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ラフィーさんは、まだ居てくれた。屋上で、状況を見る限りギリギリだったけど、間に合った。
私が来たと分かると、彼女は、顔を伏せる。
目を合わせてくれない。
「な・・なんで、ここにいるの?」
先生。三年間も私の傍から離れてくれなかった先生。聞いてますか。
「アンナ・アンダーソンです。ラフィーさんが言ってたじゃないですか」
久々に、本当に久々に、人と会話するのが怖くて堪りません。
御剣さんや、堂島さんや、白銀さんや、漣さん、万城目さんと衝突して、その度に色々な、意味があるのか、ないのか分からない会話をしてきた私です。少しは、人との会話になれたと思っていたんですが、こんな状況だと、それは何の根拠にもならないみたいなんです。
「嘘を繰り返されて、繰り返すうちに真実にすり替わったと。最初は、私のことかと思っていたんですが、あれはラフィーさんのことだ。私を退学にしようとする人が、私に対してヒントを出していたこと自体辻褄があわない」
先生、でも聞いてください。それが嫌な感情ではないんです。
こんな私でも、好きな人が出来ました。貴方が出してくれた宿題に、ようやく解答を出せそうなそんな気がするんです。
「・・・ボ、ロボロだよ?」
きっと、貴方は今更かよ、とか、おせぇよとか、笑うかもしれませんね。優しい笑顔で、どこまでも暖かい言葉を言ってくれるんだと思います。
「ああ、これはですね。ちょっと財閥怒らせちゃったみたいで、軽く三回ほど交通事故おこされそうになっただけです。気にするほどのことじゃないですよ」
先生、その子はですね。とても、笑顔が素敵なんです。
笑った顔が他の誰よりも、私にとっては宝物のように思えるんです。恥ずかしい話なんですけど、その子を笑わせる為に、色んな会話の指南書を読んで、勉強したりもしたんです。
「でも・・・」
先生、そんな子が目を腫らして泣いてるんです。
私はそんな悲しそうな顔、彼女にしてほしくはないんです。
「私の傷なんて掠り傷です。私より、よっぽどラフィーさんの方が重症です」
ちゃんと聞いていますか、先生。
だから、彼女には笑っていて欲しいんです。それが私の独りよがりだとしても、たとえ、世界で私一人だけがそう思っていたとしても、私は彼女を笑顔にしたい。
「そんなことない!! 私は私を終わらせなくちゃダメなの!!」
その為に、貴方が私に言ってくれたような、暖かい言葉が必要なんです。
彼女は多分、ずっと一人きりで、雪原の上を歩いてきたから、身体が寒くて仕方ないだけなんです。
「ずっとミヤに酷いことしてきたの! もう取返しがつかないの!!」
先生、いつか、私にも人を暖かくできるような、そんな言葉が言えたらいいなって、そう思っていました。
でも、怖くて仕方ないんです。
相手に、自分の好きな人に自分の気持ちを伝えることがこんなにも、こんなにも怖くて、勇気が必要で、足が震えることだなんて思ってもみませんでした。
きっと、それは私がずっと色んなことから逃げてきた証拠なんだと思います。人と向き合わないで、人と接することを極力控えて、縮こまって、嘘を嘘で塗りたくっていたら、人と向き合うのが怖くて仕方ありませんでした。
そう、怖くて仕方なかったんです。
でも、それはもう過去の話なんです。過去の話にしなくちゃいけない、そう思うんです。
弓弦さんは、もういません。背中を押してくれた彼は、前に進めと、去っていきました。どれほどの決断で、どれほど勇気がいることだったのか。今の私には、よくわかります。彼がいなければ、私は御剣さんに向き合うこともなかった。
そんな彼の気持ちを無駄にしたくないんです。
だから、お願いです、先生。
この縮こまった私に力をください。
助けたい子が目の前に居るんだ。
涙を拭ってあげたい子がいるんだ。
貴方みたいな、心に響く言葉を、話したいんだ。
「・・・もう、死なせて・・・」
だから先生、お願いだ。
言葉を、貸してくれ。
「いいですか、よく聞いてください。この屁理屈ヤロー」