ハーフエルフっ娘、子爵に領地を案内する ~ その2

 あんぐりと口を開けているアンジェラトゥ子爵達の前に広がっているのは、遠くまで続くレンガ造りの建物。

 それだけなら倉庫が並んでいると言えなくもない。それらの建物に色々なパイプが繋がれていて、あちこちから煙や蒸気が上がっていれば。

 色々な機械の稼働音がそこかしこから聞こえてこなければ。

 さらに建物からひっきりなしにトラックやフォークリフトなどが出入りしていなければ。


 その光景から、転生者であるアンジェラトゥはこのエリアの建物は全て工場であると理解した。

 そして彼の護衛騎士達は、目の前のそれが、今までこの世界に存在しなかった工場だと理解する事はできなかったが、ここが異界と化していることだけは分かった。


「ここはカデン製品の生産拠点よ」

 時間が止まった用に動かない彼らにフォーリィがそう説明する。

 その間も、領主専用車両と二台の貨物車両が切り離され、代わりに工業エリアから出荷する荷物を積んだ貨物列車が列車に連結される。

 そしてフォーリィ達を残し、列車はセントラル・シティに向けて動き出した。


「さあ、みんな降りて。工業エリアを案内してあげるわ」

 そう言うと、フォーリィは未だ思考が追い付いていないアンジェラトゥ達を促して列車を降りる。


 貨物列車の荷物を降ろしていた作業員たちは、作業の手を休めて、嬉しそうにフォーリィと挨拶を交わしていく。

「みなさぁん、お疲れさまぁ!お仕事頑張ってねぇ!」

 そんな彼らに、フォーリィは笑顔で手を振った。


「工業エリアは広いから、車で移動するのよ。あ、この五番の車を使わせてもらうわね」

 そして近くにいた作業監督らしき人にそう声を掛けると、フォーリィ達はマイクロバスに乗り込んだ。


 ビィィ、ビィィと警告音を出しながらフォーリィ達が乗ったマイクロバスがゆっくりと進んで行く。

 警告音と言っても異常事態でも何でもなく、魔道モーター駆動の静音性の高い車は歩行中の作業員達に気付かれにくいため、このエリア内専用車は全て警告音が鳴るようになっていた。

 さらに、最高速度はせいぜい、地球感覚で時速三〇キロほどしか出せないように設定してあった。

 交通事故を極力減らすためだ。


 広大な敷地。そして似たようなレンガ造りの工場。これだけだと道に迷いそうだが、それを助けるために交差点ごとに区画番号と矢印案内が立っていた。

 そして石畳の路面には簡単な案内と矢印が描かれていた。


「伯爵様……カデン製品の生産ってこんな大規模に行われていたんですか?」

 アンジェラトゥが驚くのも無理はない。

 王都にも職人エリアはあるが、それは数十件の工房が並んでいる程度のものだった。

 それがここでは、一つ一つの工場がかなりの量の製品を生産しているであろう事は容易に想像できる。

 まあ、それはフォーリィがテレビを通じて製品のアピールをしているからであり、列車を使った大量の物流を確保しているからだった。


「まあ……その……元々、とある開発のために人里離れたこのエリアに倉庫兼開発施設を建設していたんだけど……」

 歯切れの悪い返事をするフォーリィ。

「テレビがね……予想以上の売り上げでね……職人さん達の顔が日に日に土気色になって行って……」

 彼女の額に汗が浮かんでくる。

「それで急遽、彼らを休ませて、ここに量産のための製造ラインを作ったのが始まりなの……あは……あははは……」

 苦笑を浮かべる彼女に、ラントゥーナ補佐官は当時を振り返り、内心やれやれと言った気持だった。

 と言うのも、彼らを休ませて今は量産のための機材導入するために近くの空き倉庫などを探しているフォーリィから聞いた彼女は、それだけでは不十分だから街外れに建設された施設に工房を移し、大量の増員をするように勧めたのだった。


