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◆
「凄いよねーシェルトちゃん。今回も全教科満点だって!」
「聞くところによると、部活入ってないのは土日ボランティアしてるからだってさ。人間として完璧じゃね?」
「善行して、この鷹閃高で成績トップかよ。ほんとに聖女かなんか?」
「先生もシェルトちゃんだけには頭が上がらないって! あの禿教頭が必死にシェルトちゃんのご機嫌取りやってんの! いやぁ、あれには私もスカッとした!」
「容姿も完璧だしなー。噂ではポルシェ乗り回してる社長が必死にシェルトちゃん口説いてるらしいぜ」
「あ、その話2組の奴から聞いたわ」
「ぱねぇな。住んでる世界が違いすぎんだろ」
「いやいや、ここだけの話さ、リアルで亡国の姫っていう噂もあるんだなこれが」
「凄すぎでしょ」
「次期生徒会長はもう、シェルトちゃんで決定って言ってたし。いや、他に生徒会長立候補する奴がいたら勇者だろもはや」
「そんなお姫様が、俺らに気安く接してくれているとかほんと涙でるわ」
誰か、お願いします。誰でもいいから、お願いします。
「あ、シェルトちゃーんおっはよー!!」
「シェルトちゃん! 今日もがんばろー!」
「シェルトさーん!! 元気ですかー!!」
「てめぇはうっせぇんだよ! シェルトちゃん疲れてない? 鞄持とうか?」
「おーいシェルトちゃーん! 今日の放課後空いてる? 後輩がどうしてもシェルトちゃんに会いたいって言っててさ」
「シェルトちゃーん! 先生呼んでたよー!!」
「シェルトちゃん!」
「シェルトさん!」
「シェルトちゃん!」
「シェルトさん!」
「「「「「「「「「シェルトちゃん!」」」」」」」」」
「「「「「「「「「シェルトさん!」」」」」」」」」」
≪アイシテル≫
私を、助けてください。
◆
「ふむ。実験の経過は良好だな」
そう言って、男の人は珈琲を飲んでいた。憎たらしいほど、様になっていた。
中学、高校と鷹閃大学付属に進んだ私は、どうしようもないほど、人気者となっていた。その根幹を成すのが、私に基づく様々な噂。根も葉もない噂の数々だった。
私はあの高校のテストで満点を取れるほど頭はよくない。むしろ、本当のテストの順位なんて最下位だと思う。
ボランティアもやったことはないし、亡国の姫なんて誇張され過ぎて聞いていて逃げ出したい。
そんな根も葉もない噂に、根を張らせ、葉をつけ、実まで実らせているのは、他でもない、この男の人だった。
「ハロー効果。ハンドワゴン効果。ラベリング効果。ウィンザー効果。いやはや、学校という小さな社会の縮図は、実に実験がし易い。人の関係性が、必ずしも事実である必要はないというのは、なんとも皮肉が効いている。真実は嘘を許容するか。いや、嘘が真実を飲み込んだと言ってしまった方が正しいのかもしれんな。大学では、段階を一つ推し進める必要があるか」
「もう、やめて」
「おや? 不満かね? 君は大層人気者じゃないか。一般と比較すると、君は大分幸福な立場にあると思うが」
「もうやめてよ!!」
私が噂の否定をすれば、謙虚だと、美徳だとそう言われ続けた。平凡である私は、あの異常な環境に耐えきれなかった。
「これでも、君の幸せをと思ってやったことなんだがね。いや、否定はしまいよ、自分の知識欲を満たす行為だったということについて」
「そんなことどうでもいいの!! いますぐ!!」
「無理に決まっている。止めることなど。大衆に根付いた意識を覆すことなど容易ではない。もう、進めること以外に選擇はない」
男の人は嗤った。それはもう、愉快に嗤っていた。
「いつだったか、君が質問した愛についての解答を、身を持って体感したまえ。それは幸福以外の何物でもないのだから」
