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文学部日本文学科



「迫害されたんだ、アタシ」


 堂島さんとの会話はそんな一文から始まった。



「迫害、ですか」


 それは些か強い言葉にも聞こえた。だが、おそらく彼女の立場ではその言葉がもっとも適切らしいのも確かだった。


 大学近くにあるファミレスの一角。喫煙スペースとして区切られているこの場所は、酷く煙たい。横には死んだ顔をしながら書類と睨み合うサラリーマンや、大声で談笑するおばさんたちの姿をみることが出来る。


 大学の近くなのに、大学生でこの場所を使っているのは私たちくらいなもので、昨今の喫煙率低下を如実に表しているように思えた。



「そ、迫害」


 堂島さんは、どこまでも気取っていった。


 暗い雰囲気にしたくなかったのだろう。手に持った、火も付いていない煙草の先をじっと見据えて声を出した。



「堂島さん、答え合わせをしてもらってもいいですか? 貴方の一連の行動について」

「ん、聞いたげる」


 彼女は、火のついていない煙草を灰皿にノックした。それは、堂島さんが煙草の灰を落とす時に行う仕草だった。



「貴方は計画を失敗した為に、ラフィーさんの周りの人物に迫害され、ラフィーさんに近づくことが出来なくなった。この時、貴方はラフィーさん自身からも迫害されたと、そう思った。私も間違っていたんです、飛び降りを妨害した際に大勢の目に触れさせることによって、貴方のブログの内容を無意味なことにする。これで貴方は飛び降りる意味さえ失うと。でも、貴方が私に接触してきても、攻撃的な姿勢を取らなかったのはもっと根本的な意味があった。争う理由そのものがなかったんだ」

「正解」


 私と堂島さんは6月に衝突した。対峙した。でも、その件がある決着を見せたからといって、あれほど私に執着を見せていた堂島さんが、一回で相手への攻撃を辞めること。これ自体が可笑しかった。


 もう、彼女はラフィーさんの周りにはいられなかった、それだけのことなんだ。


 そのことに気づいたのも、堂島さんと多くの時間を過ごしたからだ。この人がどれほど勝負事に拘りを持っていて負けず嫌いなのか、それを知ったのは、皮肉にもこの事件が終わってある程度たった嘘つきゲームでのことだったから。


 そう、嘘つきゲーム。


 彼女がどうしても勝ちたかった、嘘つきゲーム。


 万城目さんの意思とは正反対の方向を、決意を決めた嘘つきゲーム。



「嘘つきゲームが終わった後、堂島さんが言っていた()()の意味は、()()()()()()()()()()()()という意味なんですよね」

「正解、やっぱアンタ凄いわ」


 サークルを、戻る場所を守ろうとした、万城目さん。

 サークルを、戻るつもりのない場所を攻撃した、堂島さん。



「貴方は、ラフィーさんがやってることは間違ってるって教えてあげたかったんですよね。自分が表舞台で彼女と訣別することで、彼女と対立することで」


 堂島さんは、おそらくだが、ラフィーさんに近づくことすらもう許されなかったのだろう。彼女が間違っていると、そう思っていても、彼女と話す機会を失われ、そんな中巡ってきたのが嘘つきゲームだった。ラフィーさんが会場に入って来た、その土壇場で、彼女はその決意を決めた。


 とんでもない人だと思う、これほど強い人を私は知らない。心が強い人を、友達思いな人を私は知らない。



「・・・一つ聞かせてもらってもいいですか?」

「なによ?」

「どうしてラフィーさんのやっていることが間違っている、なんて思ったんですか? 私が本当はとんでもない極悪人で、彼女はもしかしたら正義の味方という可能性だって」

「アンタがそれを言うか」


 堂島さんは、火のついていない煙草を灰皿から再び手に取る。そして、今度こそ火をつけ、その綺麗な形をした唇にくわえ、深く息を吸って吐きだした。



「土砂降りの雨の中立ってるアンタが、泣いているように見えたの。そ、くだらない話。ただそれだけの話」


 どれだけ重い話だ。聞いている私が、泣いてしまいそうな話じゃないか。



「でも、結局、私は間違えてたわけね。ほんとは、シェルトがずっと助けてほしかったんだ」


 彼女は、煙草を吸う。火が爆ぜるほど勢いよく吸う。その光景が痛々しい。自分を責めるように行われたその行為は、煙草の半分ほどを燃焼させて、一度止まる。


 彼女の口から出た、一言が、それを止める。



「辛かったよね・・・」


 堂島さんがくわえていた煙草、その先端が歯で押しつぶされていた。


 許せなかった。


 こんないい人が、自分を責めていることに無性に腹がたった。



「堂島さん、いい加減にしてください」


 知らず、口から言葉が出た。



「私は堂島さんを尊敬してるんです。誰であろうと、堂島さんがやってきたことを否定させたくはない。例え、それが堂島さん自身であっても」


 彼女が居なければ、私は、ラフィーさんと向き合うことは出来なかった。彼女が居なければ、もしかしたら、御剣さんとの件も有耶無耶になっていたかもしれない。


 他人と関わることを怖れてきた私は、今となってはそうなってしまった時のことを考えたほうが堪らなく怖い。



「まだ、終わってません。こんなバットエンドで貴方とラフィーさんの関係を終わらせてたまりますか」


 堂島さんが居てくれたから、私は自分が大嫌いだって言えた、大嫌いだと分かって、好きになろうと思えたんだ。



「ラフィーさんを助けるのに、力を貸してください堂島さん。私には貴方の力が必要なんです」


 堂島さんは、長く沈黙した。


 ファミレスの中の喧騒が、私たちの間を充満する。


 その空気を変えたのは、他でもない。


 堂島さんだった。



「アンタの為じゃない、アタシは」

「分かってます、ラフィーさんのためですよね」

「ほんっっっとアンタは会話下手ね! 言わせろ!」


 堂島さんは、煙草の火を消す。立ち上がり、メンチ切って言うのだった。



「アタシの名前は、堂島 美音! 鷹閃大学文学部日本文学科、ミリオン事務所GIRLS S所属! シェルトを助けたいの!! 力を貸して!!」

「私の台詞ですよ堂島さん。お願いします」


 そんな姿が、今はどうしようもなく頼もしかった。



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