絶望、そして別れ
「…え?」
一瞬、イザベルは何を言われたのか、理解出来なかった。
「あの…どういうことですか?」
「だから、君は騎士団に入れないと言ったんだ。」
男はもう1度言った。今度はイザベルの脳裏にはっきりと記憶された。記憶されたうえで、イザベルは信じられないという顔をして声を荒らげた。
「ど、どうしてですか!?私は養成学校で合格を貰い、正式に卒業しました!それなのに、何故騎士団に入れないのですか!?」
「イザベル…。」
隣に立つリディアーヌがうっすら涙を浮かべ、心配そうに見る。何かの間違いだろう、イザベルが入団出来ないわけがない、心の底から信じ、手を組んで願った。しかし…。
「君の成績を後で確認したところ、君は養成学校を合格に必要な成績を修めていないことが分かった。そのような未熟者を神聖なる騎士団に入れるわけにはいかない。よって、君の入団は見送りとなった。」
男は淡々と、しかしはっきりと言い放った。イザベルも負けじと反論した。
「未熟者って…!待ってください!私は合格の証であるラナンキュラスの花を受け取りました!門をくぐった時も誰にも止められませんでした!入団式も普通に参加出来ました!それなのに、今になって騎士団に入れないなんて…!」
「確かに連絡が遅くなったことは謝る。だが事実は事実だ。上からの命令により、君を騎士団に入団させることは出来ない。これは決定事項だ。」
「そんな…!」
夢を打ち砕かれ、落胆するイザベル。だが更に、追い討ちをかける言葉が、男の口から出る。
「…ん?君、養成学校にいた頃に問題を起こしているな?」
「…はい?問題って、一体何のことですか?」
「君が2年生だった頃だ。3人の男性騎士候補生に暴力を振るったな?」
「2年生の頃…3人の男性騎士候補生……あっ!」
記憶を辿り、不意に思い出したイザベル。そして、男に説明した。
「あれは向こうがリディにちょっかいを出していたので止める様に言ったのです!ですが、向こうは聞く耳を持たなかったので、仕方なく力技で…。」
「嘘をつくな!君から暴力を振るったのだろう?!」
「………??」
突然、男が声を荒らげて放った言葉に、イザベルは声も出せずに唖然とした。更に男は言う。
「この記録によると、君はその騎士候補生達に暴力を振るい、金品を盗ったそうじゃないか!?相手が貴族だったことを知っていたのだろう!全く、狡猾な子だ。」
しばらく黙って聞いていたイザベルだったが、やがて我に返り、怒りの目を向けて抗議しようとした。だが口を開ける前にリディアーヌが言った。
「イザベルはそんなことをしません!あの時、私は3人の男達に絡まれていました!その時、イザベルがやめるよう注意したのです!ですが相手はやめなかった。それでイザベルが私を彼等から離そうとしました。すると相手はイザベルに暴力を振るおうとしたのです!イザベルは自分の身を守る為に、仕方なくやりました!決して意味もなく暴力を振るったり、ましてや金品を奪ったりもしていません!彼女は無実です!」
「リディ…。」
イザベルの目から涙がこぼれ落ちる。リディアーヌも目に涙を浮かべ、必死にイザベルを弁護した。が、男の耳には届かなかった。
「信じられないな。平民は嘘をつく。我等貴族を目の敵にし、我等から大切な物を奪い取る。大した働きもしていないのに要求ばかりする。こちらが大人しくしているのをいい事にやりたい放題だ。そんな輩を神聖なる騎士団に、いやそもそも騎士にさせるわけにはいかない!よって君の合格は取り消し、二度と養成学校を受けさせないとする!二度とな!」
「……えっ?それってつまり……?」
「君は一生、騎士になれない!もちろん騎士団に入ることも許されない!一生な!」
男は、吐き捨てるように言った。イザベルは放心状態となった。頭の中で男に言われた言葉がこだまする。
「話はこれで終わりだ。騎士でない者がここにいても邪魔なだけだ。さっさと荷物をまとめて立ち去れ!そして君、この子とは縁を切るんだ。今後の騎士人生において、汚点を残すことになるぞ!」
言い終えると、男は立ち去った。残された2人の間に、重い空気が漂った。
「…。」
リディアーヌはかける言葉を探した。だが、今のイザベルの心境を考えると、どんな言葉も意味をなさないだろう。
イザベルがこの日の為に血の滲む努力を重ねてきたこと。心が折れ、逃げ出したくなっても踏み止まったこと。寝る間も惜しんで勉強に励んでいたこと。隣でずっと見てきたリディアーヌだから分かる。彼女がこの日をどれだけ待ち望んでいたのか、そして彼女の悲しみがどれだけ深いかを。
「イザベル…。」
例え拒絶されてもいい。叩かれたり突き飛ばされたりしてもいい。今の自分に出来るのは、彼女を慰めること。リディアーヌは決心し、イザベルに近づいた。
「イザベル、もしよかったら私の…。」
「…たいね。」
「イザベル?」
「うん!仕方ないわね!私が悪いのだから!」
「え??」