◆
そこからは、もう、私がどうこう出来る状況ではなくなっていた。
私の周りにいる人物は、私の周りにいることが最優先となり、私を中心としたコミュニティが、高校では出来上がってしまう。
人が人を呼び、集団が集団を呼び。
気づけば、何の取り柄もない私は、人の上に立つことを強制された。
何度も私は、自分が如何に劣っている人間かを説明した。実際に、生徒会長として壇上にあがった時も、私は緊張で声すら上手く出せなかったというのに。
私の行為は全て許容された。許された。
「シェルトちゃんがやることに間違いはないよ」
そう言った久瑠外さんは、私が犯した部費の記入ミスを、実費で補填した。
「シェルトさんが言うことは絶対だから」
そう言った雨宮司くんは、編入してきた生徒に私が如何に素晴らしい人物かを説いた。
「シェルトさんは完璧だから」
そう言った簾藤さんは、私が転んだ場所という理由で、高校二階にある渡り廊下を破壊した。
「シェルト、次も頼むぞ」
そう言った担任の大寺井先生は、私が軋んで開けることが出来なかったロッカーを、全て交換した。
嫌だ。
もう嫌だ。
私が何かする度、とんでもないことが起こってしまっている。もう、耐えられない。
ひたすらに祈って、高校を卒業したいと願う。
鷹閃大学に行くことはもはや避けようはなかった。ただ大学に行けば、まだ思想に染まっていない人たちが沢山入ってくる。そうなれば、こんな状況は御終いのはずなのだ。こんな状況がいつまでも続くわけなんてない。続いていい訳がない。
願いと希望を持って過ごした地獄のような高校生活は、酷く長く感じた。それでも時は、過ぎ去って、過去にする。
私は、なんとか高校を卒業することが出来たのだった。
そして、大学へと場面は移り替わる。
状況が一切、改善されないまま、大学へと突入してしまう。
「シェルトさん」
「シェルちゃん」
「シェルトちゃん」
「シェルト」
「ドットハーク」
「ラッフィシェルトさん」
「シェルトさん」
「ドットちゃん」
「ドットハークさん」
「シェルトさん」
「シェルちゃん」
「シェルトちゃん」
「シェルト」
「ドットハーク」
「ラッフィシェルトさん」
「シェルトさん」
「ドットちゃん」
「ドットハークさん」
「シェルトさん」
「シェルちゃん」
「シェルトちゃん」
「シェルト」
「ドットハーク」
「ラッフィシェルトさん」
「シェルトさん」
「ドットちゃん」
「ドットハークさん」
「シェルトさん」
「シェルちゃん」
「シェルトちゃん」
「シェルト」
「ドットハーク」
「ラッフィシェルトさん」
「シェルトさん」
「ドットちゃん」
「ドットハークさん」
「シェルトさん」
「シェルちゃん」
「シェルトちゃん」
「シェルト」
「ドットハーク」
「ラッフィシェルトさん」
「シェルトさん」
「ドットちゃん」
「ドットハークさん」
≪「アイシテル」≫
入学式。私は高校の比ではない人数に声を掛けられることになる。
多分だけど、私の周りには天才と呼ばれる人たちしかいなかったのが原因だと思う。私のことを広めるために使った方法は、それこそ平凡な私には思いつかないけど、この大学で私は、初日に初対面と言える人物がもう数十人しかいない状況にまで追い詰められる。
それはもう、一つの宗教ともいえるもので。
一人、トイレで吐いてしまった。
誰でもいいから助けて欲しかった。
誰でもいいから私をこの大学から連れ出して欲しかった。
誰でもいいから私を愛してくれない人と会いたかった。
◆
「え、いや、あの、その、すみません! ギブアップです! 私は英語話せないんです! そ! そーりー! アイきゃんのっとスピークイングリッシュ! オーケー!?」
そして、私は彼と出会った。