表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
七章 人生くらい、くれてやる
85/113



 ストレートというより、癖毛まじりの髪をツインテールにしている小学生。

 誰よりも、誰かを想える小学生。


 その大きな瞳に涙を蓄え、短いスカートを堪えるように握りしめる彼女は、そこに立っていた。


 凛さんは、そこに立っていた。



「・・・もう、止めようよ。お兄ちゃん」

「・・・り、ん? お前・・・なんで」


 御剣さんと凛さん。


 兄妹は、お互いの姿を確認し合って立ちすくむ。



「・・・嘘は止めようよ、お兄ちゃん」

「う、そ? 何、いって」

「憎いなんて嘘だよ・・・」

「ちが、う。そんな」

「ほんとはただ巻き込みたくなかっただけのくせに!! 楽しそうだったよ!? あの誕生日パーティーをやってくれたお兄ちゃんは凄く楽しそうだった!!」


 嗚咽まじりで話す凛さんは、そこで一旦、泣きだしてしまう。

 しゃくりあげるような泣き声は、不思議なほど、力と清廉さに溢れていた。



「・・・御剣さん。凛さんをここに呼んだのは私です。メッセージでこの場所を送っておきました」

「意味、が」

「いや、もう貴方は分かっているはずです。凛さんがこの場にいるなんて、方法は一つしかない。それは、ずっと貴方を悩ませていたもの」


 凛さんを救う。言うだけなら簡単だ。

 そして、救う方法も本当に簡単なことだった。



()()()()()()()()()()()()()使()()()


 6月の事件。偶然取ってしまった写真。御剣財閥当主にとっては、酷く痛手になるであろうそれを、私は使った。



「・・・平凡、何、やってんだよ? それ、じゃ、凛との約束、が」

「御剣さんだって、この方法しかないって分かっていたはずです。それこそ、6月の時からずっと」

「お前分かってんのか!? それをやったらお前は御終いなんだよ!! 御剣財閥を敵に回して生きていけると思ってんのか!?」

「分かってないのは御剣さんの方だ!! どれだけ私が貴方たちを大切に思っているかわかっちゃいない!!」


 自分で勝手に雁字搦めになっておいて、助けを求めることも出来なくなって。



「頼ってください!! それで私がどれだけ厳しいことになっても!! どれだけ命が危なくなっても!!」


 そんな馬鹿を見ていると、酷く胸が張り裂けそうだった。



「それでも貴方たちが悲しむよりは笑っていられる!!」



 残ったのは静寂。その静寂の中を、ゆっくり進もうと、凛さんの涙声が帆を張った。



「ごめんね、お兄ちゃん。私がワガママ言って、お兄ちゃんの気持ち考えてあげられなかった」

「っ! そんなことはねぇ!! 俺は!! 俺はただお前の兄になりたかっただけなんだ!! お前の我儘だって聞いてやる!! あぁまだなんとかなるさ!! してみせる!! 待ってろ、今すぐそこの平凡騙して、お前に気づかれないように、お前を救ってやる!! あぁ、万事オッケーだ!!」

「辛かったよねっ・・・!! ごめんねっ・・・!!」

「クソ親父のことだって心配すんな!! 今すぐ殺してきてやるから!! そうすりゃもうお前は自由だ!!」

「もういいんだよ・・・」


 凛さんはゆっくりと、御剣さんの手を取った。



「ほんとはお兄さんのことが大切だったんだよね」

「違う!!」


 体格が一回り違うのに、まるで母と息子のようだと思えてしまう。



「巻き込みたくなかったんだよね」

「ちがう、ちがう。それを認めたら俺は!!」


 でも、間違いなく家族がそこにいた。



「友だちを、巻き込みたくなかったんだよね」

「お前の兄じゃいられねぇ!! 家族と他人を同列で語っちまったら!! 天秤が迷うことがあったら!!」


 きっと世界は優しくない。単純な話、凛さんが終わるか、私が終わるかの二択。



「やだなぁ、お兄ちゃん」


 でもきっと、世界が優しくないから、人は優しくなれるんだと思う。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!!」


 あぁ、やっぱり私じゃ御剣さんの心までは届かなかったんだ。いや、凛さんじゃなきゃ、ダメだった。



 啜り泣く声。そして、酷い涙声が聞こえてくる。



「・・・何やってんだ、俺は。バカかよ」


 掌で顔を覆う御剣さんが、小さく呟く。

 顔を見せないまま、彼はこちらを見つめてくる。



「なぁ、平凡。お前が憎かった。憎くて、でもどうしようもなく、お前のことを気に入っちまってた」


 その言葉を聞いて、涙腺を伝うものがあった。

 涙じゃないと思う。きっとこれは、涙なんて言葉で片づけていいものじゃないと思うから。


 兄妹は手をつないで、私に向き合った。


 この事件の解決方法は、凛さんが私を犠牲にしてでも助かりたいと思うこと。そして、私がそれに協力する。御剣さんは凛さんと一緒になって、私に話をしてくれれば、解決した、実に大きくて小さな事件。


 凛さんは私を犠牲にしてまで助かりたいと思う人物ではない。だが、もう、私が勝手に犠牲になることを選択した。なら、もう協力するしかない。



「今更だ、あぁ、今更だ。無様なのは分かってる。みっともねぇのは分かってる。それでも言わせてくれ」

「はい、私も聞きたいです」


 本来あるべき解決法を御剣さんは話そうとしていた。私はその言葉を、きっと最初に聞いてあげるべきだった。だから、今度はしっかり聞かないと。



「出来るだけ守る。守り抜く。クソ親父を倒すために何年かかるか分かんねぇ。下手すりゃ親父の痴漢を証言してもらうことになる。周りは敵だらけだ。お前を殺そうとする奴だっている。きっとまともな人生はもう送れねぇ」


 人生。

 それは、大学に入って度々聞いた言葉だ。人の一生。生きていく道。


 堂島さんは、人生で勝ちたいと言っていた。

 万城目さんは、人生で無駄な時間を過ごしたくないと言っていた。


 二人の言い分は、恐らく、誰しもが心の中で持ち合わせている感情なのかもしれない。


 私の今までの人生は、逃げだ。ずっと、回れ後ろをして、ひたすらに停滞していた。

 きっと、逃げていた分、立ち向かう必要がある。



「俺ら兄妹のために、人生をくれ」

「お願いします」


 相手は誰なのか、何物なのか。きっとそれは関係ない。どうでもいいこと。

 何のために立ち向かうか、それが重要なんだ。



「人生くらい、いくらでもあげますよ」



 だから、私は立ち向かうんだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ミヤと弓弦くんの過去の関係や終わりに対してまっすぐ正反対なのが、とても苦しくもあり、しかしそれでも良いと言ってくれた今の弓弦くんの覚悟に胸打たれます。最高です。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