経済学部経済学科
「ったく、なんでそんな面倒なことになってんだよ」
「あれ? 信じてくれるんですか今の話。私自身、与太話の類だと言われたほうが理解できるんですが」
「おめぇが持ってくるから与太話じゃすまねぇんだろうが。いい加減自覚しろ」
ラフィーさんを救うと決めた翌日、私は御剣さんと会っていた。大学の構内にある食堂。もはや、馴染みとなったその場所で、向かいあって座っている。彼の目の前には、紙パックのいちご牛乳がこじんまりと置かれていた。
「なぁ」
「はい?」
彼の口からは息とともに問いかけが行われる。
外の寒さの影響か、屋内で充分湿度も温度も兼ね備わっているこの場所でも、その吐息が見えるようだった。
「お前が言うラッフィシェルト・ドットハークを救う方法、後悔しねぇか?」
私は、その言葉に迷わず頷いた。
「お前、ラッフィシェルト・ドットハークのことが好きなんだろ?」
その言葉には、顔を真っ赤にしながら頷いた。
「会えなくなるんだぜ?」
頷きかけて、一瞬ためらった。それでも、私は彼を見据えて力強く肯定した。
「後悔はもう、たくさんしてきました。もう、これ以上は後悔の置き場所がないんです」
後悔を積み重ねては、そこらへんに置いてまわった私だ。一歩足を踏み出せば、後悔に足が当たってひっくり返るほど、私の人生は後悔で埋め尽くされている。
「だから、後悔しないために、闘おうと思うんです」
その後悔は決して払拭できるものではないのだろう。後悔先に立たず、なんて諺があるくらいなのだ。それの処理は、感情という業火でも燃やし尽くすことは出来ないと思う。
ただ、整理してあげることは出来る。
その後悔を、次の後悔で埋まらないように塞ぐことが出来る。
そうやって向き合っていくことは出来ると思うのだ。
私の言葉を聞いた御剣さんは、片手を頭に置いて、呆れた表情でこちらを見据える。
「畜生、お前のこと少しでもかっけぇと思っちまった。自分を殴りてぇ」
「やっぱりそう思いました? 今の私、結構輝いていると思うんですよ」
「その前にお前の顔面を歪むほど殴るがな」
「少しくらいかっこつけてもいいじゃないですか!」
酷すぎる。少しは仲良くなれたと思ったのに。
だけど、御剣さんの冗談は分かりやすい。この人は、重要な話の前では必ず冗談をいれるから。それを私は知っている。
本題が来ることは知っている。
「虚勢じゃねぇんだな?」
御剣さんはまっすぐこちらを見つめる。その瞳が、本当に真摯で、私は心底、この人と出会えたことに感謝した。
「虚勢に決まってます。寂しくないわけないじゃないですか」
だから、私も素直になれる。自分の気持ちを一切隠さず、この人に伝えようと思える。それは、ずっと私が怖がっていたもののはずなのに、今は不思議と怖くない。
「好きな人ともう会えないかもしれないんですよ? 虚勢くらい張らせてください」
「・・・まぁ、そうだな。俺が悪かった」
御剣さんは深く息を吸った。そして、息を吐き出さずに苺牛乳を手に取り、飲み干す。
「ぶっちゃけ、俺はラッフィシェルト・ドットハークに会ったこともなければ、助ける義理もねぇ。そんないい女にも見えねぇし、これっぽっちも魅力を感じねぇ」
「いきなり何言ってるんですか、ぶっ飛ばしますよ」
「あ? んじゃあ、魅力的で素敵な女性だと思うから、今から口説きに行っていいか?」
「泣きますよ、いい年した男が大声で泣いて止めますよ」
「めんどくせぇなお前・・・」
すっごい目で見られた。おおよそ人に向けられる目ではなかった。
「俺が言いたいのは、ラッフィシェルト・ドットハークのためじゃねぇってことだ」
呆れながら視線を寄越す彼は、仕方ないと、そう口外に言っているようだった。
「力を貸してくれるんですか?」
「お前の殺害計画なんてもん、こっちとしてはいい迷惑だしな。大体、俺がいなきゃ使えねぇだろうがその方法」
「それは・・・そうなんですが」
「だから、勘違いすんなよって話だ」
するわけがない。彼の言いたいことは、よく分かる。
ようは、彼もいい格好がしたいだけなのだ。
「俺が力を貸すのは、お前のためだ」
「・・・ありがとう、ございます」
「その言葉はまだ早ぇ。俺が、いつか絶対にお前を救ってやる。覚悟しとけよ、お前が諦めてきたもの全部引っ提げてお前の前で笑ってやる。ラッフィシェルト・ドットハークもその一人ってだけだ」
ただ、彼は意外と抜けていて、気づいていない。
私は、もう彼がいることで救われているのだ。私に力を貸してくれる存在がこれほど頼もしいことに、彼自身が気づいていない。
実に、面白おかしい話じゃないか。
だから、私は精一杯笑おう。私のことをもっと知ってもらって、そして、彼のこともよく知っておこう。
「笑ってんじゃねぇ。いいか、よく聞け。俺は、鷹閃大学経済学部経済学科所属、御剣財閥嫡男、御剣 凛の兄貴、御剣 透。お前を救うために、力を貸してやる」
「よろしくお願いします、御剣さん」
始まりが歪んで、歪だった私たちだ。それが、衝突して、叩かれ合って、真っ直ぐになった今なら、誰にも負けるはずがないのは、分かり切っていることだった。