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御剣さんは、深く息を吐いた。私も同じく息を吐く。
示し合わせたように向き合う私たちは、知らず、互いに口を開いていた。
「やっぱり気に食わねぇんだよなぁ。お前のこと。なんか知んねぇけど、はなっから気に食わねぇ」
「奇遇ですね。私も何故か気に食わないですよ。何時か絶対、ギャフンって言わせたいと思ってました」
彼も私も嗤った。お互いに思ってることは一緒だった。最初から、この人の言動にイラっとした。この人だけは、どうしようもなくムカついた。それはきっと、彼も同じで。
だからこそ、私たちは対等だった。
「じゃあ、初めから聞かせろよ。お前が思う、答えを」
「では、一つ、御剣さんと凛さんの関係性」
「従妹だって言ってんだろうが」
「妹ですよね?」
最初に彼が付いた、本当に小さな嘘。だけれども、どうしても私に対して吐かざるを得なかった嘘。
凛さんと共謀して、この嘘を守り通した。
「一応聞いとくぜ、何でそう思った?」
「私の情報が、互いに共有されすぎていました。日常的に合っていたとしか思えません」
大学で会ったことは、御剣さんから凛さんへ。
田舎に帰るということは、凛さんから御剣さんへ。
「最も大きな違和感は、凛さんの誕生日会でした。貴方は言ってました、今まで一度もまともに祝ってやれた事がなかったと。そんな後悔をするのは、いつでも一緒に祝えた可能性のある人物だけだ」
つまりは、同じ家に住む人物。そして、家族しかありえない。
この結論を聞いて、彼は静かに嗤って、その口から肯定した。
「あぁ、そうだ。俺と凛は兄妹だ」
だからどうした、そう言わんばかりの彼は、少しだけかっこよかった。
「続けろよ」
「では、二つ目。御剣さんとの最初の会合」
「ほんと、つまんねぇことまで覚えてんなお前」
「あんな強烈な会話、そうそう忘れませんよ」
「んだよ、ったく」
「それが貴方のミスだ。いや、ミスというよりは、そうする他なかったんです。嘘と真実を交えて会話するしか、貴方に方法はなかった。結果的に、失態を犯すことになっても許容するしか」
彼との最初の会合で、彼が言ったことは以下の通りである。
自身がロリコンだということ。
凛さんを助けてもらった礼がしたかったこと。
大学内で、風貌だけを頼りに、私を探し当てたこと。
凛さんと直接的な血の繋がりはないということ。
ロリコンについてどう思うかということ。
字面が酷すぎる。何故、ロリコンという文字はここまでシリアスな展開さえぶち壊す力を持っているんだろう。
でも、彼にはそうしなければならない理由があった。
「まず、御剣さんはロリコンじゃない。それらしい言動を、私は凛さん以外にしているのを見たことがない。おそらく凛さんと話を合わせてそう装った。ロリコンについてどう思うか聞いたのも、ただそうする必要があったからだ」
彼は堪え切れず、噴き出した。こんな場面に似つかわしくないほど、嗤い飛ばした。
「なぁに真剣に語ってんだよ。そんなの分かりきった事じゃねぇか。大体よ、初対面の奴にいきなり性癖バラすかよ」
「凛さんを助けてもらった礼がしたかったこと、風貌だけで私を探し当てたこと。これも嘘ですね? いくら考えても、風貌だけで大学から私を探し当てることなんて不可能だ。私のことを事前に調べていたんです」
「あぁ、嘘に決まってんだろ」
「だけど、凛さんと血の繋がりがないというのは、本当ですね」
「ほぅ、で? お前はどんな答えを出した?」
答え、答えか。
それを私に聞くのは間違っている。この答えを出したのは、他でもない彼自身だ。
「闘うためです」
闘うと、心に決めていた彼が出した答えがこれだ。
自らをロリコンと偽り、私の前に現れ、私の事を確認していった彼の答え。彼の英断。
「なるほどな」
彼は噛みしめるように、呟いた。それはどこか、自分自身を客観的にみたらどう見えるのか探っているようで。
それがどうしようもなく、不気味だった。
もしかしたら。
もしかしたら、彼は闘うとか、そんな決意は持っていなかったのかもしれないんじゃないか。
そんな壮大な決意などなく、あるがまま、そうすることが彼の自然だとしたら。
彼はもう、人の枠をとっくに逸脱している気がしてならない。
怪物のような気がしてならない。
「まぁ、結局、お前はそこ止まりなんだな」
彼の目が酷く冷える。見つめる視線は、絶対零度で、私を射貫く。
何を弱気になっている。
まだ、まだだ。答え合わせはまだ終わってなんかいない。
でも、どうしてこんなに不安なんだ。
私は本当に、彼を止めることが出来るのか。もうそんな次元に彼はいないんじゃないか。
「どうした、続けろよ平凡」
簡単に終わりそうにない。分かっていたこと。
拳を握りしめて、彼と対峙する。朝日がそんな私たちを照らしていた。