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状況が一切好転しねぇ。
凛を傷つけないために、あいつを守る。守るあいつから、画像を奪って、死んでもらう。凛に気づかれない形で消えてもらう。
もういっそ、凛を傷つけてもいい。あいつをぶん殴るか、騙すかして画像回収するか。そうすりゃ、凛は泣くだろうが、凛は守れる。
だがよ、それをやったら、凛は俺のことをどう思うんだ。
それでも兄だと、思ってくれるのか。
・・・いや、いい。まだ、何とかなる。してやるさ。実力行使は最終手段だ。
今は静かに準備してりゃあいい。チャンスが来た時に対応できるだけの準備。
実家に帰るというあいつに合わせて、俺は空教授に依頼する。
空教授は昔から御剣財閥と繋がりがあったもんで、俺とも面識はあった。当然っちゃあ当然だ。この大学の副学長だしな。加えて、クソ親父のことを嫌っている希少な人物だ。この大学でそんな人物は片手の指程度で数え終わる。それでもここで教鞭をとっていること自体が奇跡にちけぇ。
依頼したことは二つ。
あいつの情報を探ってほしいということ、鷹閃大学から離れるあいつを監視して欲しいということ。
得られた情報はデカかった。ここで俺は弓弦という名を聞くことになる。
弓弦にコンタクトを取って、あいつの大学での話を聞かせてやって、機会があれば復讐させてやると、場を整えると約束することになる。
思わぬ棚ぼたもあった。堂島から、芸能人のリストを手に入れた。
御剣関係の黒い噂に携わったであろう人物のリスト。
芸能の界隈では噂があったらしい。ジュニアアイドルに手を出している変態野郎がいるって噂がな。そいつらの携帯番号をあいつは流してくれたわけだ。正直、被害にあった奴らが口を割るとも思えねぇが、悪くはねぇ収穫だ。いずれ、武器として使える。
準備をして、準備をして、準備をして。ただ、チャンスを待った。
ひたすらにチャンスを待った。
凛の目が無くなり、あいつから画像を奪って葬り去る。そんなチャンスをひたすらに待った。
一日一日が酷く長く感じた。大学であいつといる時は、血反吐を吐きたい気分だった。
必死に我慢した。我慢して、歯を食いしばった。
あいつと凛が会話している時は、殺してやろうかとさえ思った。
凛になんて呼ばれてるか、それを知った俺の気持ちは泥のように粘りついて、黒より更に黒い感情で心を覆った。
兄と。
兄と呼ばれるあいつは、一体なんなんだ。
俺が必死になろうとしているものに、何であいつなんかがなってんだ。
そんなあいつを、なんで俺は必死こいて守ってんだ。
それは兄になりたいからだ。
凛の兄になってやりたいからだ。
おい、可笑しいだろ。なんだよ、それ。
なんで凛を守るために、お前を守らなきゃなんねぇんだよ。
なんで凛の兄になってやりたいのに、凛の兄を守ってやってるんだよ。
いや、違ぇ。元は全部、クソ親父のせいだ。そうだろう。そうなんだよ。そのはずなんだよ。凛が苦しんでるのだって、クソ親父のせいだ。
クソ親父が元凶だ。俺の敵は明確だ。あいつは敵じゃねぇ。
いや、それも違ぇな。あいつは敵だ。凛に命を賭けさせているゴミだ。
あいつさえいなけりゃ、こんな状況になんぞなっちゃいねぇ。
でもよ、あいつがいなけりゃ凛は救われなかった。じゃあ、感謝すべきか。
どこに、奴の何に感謝すべきだ。感謝よりも、憎悪が勝っているのに、何を言葉に乗せる。
憎むべき相手が日替わりで変わっていく状況だった。
そんな中でも、俺はチャンスを待った。
そして、結局は、チャンスなんぞ来る前に、凛が攫われた。
凛から助けを求める電話があった。あいつの家に行った。部屋はもはや、部屋の体を成してはいなかった。
凛の姿もなかった。状況を察するには十分だった。
クソ親父が動いた。それだけのこと。
あぁ、凛。俺はお前の兄になってやりたいんだよ。
6月、お前を救えなかった俺だけどよ。今度はお前のことを救ってやる。他の誰でもない、俺が救ってやる。
あいつに邪魔はさせねぇ。俺が救う。気づかせもしねぇさ。
あぁ、俺は凛の兄になってやりたいんだよ。
任せておけ、なんてことはねぇ。実に単純な話じゃねぇか。
元凶を取り除いてやればよかった。それだけで俺はきっと。
本当の家族になれる。