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4月、私が所属するサークルは周りの人達に決められていた。それでも、私は彼と会ったことで少し心に余裕が出来ていた。なんとか彼をこのサークルに入れたいなぁ、って考えるくらいの余裕はあったのだ。
でも、人付き合いが嫌いな彼はこんなサークルの事嫌だろうなぁ、なんて考えたりして、気づけば、時は過ぎていた。
「アンタさ、よくつるんでる奴いるけど、好きなの? そいつのこと」
私が美音ちゃんにこう言われたのは、5月の終わりごろだったと思う。
堂島 美音。彼女は、アイドルなんていう、びっくりするくらい凄いことをやっている。私からすれば、本当は話すことも出来ない人物なんだけど、周りの人達が彼女を連れてきて、そこからなし崩し的に会話を重ねる関係になった。
美音ちゃんはどこまでも、友達思いの人だった。
「よくつるんでる?」
そんな彼女の事を、私はちょっと尊敬していた。
場所は、大学内にあるレストランの一角。普段は、教職員、学校関係者しか使用することが出来ない場所に、私と、美音ちゃん、そして、たくさんの人物が座っていた。
たくさんの人物に囲まれながら、私は肩身を狭くし、小さな声を振り絞った。私が大学で移動する際には、隣に人が居ないという状況は無くなっていた。
「ほら、あのなんかパッとしない奴」
そのパッとしないという表現を受けて、私の中に一人の人物が浮かんだのは必然だった。なんとも、その表現が的を射ていたから。
「あ、ミヤのこと?」
「多分そいつ」
美音ちゃんは綺麗な手つきで、料理を食べていた。本当に何でもない会話のように、切り出された、その会話が、私の愚かさを際立たせるものになってしまう。
これが、どうしようもない間違い。
きっと、どうしようもなく馬鹿な私がやった許されない事。
美音ちゃんがあんまりにも、普通に聞いてくるものだから、私は思わず、慌ててしまった。言葉がつっかえて中々出てこなかった。
私は彼のことをどう思っているんだろう。
彼は私のことをどう思っているんだろう。
そんな事を考え始めると、何故だか顔が熱くなって、心が落ち着かなくなって。
恥ずかしくなってしまって。
「そ! そんなことないよ! なんとも思ってないよ!」
否定、してしまった。
彼を否定してしまった。
私の状況をよく理解出来ていなかった私は、どうしようもない馬鹿だったのだ。
この言葉を噛みしめるように聞いていたのは、美音ちゃんと、その周りにいる人物だった。
美音ちゃんは僅かばかり、悩んでいたみたいだった。私はその時、彼女の目をよく見てあげるべきだったんだ。彼女がどんな思いでこの言葉を受け止めてしまったのか、よく考えるべきだったんだ。
「そ、分かった」
「み、美音ちゃん・・・?」
彼女が、呟いた言葉の意味を私は深く理解することなんて出来なくて。
「あたしに任せといて」
その任せて、という言葉を、彼女の心の内を理解することが出来なくて。
彼の排斥が始まった。
◆
もう止めることなど出来なかった。
私がいくら声を張り上げても、聞いてくれる人なんて誰一人いなくて。
彼を大学から排斥する為の計画を、私の周りの人物達が組み立てていく。
どうして、どうすれば。
分かるはずもない自問自答を、そんな状況を嗤っていたのは父とも他人とも言い難い教授だった。
「いやはや、ここまで狂えるか。思想も、主義も、行き過ぎれば望むものは、排他か。歴史と全く同じだ。差別、迫害、実に興味深い。どこまでいっても、人間は同じ行動を取るものなのだというのは、強烈な嫌味にもとれる」
どうして笑うのだろう、愉快そうに微笑むのだろう。
「また、運命的ともいえるか、その対象が御剣財閥が嫌悪している相手ともなれば。興味深い。何故青年はあそこまで、御剣財閥から目の敵にされているのか。まぁ、だとすれば恩を売っておくというのも、一興か」
男性は、一つずつゆっくりと状況を噛みしめてて。
「そういえば、青年を見た事があったな。AO入試で面接した異才だったか。際立って異才の青年。なるほど、面白い」
そんな彼に、私は一つ懇願した。堪らなく憎い相手に、頭を下げた。
「彼だけは、助けてあげてください」
「ほう」
彼は私の言葉が意外だとでも言うように、手を大げさに掲げた。そして、僅かばかりの逡巡も見せず、言葉を言う。
まだ何も起こってない。でも起こっていないだけで、起こることは避けられない。
「無理だ」
何回も私は懇願した。もう、私が出来ることなんて何一つ無い気がして。平凡な私には、彼らを止める術を思いつくことなんてなくて。
その様を見て、男性は一つ心に決めたようだった。
「君を、教授に推薦しよう。行き着く先に興味がある。大学という箱庭は、実に結構だ。私は人生を賭けてでも、その行き着く先がみたい。君がこの箱庭を出ないことを約束すれば、その方法を教授することも吝かではない」
私は、その言葉に飛びついた。それしか出来ないことは分かっていたし、それで彼が助かるなら、自分がやってしまったことの過ちを取り返せるなら。
「君も彼と敵対すればいい」
ただ、今でも思っちゃう。もっと、他に方法はなかったの、なんでこんな言葉を飲み込んでしまったの、って。
「計画の舵を取り、その情報を彼に渡す。情報の選別は私がしよう。なに、おそらく彼なら、それで自分を助けることが可能だ。保証しよう。君がやることは実に簡単だ」
どうしようもなく、私は、罪深い。
「彼を嫌いになれ」