「まあ、お陰でテレビで使われている部品の製造ラインなども全てこちらに集める事ができて生産効率が飛躍的に上がったわ。怪我の功名ね……あはは……」

 彼女の説明を聞き、アンジェラトゥはぞっとする。職人達の顔が土気色になるって、いったいどれだけブラックだったのかと。


 程なくしてマイクロバスは一つの工場の中に入る。

「よう、お嬢ちゃん」

 彼女達を出迎えたのは、事前に魔道音伝器(ケータイ)で連絡を受けていたテレビ事業カンパニーの代表、アラゴムートだ。

 彼を含め、この工場で働いている人たちは全員、いかにも作業服と言う感じの同じ服を着ていた。


「突然でゴメンね。こちらはアンジェラトゥ子爵よ」

 その言葉に、アラゴムート達は右の拳を心臓の上に置き、腰を折って頭を下げる。


 フォーリィに対しては、彼女の希望もあり、わりとフレンドリーに接しているが他領の貴族相手ではさすがに礼儀はわきまえている。


「開発中の新商品のデモンストレーションの準備はできてる?」

 フォーリィの問いに、アラゴムートは顔を上げてニッと笑みを浮かべる。

「もちろん。ささっ、こちらに」

 そう言って、彼と二人の作業員は近くの扉を開いて先に進んで行く。

 その後をフォーリィと護衛兵が続き、その後ろをアンジェラトゥ達が辺りをキョロキョロ見回しながら進んで行く。

 ラントゥーナ達は、そんな彼らをそれとなく監視しながらその後ろを歩く。


「さあ、こちらだ」

 連れてこられたのは白い壁に囲まれた部屋。

 手前にテレビカメラらしい機材と簡易的な照明器具、そして反対側の壁に大型テレビらしき物。

 あとは、急遽運び込まれたと思われるパイプ椅子が人数分置かれているだけで、他には何もなかった。

 どうやらデモンストレーションやミーティングで使われている多目的ルームのようだ。


「さあ、みんな座って。悪いけどここは工場だからお貴族様用の豪華なソファとかは無いからね」

「いや、それは良いんですけど、これってパイプ椅子ですよね。何でこんな物があるんですか?」

 そう、アンジェラトゥの常識では、パイプ椅子は前世の世界の物で、この世界には存在しないはずだった。

「何でって、今日みたいに急遽来客があった時のためよ。普段は邪魔になるから折り畳んでしまえるように、出店でも使われている折り畳み椅子を用意したの」

「パイプ椅子が出店で使われているんですか!?」

 あまりの衝撃に、驚いた声を上げるアンジェラトゥ。

 無理もない。彼を含め、貴族や側近たちは出店が立ち並ぶ場所に立ち入らないのだから。

 そのため、出店で使われている木製の小さな折り畳み椅子は、パイプ椅子とは形状も仕組みもだいぶ違っている事に気付く者もいなかった。

「まあ、ここでは鉄を自由に加工する技術が確立されているから鉄パイプで作ってるけどね」


 そしてアンジェラトゥ達不思議な気持ちでパイプ椅子に座るのを待って、フォーリィが合図を出すと、同行していた作業員達がテキパキと機材を起動していく。

 やがて正面のテレビが白く光る。


 そしてフォーリィが立ち上がり、テレビカメラの前に移動する。


「「「!!」」」

 アンジェラトゥ達は驚きのあまり言葉も出なかった。

 今、目の前に映し出されている彼女の顔は、まつ毛まで確認できるほど高精細だった。


「これが今、開発の最終段階に入っている高画質テレビよ。このテレビの発光素子数は今までの四倍。横が二千、縦が一千個なの」

 製造機械の導入で、ある程度自動化が進んでいるとはいえ、現在のテレビは光の魔石を並べて固定しているので、高精細化は無理だった。

 だが、光の魔石を他の鉱物と一緒に溶かす事により光の魔石と同じように発光する事が分かると、高精細化への技術が一気に進んだ。

 フォーリィの提案により、他のカンパニーも巻き込んで現像技術を確立させ、現代地球のテレビパネル生産に近い形でガラス面に発光素子を付着させ、微細加工が可能となった。

 と言っても彼女は、「こんな事いいな。出来たらいいな」とドワーフ職人達にお願い(むちゃぶり)しただけだった。

 でもそこは、あらゆる鉱物に愛されているドワーフ達。加工によりどのように状態が変化するかを感知する力があるため、トライ・アンド・エラーの開発でも、彼女の考えた結果にたどり着くのは地球よりも飛躍的に早かった。


 その技術を使い、すでに軍事用では小型で横一千、縦五百ドットの監視カメラが導入されている。

 今回、その新しいパネル生産の製造ラインが完成した事により、やっと量産化の目途が立ったのだった。


「まあ、最初のテレビが発売されて一年しか経っていないので、買い替えを迫るのは酷だから、希望者には差額だけで販売するつもりだけど」

 苦笑するフォーリィ。

「あと、少なくとも今後十年はテレビ規格の変更はないって宣言するつもりよ」

 そうしないと、毎年テレビが進化し続けるのではないかと、買う方も気が気ではなくなる。

 それは購入をためらう人を増やしてしまう事になりかねないので、テレビを通じて約束するつもりだ。


「それと、今回の規格変更で、新たに五つの放送を同時に流せるようにしたわ。視聴者はこの横のボタンを押して観たい放送を選択できるの。まあ、当分は一つの放送だけだけどね」

「ふ、複数チャンネル同時放送ですか!?」

 目を見開き、思わず立ち上がるアンジェラトゥ。


「ちゃんねる?」

 その単語が意味不明とばかりに首を傾げるフォーリィ。

「あ、そうですね。この世界ではそんな言葉はありませんね。前世の世界でもテレビはありましたが、各放送をチャンネルと呼んでいたんです」

 彼女に言われ、前世の言葉を使っていた事に気付き、慌てて説明する。


「チャンネル。いい言葉ね。それ、使わせてもらうわ」

 ニッコリと微笑むフォーリィ。

 彼女は当初、単に「放送」と呼ぼうと思っていたが、ここで意図せずに地球での単語を彼から聞き出せた事により、その言葉を使う免罪符を手に入れた。


 ちなみに、彼らには敢えて説明していなかったが、この新型テレビには、高精細放送を五チャンネル同時に受信できるようにするため、王都で数学者が開発した八ビットCPUを導入し、放送を圧縮して送信できるようになっていた。


すみません、今回はテレビの話だけで終わってしまいました。

次回は、更に新しく開発された物が出てきます。そしてそれは、今後この世界を大きく変え、大きな災害を引き起こすことになります。

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