頭穴
壊れているのは自分なのか世界なのか。
ふと、ホラーっていうものを書くときの原点を思い出し、物語としてまとめてみたものです。
頭に触れてみた。
穴が空いていたので指を突っこんでみた。
それは直径三センチほどの綺麗なまん丸い穴で、大脳に到達するまで続いていた。皮膚はおろか頭蓋骨までもが寸分の狂いなくくり抜かれているのは素直にすごいと思った。
そのお陰なのか、痛みを感じなかった。
脳みそに触れてみても、ブヨブヨとした手触りが指先に残るだけで大した感慨もない。
部屋に宇宙人が入ってきた。頭部に穴が空いている僕を見て「あらまあ大変」と口にした。
やがてもう一人、宇宙人がきた。「痛くないのか」と日本語で聞いてきた。
宇宙人たちは真っ赤なからだをもっていて、蜘蛛みたいな形をしていた。ひだ状の歯が何十も何百も生えた口がある。目はむきだしになった目玉が赤いからだにくっついているだけだった。
よくわからないので僕は「痛くないから、痛くないから」と宇宙人に返事した。痛いというと何かされそうなきがしたからだ。
こいつらが僕の頭に穴を開けたんだろう。
頭に包帯を巻かれた。まるで病人だった。
僕はそのまま生活を続けた。
続けざるを得なかった。なぜならば宇宙人が代わる代わるで僕の部屋の前に立っているからだ。僕を逃がさないつもりなんだろう。
包帯はすぐに赤くなって汚れてしまうので、毎日取り替えるようにしていたが、そのたびに宇宙人が部屋に入ってくるのが鬱陶しかった。
多分、あいつらは僕の様子を観察しているんだと思う。だから僕はできるだけ抵抗して、包帯を取り替える間隔を長く引き延ばしていった。
毎日だったものが三日へ。
三日だったものが一週間へ。
包帯を変えなくても脳みそはどうってことない。触っても何にもないんだから、心配なんかいらない。
そうこうしているうちに宇宙人たちは僕の部屋に棲処のようなものを作り出した。壁一面を覆うそれはあの気持ち悪い宇宙人に相応しい、血のような赤色を宿した大きな蜘蛛の巣だった。ただし、糸の一本一本がまるで血管みたいにビクビクと蠢いていた。
早く逃げないと、喰われてしまうかもしれない。
ある夜中、僕はひそかに行動を開始した。
僕が寝静まっているのを確認すると宇宙人たちが部屋から離れていく、というのが奴らの行動パターンだった。
そのすきに部屋を出て、外に逃げ出すのだ。
ドアを開けるとしんと静まり返った廊下があった。廊下はほとんど巣で覆われていたのだが、死んだように静かだった。
僕は足音を立てないように進んだ。巣を踏むとブチブチと音がして血のりが飛んだ。気持ち悪かったが、我慢するしかなかった。
階段を下っていく。足元がミシミシブチブチと鳴っている。
真っ暗な階段を降りて一階にやってきた。
少し進んだところで僕は巣に足を取られてつまずいてしまう。派手に転倒して廊下中、いや、家中に大きな音をたててしまった。
途端に照明が灯され、宇宙人たちがドアを開けてやってきた。僕の近くで、口についたひだを動かして何かを言っていた。
ここで捕まれば生きながら喰われてしまうだろう。
そうだ、頭の穴はあいつらが僕の脳みそを吸うために空けたのだ。
そう思った僕は部屋にずっと隠していたナイフをポケットから出した。
奴らがナイフの存在に気づく前に、目玉を刺した。その宇宙人があげた悲鳴に驚いている間にもう一匹を突き刺す。
僕は何度もナイフを振り上げ、そしてそれと同じ数だけ振り下ろした。
真っ赤な蜘蛛の宇宙人たちから真っ赤な血液が飛び散って僕のからだを真っ赤にしていく。でも、少しでもそいつらが動いているのが気持ち悪くて気持ち悪くて、顔を潰して血が口に溜まってひゅうひゅうといっていても刺し続けた。
やがてそいつらは本当に動かなくなった。足の先で蹴ってみても力なく転がるだけだった。
僕は勝利と開放感によってはね回りたい気持ちだった。
いや、でももしかしたらこいつらの仲間がいないとも限らない。もしかしたらこの家にもう向かっているかもしれない。むしろそう考えるのが自然だろう。
僕はもう一度気を引きしめなおす。
部屋に戻って着替えをすませ、財布とナイフをもって裏口から家を出る。
塀の周りをぐるりと回って玄関の様子をうかがいみる。
ほら、見たことか! もうすでに玄関の前には宇宙人たちがいるじゃないか!
ピカピカと光る赤い内臓みたいなのが見える。宇宙人の姿だって見える。
逃げないと。
僕は細い路地裏へと駆け出す。
途中で頭に巻いている包帯がほどけそうになる。
僕は包帯をなおしながら、頭に空いた穴に指を突っこんだ。脳みそに触れた。まだ大丈夫、何もへんな感じはない。
少し安堵したのも束の間のことだった。
路地裏の景色までもが宇宙人の巣によって侵食されはじめていたのだ。これは、もうすぐそこに奴らが迫っているサイン以外の何物でもない。
僕を捕まえて、脳を吸い取るんだ。
そんなことさせてたまるか、僕は宇宙人なんかに負けない。
いつの間にか、僕の住む町は奴らに占拠されてしまったらしい。
その証拠に、路地から抜けた先の市街地には宇宙人の姿が見えた。まるで我が物のように、道路を跋扈していた。
住んでいた人たちはどこかに避難したんだろうか。
それとももうすでに……。
僕は家族のことを思い出した。過剰に干渉してくるのが鬱陶しい両親だったけど、顔を見られないのはさすがに少し寂しいものだ。
無事でいてほしい、そう願わずにいられなかった。
包帯を結び直して、頭に空いた穴を隠す。
脳は、まだ、大丈夫。
読んでいただきありがとうございます。
何か感想、批評等ございましたらぜひともよろしくお願いします。
基本的に短編(掌編)が多くなると思いますが、気に入っていただけたならば、またご覧になってくださるようお願いします。