エピローグ
「私は、自分のことなんて大っ嫌いでした」
嘘を吐いている自分も、そんな事を心の中で肯定している自分も纏めて全部嫌いだった。
「ラフィーさんは知らないかもしれません。でも、昔の私は、本当に何でも出来ました。人よりも何倍も早く物事を吸収できました。勉強だって、スポーツだって、小さな田舎ではありましたが、一度だって負けたことはなかった」
昔の私。天才、と。そう周りから呼ばれ続けていた私は、どうしようもなく天狗になっていた。
「ある時、私の周りをみたら、誰も居なかったんです。話をすれば、同級生と会話が噛み合うことはなくて、どこか一線を引かれていました。友だちと、そう言ってくれる人達が、私と勝負事になると嗤うんですよ。どうせ勝てないから、やめとこう、そんな言葉を言われ始めたのは、中学2年生くらいだったと思います」
天狗になって、結局は、痛い目を見た。
「高校時代です。これはもしかしたら、空教授から聞いているかも知れませんが、一人の友達が出来ました。その友達は虐められていて、当たり前のように、助けてやろうとか、そんな風に思って、結局は、彼を転校させることになってしまった」
彼の最後の言葉がずっと心に残った。
彼はずっと、天才の私に対等でいてくれた。でも、私は彼と対等でいる為の努力を一切していなかった。
だから、平凡になろうと、こんな奴が天才なんていうのは、間違いだと、ひたすらに自分に言い聞かせて、偽った。
「自分勝手で、傲慢でそんな自分が嫌で。ずっと平凡だって偽って。だから、平凡は天才のことが大っ嫌いでした」
どうしようもなく、嫌いだった。自分がこの世の中で一番嫌いで、こんな嫌いな奴を人の前に出すことがどうしようもなく怖かった。
「でも、大学に入ってからです。色んな人達と出会いました。御剣さん、堂島さん、白銀さん、漣さん、万城目さん」
彼ら、彼女らは、明確に自分の答えを持っていて、一切偽りがなくて。そんな所がどうしようもなく、羨ましかった。
「一緒に過ごして思ったんです。教えられたんです。それが一体何なのか、きっと言語化することなんて、出来はしないと思います。ただ、色んな出来事が、私自身を見つめ直すきっかけで、どうしようもなく、思ったんです。こんな私でも、きっと偽らないで生きていくべきなんだって。だから」
そう、だから、ただ、それでも。
「平凡は」
もう、自分のことを嫌いって、公言するのは辞めにしたい。
「天才は」
こんな私を救ってくれた人がいる。こんな私でも救える人がいる。
だから、もう、嘆いてばかりいるのは止めようと思うんだ。
「平凡は天才を愛したい」
そう、結局、これが答えなんだ。
探していた答えなんてものは、ずっと自分の胸の中にあって、それを肯定出来ていなかっただけなんだ。
「こんな私でも、そう思えるんです。ラフィーさんだって、思えるはずなんです。自分を大切にしてください。もう、偽らないでください。自分を嫌いにならないでください」
ラフィーさんが、ようやく顔を上げる。
目が合った。本当の意味で、彼女と初めて目があった。
「私の好きな人を、嫌いにならないであげてください。自分を愛してあげてください」
風が吹いた。
「ずるいよ・・・。その言い方はずるいよ。もう、ダメなの。色んなひとに迷惑かけちゃった」
諦めた顔で彼女は笑う。違う、そんな笑顔がみたいんじゃないんだ私は。
分かってる。自分でもこんな言い方が男として卑怯だっていうのは、百も承知だ。堪らなく怖い。告白ってこんな怖いものなんですか。世の中のカップルはこんな清水寺から飛び降りるみたいなこと乗り越えてるんですか。
でも、それが必要だっていうなら、何回でも、飛んでやる。恥だって、何回でもかいてやる。
覚悟を決めろ、息を吸え。
「いいですか!? 今から私、最低なこと言いますからよく聞いてください!!」
大学で初めて声を掛けてくれたのが彼女だった。拒絶した。
それでも彼女は、私にまた話しかけてくれた。
「貴方の評判がいいからって、私は貴方のこと好きになりませんよ!! 私はどうしようもなく人が苦手なんです!! 人がよってたかって集まる貴方のことなんて好きになりようがない!! 私は、貴方の評判に惚れたんじゃない!!」
それがどうしても、心が拒絶しているのに、嬉しくてたまらなかった。
「貴方の胸の膨らみがどうしようもなく好きです!! 貴方が全然意識しないで着てくる無防備な格好とか、そういう無防備な姿が好きです!! 髪が長くなって、切ろうかどうか私に聞いてきたことがありましたよね!? 私はロングもショートも貴方がしているなら好きになる自信がある!! 貴方の笑顔があれば、私はそれでいい!!」
惚れないわけがなかった。
こんな笑顔が素敵な人に惚れない訳がなかった。
「ラフィーさん、貴方のことが好きです!!」
好きにならないわけがなかった。
ラフィーさんは、口をただ震わせていた。目に一杯の涙をためて、今にも零れそうな涙を押しとめていて。
それが限界を迎えたように、流れ始める。
「・・・わ、たしも、あいしたいよ。だ、れかを、じぶんを、あいしたい。しにたくないよぉ・・・」
彼女は声をあげて泣いた。その声が反響する。私の心に反響する。
「・・・ミヤ、たすけて、、」
彼女の涙が、静かに屋上の床を打つ。
そんなの分かり切ってる答えだった。
「もちろんです!!」