心理学部臨床心理学科
「そっかー、そうなっちゃうかー」
「はい、方法はこれしかないと思っています」
御剣さん、堂島さんと会った更に翌日、私は万城目さんと会っていた。これまで知り得たことを話して、最初に呟いた万城目さんの言葉がこれだった。
「ラフィーさんを、退学させる以外に方法はないと」
「ふーん」
万城目さんは、どうでも良さそうにガラス越しから外を見た。万城目さんと話しあう為にセッティングしたこの場所は、万城目さんからダメ出しを受けた後に見つけた、美味しいコーヒーが飲める小さな喫茶店である。
そこで万城目さんと私は、互いに御薦めと表記があったブレンドコーヒーを飲んでいた。
はっきり言うと、私は缶コーヒーと違いが分からない。
「そういうところがモテないんだよー」
「ナチュラルに心読まないでくださいよ」
机の横にあったミルクをたっぷり入れて、スプーンで黒い渦に白線を描き出す万城目さんは、どことなく錬金術に勤しんでいるように見えた。
そんな彼女を尻目に私は話を続ける。
「万城目さん、サークルを崩壊させないことは出来ます。私自身が殺害対象にならなければいい話なので」
「それは、うん、わかってる」
「ですが、もう、元のサークルに戻すことは不可能です。貴方が戻りたいと思った、雰囲気や、サークルの意識、それらはもう、戻りようがないと思います」
万城目さんは、一旦、スプーンで珈琲を回す手を止めた。
「それも、うん、なんとなくは理解してたよー」
それでも何事もなかったかのように、再度珈琲を回し始める。
人の意識、というのは根付いたら覆すことは容易ではない。それを私は過去から学んでいるし、歴史もこれを肯定する。それが組みあがったら、崩すことは出来はしない。だから、思想という言葉があり、信仰という言葉もまた同様に存在する。
「それでも私は、」
「待って、その言葉は、まだとっておいたほうがいいと思う」
彼女は、遂に珈琲を回す手を止めて、私を見据える。真っ赤な双眸が、私を射貫く。
「9872。なんの数字だと思う?」
「・・・知ってます。事前に調べました」
「なら、話ははやいよー。もう全学生の三分の一はサークルのメンバーなんだ」
で、と話を一旦区切った彼女は、更に続ける。
「何人集まったの?」
その言葉に私は思わず笑った。彼女があんまりにも真剣にそんな話題を出すから、可笑しくなってしまったのだ。
「まだ二人ですよ。これから三人になる予定ですが」
「勝ってこない」
「勝ちますよ」
彼女はその朱く染まった瞳で私を見つめる。
その瞳を私は今まで何度か恐れたことがあった。偽っている自分を見透かされ、そして、心の奥そこまで見通されることを嫌って。
だから、彼女のことも苦手だった。
だけど、今は不思議と彼女の瞳が怖くはない。彼女に対しての苦手意識は微塵も存在していなかった。
だから、私はその瞳をまっすぐと見つめる。もう、偽らないと決めたから。
「万城目さんに勝った私たちですよ? 貴方と組めば他に敗ける人なんているわけないじゃないですか」
私の言葉を聞いて、万城目さんは深く思案した。
自分でも酷い話だとは分かっている。貴方の大切なものを壊さないよう返すから、傷がついていても許容しろ、そんな話。しかも、傷つけることに加担しろと言っている。そうでなければ、壊れてしまうぞという脅し文句付きで。
深く思案していた万城目さんが漏らしたのは、一つの質問だった。
「嘘つ、ううん、君はどうしてそこまで?」
それは酷く抽象的な質問だった。その後に続く言葉が無数に思いついてしまう、そんな言葉。でも、私はその答えを一つしか持ち合わせてはいなかった。
「ラフィーさんが好きだからです」
途端、店内にゆっくりと流れていたBGMに爆音が一つ加わる。一体何事かと、音の発生した方を見れば、そこには腹を抱えて笑っている万城目さんが居た。
「これはひどいよー!! 傑作すぎて!!」
ひー、お腹いたい、なんて言いながら彼女は自分を落ち着かせる為に、珈琲を口に含んだ。珈琲をがぶ飲みしているその姿を見ると、心配になってしまう。
「まいったー! まいったー! 私の敗け!! 根っからの嘘つきが正直者になったらそこまで素直になるなんてねー!」
彼女は清々しいほどの笑顔で、私に言う。
だから、私も笑顔で言う。
これから立ち向かうのは、意識だ。
私が過去に敗け、弓弦さんを退学させてしまった原因。その力の大きさを知って、堂島さんの時には利用してしまった人の意識。
「万城目さん、私は立ち向かおうと思います。過去に私が負けた相手です。だから、どうしても力が必要なんです。お力添えを頼めませんか?」
だからこそ、負けるつもりはない。今度こそ、勝つ。
「うん、いいよー。万城目 心、鷹閃大学心理学部臨床心理学科所属。サークルが壊れない為に力を貸すねー」
「お願いします、万城目さん」
苦手だった彼女と、私は手を組んだ。