9 ハーフエルフっ娘と世界初の特許裁判1
裁判当日、裁判所の外には長蛇の列が出来ていた。
今話題の掃除機を巡っての裁判だ。娯楽の少ないこの世界で、人々が興味をそそらないはずが無かった。
その為、傍聴出来る人をどの様に選別するかで揉めに揉めて、一時カオス状態になった。
「「「「「あいこでしょ、しょ、しょ……」」」」」
そして最終的には、大ジャンケン大会が開催される事になった。
「よっしゃぁぁぁ!」
「あぁん、悔しい」
そして、屋台まで並びお祭り状態となり、人々を大いに楽しませたのだった。
◆ ◆
「静粛に、静粛に」
二時間遅れで裁判は始まった。
座席数八〇を超え、立ち見も含めて傍聴席は人で溢れ返っていて、未だお祭り気分が抜けていない。
「えー、では只今から裁判を始めます」
なかなか静かにならない傍聴者達は諦めて、裁判官が裁判の開始を告げる。
「被告と原告は起立して下さい」
裁判官の合図と共に二人は立ち上がる。
すると、ブルドゥとフォーリィ、それぞれの傍に控えていた所員達が手の上に本を乗せ、フォーリィ達の前に掲げた。
フォーリィは特に興味を示さなかったが、掲げられていたのは王国の法律が書かれた本だ。
「両者、宣誓を」
裁判長の合図で、フォーリィ達は事前に弁護士から説明されていた通り、その本の上に手を乗せて、宣誓をした。
「「私達は王国の法律に法り、王国の国民に恥じないよう、誠実に、嘘偽りの無い証言をする事を誓います」」
これって証言台に立つ人が行う宣誓では、とフォーリィはふと疑問に思った。
まあ、フォーリィが不思議がるのも無理は無い。
この宣誓は、昔、王が直接家臣に問いただし、判決を言い渡していた頃に始まり、今は形骸化されて残った結果だからだ。
だが、こうして宣誓が行われると場の空気が引き締まり、法廷が急に静かになった。
こうして、世界初の特許裁判の幕が切って落とされた。
◆ ◆
「原告の弁護人。訴状を読み上げて下さい」
裁判官の言葉にブルドゥ側の弁護士が立ち上がると、木簡を読み上げた。
「……この様に、被告はブルドゥ氏の特許製品である掃除機を無許可で模倣、販売し、ブルドゥ氏の度重なる警告を無視し続けて来ました。よって、被告のサイクロン掃除機の販売停止と、賠償金の支払いを要求します」
読み上げ終わると、弁護人は着席する。
続いて、裁判官はフォーリィ達に顔を向ける。
「被告の弁護人は弁論をお願いします」
「あのぉ、その前に……」
フォーリィは自分の弁護人が口を開く前に、裁判官に尋ねた。
「そもそも、私がサイクロン掃除機に使っているどの特許がブルドゥさんの特許を侵害していると言っているのでしょうか?」
「「「「「えっ?」」」」」
裁判官やブルドゥの弁護人だけでなく、傍聴していた人達も固まった。
特許侵害の訴えに対して特許で迎え撃つなんて前代未聞の話だ。
それはこれまでの常識を打ち破る物であり、世界初の特許紛争であった。
「互いの論点がズレているのに後で気付いて、最初からやり直しでは時間の無駄です。だから、私のどの特許がどういった理由でブルドゥさんの特許を侵害しているのかを最初に明確にして下さい」
フォーリィの質問に言葉を失った裁判官は、ブルドゥの弁護人に助けを求めるような顔を向けた。
「原告の弁護人、答えなさい」
話を振られたブルドゥの弁護人は、慌てふためいた。
そもそも、答えろと言われて答えられる筈はなかった。
相手も特許を取っていて、それが紛争になるなんて考えも及ばない事で、事前にフォーリィの特許の確認などしていなかったのだから。
「い、い、い、異議あり!裁判官、被告は話を逸らして撹乱させようとして――」
「だから話が逸れないように、どの話をしているのかって聞いているんです。特許番号七番ですか?八番ですか?それともまた別の特許について話していますか?どの特許がどう言った理由でブルドゥさんの特許を侵害しているか明確にして貰わなければ反論も説明も出来ません」
相手の見苦しい反論になど付き合っていられないとでも言うように、フォーリィは畳み掛けた。
「あの……その……」
原告の弁護人は助けを求めるような目をブルドゥに向けたが、ブルドゥとしては助けを求められても困るので、無意識に弁護人から目を逸らした。
「原告の弁護人、答えられませんか?」
裁判官に再度促され、弁護人は額に汗を浮かべて声を絞り出した。
「……それは……その…………後日で宜しいでしょうか?」
ブルドゥ側の申し出で、今日はもう閉廷する事となった。
◆ ◆
「ルキージアさん。あんな感じで良かったですか?」
閉廷後、フォーリィは雇った弁護人に確認した。
「ええ、バッチリです。弁護人である私でなく、裁判の経験が無い貴方に指摘され、特許の調査を怠っていた事が露見しました。これにより裁判官のブルドゥ氏側に対する印象はかなり悪くなりました」
フォーリィが雇った弁護人はルキージア。身長一八〇センチメアトル(約一八〇センチメートル)とエルフとしては平均的な高さで、輝くようななセミロングの金髪と翠の目が綺麗なキリッとした顔立ちの女性だ。
フォーリィはブルドゥが訴訟を起こす前に、既にルキージア弁護人を尋ねていた。
フォーリィがルキージアを選んだのは、彼女の実績からではなく、単に同性だからだった。
同性の方が話しやすいと言うのもあるが、それよりも女性の感性や視点で訴え掛ければ、裁判官だけでなく民衆の心にも届くのではないかと思ったからだ。
だが、当のルキージアは最初はフォーリィの依頼を断ろうと思っていた。
フォーリィが訪れた時点で例の掃除機絡みの依頼だと分かっていたし、ブルドゥに勝手に申請された特許を取り戻して欲しいと依頼されると思ったからだ。
ても、だからと言って門前払いと言う訳にはいかない。一応形だけでも話を聞いて、その上で丁寧にお断りしようと思っていた。
だが、フォーリィの話を聞いて彼女は考えが変わった。
フォーリィの人柄。話し方にルキージアは心惹かれた。
彼女の発明に対する情熱は凄まじく、話を聞いていたルキージアは心に熱いものを感じた。
そしてその内容から、この裁判は十分勝てると確信した。
だが何よりも、フォーリィが取得した特許権の量と質。これは世界を大きく動かす事は間違え無かった。
だからルキージアはフォーリィを全身全霊をもってバックアップしようと決意した。
彼女は見たかったのだ。僅か一四歳のハーフエルフの娘が世界を変えていくのを。
だが、問題があった。とても大きな問題だ。
今回の裁判は既存のものとは掛け離れ過ぎていたのだ。
傍聴者だけではなく、恐らくブルドゥの弁護人や裁判官ですら特許紛争の概念が無い。
このままでは勝てる裁判も勝てなくなる恐れがあった。
だからフォーリィの特許のどこに問題があるのかを、彼女自身の口から問い掛ける事によって、これは弁護人同士の駆け引きではなく、特許と特許のぶつかり合いである事を印象付ける必要があった。
「次回はいよいよフォーリィさんが取得した特許の説明になります。その時は宜しくお願いします」
「はい、任せて下さい!」
こうして世界初特許紛争の一日目が終了した。




