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「三つ、御剣さんが私と行動を共にしていた理由」
吸い込んだ息が冷たいのは分かる。一月の中旬を過ぎて、もう終盤に差し掛かっている。気温は一桁だろうし、空気も乾燥している。でも、吐き出した息までが冷たく感じるのは、異常だ。
目の前に異常がいるからだ。
「友だちだから、とか、くだんねぇことぬかすなよ。頭で考えるより先に手が出ちまいそうだ」
それでも、私は息をした。
深く息をした。彼との答え合わせを中断するなんて、そんな野暮なことをするつもりが一切なかったから。
「あれは、監視です。私という人物を徹底的に監視する為」
「そうか、お前はあれが監視なんて生ぬるい感想か。あれは拘束だ。お前を逃がさないための拘束に決まってんだろ」
怪物が息をする。灼熱色の吐息は、炎となって私を包みこんだ。
「お前を、鷹閃大学から逃がさないためのなぁ!」
脳裏に今までの彼の行動が蘇る。
彼が堂島さんの飛び降りを防ぐために協力してくれたこと。嘘つきゲームに参加してくれたこと。
面白そうだ、そういって彼が手を貸してくれたことは、その実、彼が私を退学させないためのもの。
はっきり言うと、彼は私に協力したことなんてない。
彼は、自分自身がそうしなければいけなかったから、そうしたまでのこと。それだけだった。
心が砕けそうだ。どうしようもなく粉々になりそうだ。
頭の中では理解していても、それでもどこか、彼とは手を繋いで、あのゲームを乗り切ったと思っていたから。
どうしようもなく、楽しかったのは事実だから。
それでも歯を食いしばって、答え合わせを続ける。
これが、これだけが、彼を止める一つの方法だと信じて。
例え、彼が私を塵程度にしか思ってなくても、私にとって、彼は太陽そのものなのだから。
ありし日の私なのだから。
「・・・四つ目、空教授」
「おいおい、平凡。苦しそうだな。そろそろ辞めて帰った方がいいんじゃねぇの?」
その問いは、酷く優し気なもので、まるでこちらを気遣うようなものだった。
その問いに、私は素直に返す。
「・・・帰りたいですよ。ただでさえ寝不足で、目の前に怪物がいるんです」
「じゃあ帰れ」
「帰りません」
そうだ、なんでこんな苦しい思いまでして、ここに立っているのか。
そんなの分かり切ったことじゃないか。
目を覚ませ。言葉にしろ。
血液が巡る、全身が凍えて固まっていた中、全てを燃やせと訴えかけてくる。
願いなんか、たった一つだろう。
それを言葉にするだけ、叫べばいいだけ。
咆哮しろ。ぶっ放せ。
「私が帰りたいのは、凛さんが笑顔で待ってくれているあの部屋なんだ!!」
息が熱を取り戻す。吐いた息が、決意とともにうねりを上げた。
「空教授が私の地元に来たのは貴方に言われて私の素性を探るため!! そこで私の過去を知って貴方に伝えた!!」
心臓が煩い。一旦止まれと、自分の身体が呼びかけるが無視をした。
「五つ! 貴方が堂島さんから何を受け取ったか!! これは武器だ!! 貴方が闘っている相手を倒す為の武器だ!!」
何故、私はこんなに必死になっているんだろう。
息を灼熱にまでして、声を張り上げているんだろう。
「六つ! 凛さんの奇行の数々!! 凛さんは運命を感じて私の部屋に来たんじゃない!! 私の部屋に居座っていたんじゃない!! 警察ですら屈服している相手から私を守るために私の傍にいたんだ!! 憎かったですよね!? 御剣さんが命を賭けて守ろうとしているものが自らの命を危険に晒してまで守ろうとしている私が!! 堪らなく憎かったんですよね!?」
分かりきってんだよ。んなことは。
「七つ! 弓弦さんの行動!! 空教授から過去の話を聞いた御剣さんは弓弦さんとコンタクトを取って私に復讐させようとした!!
それは第三者が荒らした私の部屋から目を背けさせる為!! 私の部屋が誰に荒らされたか分からなくする為だ!! 同時に時間稼ぎも行わせる予定だった!! 本来なら私がここに居ること自体が想定外だ!!
でもそうはならなかった!! 弓弦さんが私を導いてくれた!! 貴方は過去の確執だけで弓弦さんを推し量ろうとした!! はっきり言ってやる!! 弓弦さんを甘く見るんじゃない!!」
こんな馬鹿を守ろうとしてくれた小学生がいんだよ。
背中を押してくれた奴がいんだよ。
「八つ!! 監視カメラ!! これは簡単だ!! 凛さんが取りつけた!! 私の部屋を監視するため取り付けた!! 第三者が現れても私を守れるよう取り付けた!!」
それに気づいたらもう、逃げらんねぇだろうが。
無様な姿は見せらんねぇだろうが。
「九つ!! 銃弾!! 私の部屋に転がっていた銃弾は御剣さんがある人物を殺すために用意したものだ!! だからこんな住宅街にいるんですよね!? だから銃なんてものを用意してるんですよね!?」
かっこつけたいんだよ、全力で。
「最後です!! 6月の事件! これが全ての発端だ!! 私が部屋を荒らした第三者から狙われるようになった発端だ!! 私は凛さんを痴漢から救った!! でも可笑しな話じゃないですか!? 何度も痴漢被害にあってたんですよね!? 何でずっと凛さんは電車で通い続けたんですか!? 簡単な話じゃないですか!! 親がそう決めていたんだ!!」
「なぁ平凡。それを言ったら御終いだ。分かってんのか?」
「構いません!!」
救ってやりたいんだよ、全力で。
御剣さんも凛さんも、救ってやりたいんだよ。
「痴漢をしていたのは!! 現御剣財閥当主!! そして鷹閃大学外部委員会総括責任者!! 御剣さんと凛さんの父親だ!!」