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『ずばり、堂島美音さんのこと、です?』
何も知らないような顔をして、私は彼に美音ちゃんの存在を伝えた。
『ちがう、です。私、シュンスケにそこまで、興味ない、です』
彼が、私と俊介くんが付き合っているなんて言うから、つい声色を強めた。
『ミヤ、です? 電話はすぐにとってください。のろま、です』
違う。最初に電話をかけて、言葉が出なかった私が、そんな事を言う資格なんてなかった。本当は彼に何度も言おうとして、それでも信じてもらえなかった時のことが堪らなく怖くて、怖くて堪らなくて。
『ミヤ、どうぞ、です』
結局、心の弱い私がいけなくて。
嘘つきゲーム。握りしめてしまった、その皺だらけのチケットを彼に渡すのが嫌だった。
それでも、彼にとばっちりがいってほしくなくて。
だから、だから。
『その名で呼ばないでください』
対立した。対立し続けた。
何度も勝ち続ける彼をみて、あわよくば、私を目の敵にして退学させる為に動いてくれるんじゃないかって、縋って。
『ラフィーさん、堂島さんから伝言です。“ゴメン”と』
その思いはどうしようもない嫉妬に変わって、悲しみに変わって。
一度あれだけ衝突して、それでも彼の隣に居られる美音ちゃんが羨ましかった。それは、どうしようもない青春ドラマを見ているみたいで。
私も、彼の隣に居たくて。でも、もうそれも許されないんだろうなぁって思っちゃったりすると、流れてくる涙を止めることが出来なくて。彼に背を向けたまま、私はその場を去った。
期日が迫っていたから。
それは、もっと早く私が気づくべきだったんだと思う。いつまでも追い出せない相手をどうするか、どう対処する方向に動くかなんてこと。
それは、どこの国の歴史でも結構ありふれた話で。
彼を追い出せない事に、私の周りの人達はエスカレートしていった。
排除する方向に、向かっていった。
彼と離れて、なんとかしようと必死に動いたけど、どれも報われなくて。
彼の殺害計画が進んでいった。
期日は、学部連合議会の日だった。
でも、簡単な話。
私を最優先で考える人達が、私の為に、彼を殺そうとするなら、元を絶てば、いいだけなんじゃないかって。
むしろ、それくらいしか私に出来ることはなくて。
私は、こうして、階段をのぼっている。
◆
やたらと重いドアを、身体全体で押した。
その瞬間、気圧差で生まれた風が私の身体を一撫でする。その風は冬の季節特有の冷たさと痛さを纏っていた。
屋上。終着点。
厳重に警備されているこの場所は、私以外誰一人いなかった。
ただただ、だだっ広い空間がそこにはあり、背丈ゆうに超える緑色のフェンスが外周を覆っている。
面倒だなぁ、なんて思いつつ、私は緑のフェンスの近くまで歩みよった。
そこから見える景色は、この大学の全体だ。都会としては、ありえないほどの敷地面積を有しているこの場所は、私にとっての箱庭。
ただの実験場。
最後まで、出ることは出来なかったけど。
少なからず、憎い場所ではあったけど。
それでも、少しだけ煌めいて見える。彼と過ごした思い出が、どす黒い風景の中に、白さを残してくれていた。
もう、終わりにしないと。
フェンスに手をかけた。こんな木登りみたいなことをするのは小学生以来だなぁと、呑気に思っちゃう。
足をフェンスにかけた。
その時、履いている靴が、フェンスの縫い目に上手く引っかからなくて、昇り切れずに下に足をついてしまう。
あぁ、だから刑事もので見ると、フェンスの前には靴が置いてあるんだ。
長年の解答を得た気分になった。それならと、私は靴を脱いで、再度正面のフェンスと向き合った。
地面についている足がどうしようもなく寒い。凍えてしまいそう。
でも、そんな寒さとも、お別れ。
緑のフェンスに今度こそ、足と手をかけた。体重が、細い足場に伝わって、足の裏を痛めつける。
それでも、こんどこそ昇れそうだった。
しかし、そんな時、今度は目の前が突然真っ暗になって、ビックリした私は、また屋上に足をついてしまう。
「・・・カラス?」
フェンスの前には一匹の鴉が止まっていた。フェンス越しに視界を遮ったのは、どうやらこの子みたいだ。
こちらを鴉は見つめてくる。興味深そうにも見えるし、一切興味が無さそうにも見えた。
「お願い、そこを譲ってくれないかな?」
私は、鴉にお願いした。それでも、鴉は譲らない。
「お願い・・・、どいて・・・」
なんて、惨めなんだろう。どこまで私は浅ましいんだろう。
答えなんて返ってくるはずがないのに。私が反対側に行けばいいだけの話なのに。
「お願いだから死なせてよ!!」
「死なせません!!」