突然顔を上げ、元気な声を出すイザベル。顔には、笑みが浮かんでいる。
「どんな理由であれ、暴力を振るったことに変わりはないもの。騎士になれないのも当然よね。リディを守れたから後悔はしていないけど。」
「イザベル、一体どうしたの?」
「考えても仕方ない、終わったことだもの。潔く諦めて、別の道を探そう!」
イザベルは踵を返し、出口の方へ向かった。慌ててリディアーヌが追いかける。
「待って、イザベル!まだ諦めちゃ駄目だよ!疑うところはたくさんあるし、そもそも入団式になってからあんなことを告げるのはおかしいよ!きっと何か理由があるはず!私と一緒に調べて…!」
「ううん、いいの。正直、騎士としての務めを果たせるか不安だったし。それに!」
イザベルは振り返り、リディアーヌの方を見る。振り向きざまに、長い髪が小さく揺れる。
「これ以上、リディに迷惑はかけられないしね。」
「…!」
笑顔を見せるイザベル。それを見たリディアーヌは何も言えず、立ち竦んだ。何故ならこの笑顔の意味をリディアーヌは知っているから。養成学校時代に何度も見て、何度も救われたから…。
イザベルは近づき、リディアーヌの肩を叩く。そして…。
「おめでとう、リディアーヌ。私はいないけど、寂しくなったらこれを私だと思って。私の心は、いつも貴女と一緒よ。」
そう言うとイザベルは『煙水晶』の首飾りを外し、リディアーヌの首にかけた。これは、イザベルが自分で作ったお守り。養成学校に在籍している間も肌身離さず持ち、一緒に困難を乗り越えてきた、分身みたいなものである。
「イザベル…。」
リディアーヌは理解していた。イザベルがこれを外すことの辛さ、そして覚悟を。
「時々手紙を送ってくれない?どんなことをしているのか知りたいから!それと、偶には何処かで会おうね!」
「うん…。ありがとう…ありがとう…イザベル…うう…ううっ…!」
とうとう耐えきれなくなったリディアーヌは涙を流した。体を小刻みに震わせ、唇を噛む。手は拳をつくり、指の爪が掌に当たる。イザベルは優しく彼女を抱きしめ、背中を軽く叩いた。
「私のことは気にせず、自分の騎士道を見つけてね。大丈夫。リディなら、立派な騎士になれるから。」
「うん…うん…。」
「無理しないでね。危険なこともあると思うけど、必ず生きて帰ってきて。約束だよ?」
「うん…約束する…私…負けないから…イザベルの分まで…活躍するから…。」
「…ありがとう、リディ。」
そう言うと、イザベルは優しく、静かに笑った。リディアーヌは彼女の胸の中で泣いた。彼女の熱が、胸に伝わった。2人はしばらくの間、お互いを抱きしめたのだった。
・
・
・
やがて、別れの時がやって来た。騎士になった者は、許可が下りない限りドラコナイトを出ることが出来ない。つまり、リディアーヌは外に出られず、イザベルと離れなければならないのである。2人は門に向かって歩き、直前で止まった。
(こんなに早く、騎士をやめることになるとはね…。)
イザベルは門を見上げ、心の中で呟いた。しかしすぐにリディアーヌの方を向いた。
「リディ、見送りありがとうね。」
「気にしないで、イザベル。私の方こそありがとう。おかげで、勇気がでたよ。」
そう言うとリディアーヌは笑顔をつくった。イザベルを心配させないよう、精一杯大きな笑顔をつくった。その笑顔に、イザベルは安心した。
「そっか、良かった…。じゃあね、リディ…。」
「うん…バイバイ、イザベル。」
2人は互いに手を振った。そしてイザベルは手を下ろして踵を返し、門をくぐった。門がある地面には黄色のラインが引かれている。イザベルはこのラインを跨ぎ、外に出た。
この瞬間、イザベルは騎士ではなくなった。彼女は何度か振り向こうと思ったが、すぐに止めた。振り向けば、戻れなくなる気がしたからである。そのまま前に向かって歩いた。目から、光に当たって輝く涙を流して。
・
・
・
イザベルが見えなくなるまで、リディアーヌは手を振り続けた。やがて見えなくなると、リディアーヌは手を下ろした。そして踵を返し、広場に戻っていった。
(強くなる…!強くなるんだ!)
リディアーヌは心の中で決心した。イザベルの分まで活躍して、イザベルの分まで立派な騎士になる。リディアーヌは前を向き、しっかりとした足取りで歩いた。
「…あれ?」
ふと、視界がぼやけ、揺れ始めた。まるで、水中にいるかのように…。
「どうしたんだろう、私?」
困惑するリディアーヌ。やがて目から、頰をつたって直線に落ちるものを感じる。それが涙と認識するのに時間はかからなかった。彼女は地面に膝をつき、そして、肩を震わせた。
「イザベル……私……強くなるから……絶対に……強くなるから…だから……だがら……今日だげ…今日だげは……泣いでもいいがな!?」
リディアーヌは泣いた。人目も憚らず泣いた。風が吹いた。彼女の涙を、拭うかのように…。
○スモーキークォーツ
・煙がかった茶色、もしくは黒色をしている
・水晶の1種
・身に付けることで邪気払いの効果がある