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「分かりました」
少し深呼吸をした。寝不足な頭に酸素を送ってやりたくて、深く深く息を吸う。
その際、取り込んだ空気が寒すぎて、少しだけ鼻がツンとなった。
私の呼吸音が、本当にわずかながらに音を立てた。
肺に酸素が行き渡ると同時、私の脳裏に今までの記憶がよみがえる。それをまるで本棚から本を引っ張り出すようにして、頭の中で掲示する。
覚悟は決まった。口を大きく開き、詐欺師のように大仰に振舞う、述べるは論点。
「問題は全部で10題」
彼と過ごした期間、彼が行った行動、私の見回りに起こった出来事。問題にすべきは以下の点だ。
「一つ、御剣さんと凛さんの関係性」
聞いた彼は素早く、鋭く切り返す。
「つまんねぇ問題だしやがって、ただの従妹だっつーの」
彼は嗤った。私も嗤った。
「二つ、御剣さんとの最初の会話」
「つまんねぇこと覚えてんなぁ! 凡人らしい! 反吐が出る!」
悪役のように、そして、心底愉快だと言わんばかりに彼はその口元を吊り上げる。それが益々不気味で、得体の知れないものに片足突っ込んだ気分にさせてくる。
「三つ、御剣さんが、私と行動を共にしていた理由」
「問題提起が雑だぜ平凡! もっときばれよっ! つまんぇだろぉ!?」
「まだ問題提起だけです、焦らないで下さいよ」
提起していく全てが無駄だと言わんがばかりに、彼は言葉で薙ぎ払う。問題をバラされないよう、言葉で抑えた。こんなのまだ、序の口。私にとっても、彼にとっても戯言、言葉遊びの段階に過ぎない。
「四つ、空教授」
「ほんとしらけるぜ! 聞くに値しねぇ!」
社会学の教授の名前を私はここで提出した。教授との会合も不自然だった。しかも私自身、教授の口から彼の名前を聞いている。
「五つ、御剣さんが堂島さんから受け取ったもの」
「なぁ平凡! ずっと思ってたことがあんだよ!」
嘘つきゲーム。
堂島さんは出場するためのチケットを持ち合わせてはいなかった。そんな中、チケットを余分にもっていた人物がいた。何とかチケットを手に入れる為、堂島さんが出したのは交換条件だ。何を提出したのか。何を彼は受け取ったのか。
「六つ、凛さんの奇行の数々」
「お前はよく世辞を使うよなぁ!? どうでもいいこと、なんとも思ってもないことに世辞を使いまくってるよなぁ!?」
彼はもう、私の問題提起など無視をしていた。絶対の自信があるんだろう。
それはそうだ。これは何かも持ち合わせた人間が隠し通そうとした事実。才能も、財力も、権力ですら兼ね備えた人物が隠し通そうとした事実。
日の本に曝すには、不敬だと思えてしまう。その行為自体がどうしようもない愚行だと。
「七つ、弓弦さんの行動」
「世辞ってーのはなぁ! 相手に取り入ろうとして使う心にもない言葉のことだ! 人との距離が分からねぇ奴が使えるもんじゃねぇんだよ!! お前が使う世辞だと思っている言葉は世辞でもなんでもねぇ!! ただの侮蔑の言葉だ!!」
そうですか、弓弦さんを知らないと、貴方は言わないんですね。
いや、御剣さんと弓弦さんの間に何があったかということ。そのことくらい、私にはもう、察しがついていると理解しているんですね。
貴方はとっくの昔に、私の本質に気づいてたんだ。
それなのに、あくまで、真正面からという貴方のスタンスは、正直、どうしようもなく眩しい。色んなことから逃げ続けた私には、貴方の姿は身を焼くほどの太陽なんだ。
「八つ、監視カメラ」
「内心、馬鹿にしてたんだろ!? 嗤いながら口にしていたんだろ!? 分かる、分かるぜ!」
誰にも気づかれることなく、闘い続けたのが彼だ。
誰にも気づかれたくなくて、逃げ続けたのが私だ。
オーディエンスがいたら、私への声援など飛んでこないだろう、さっさと退場してしまえと、物を投げられるのがオチだ。
「九つ、銃弾」
「人を見下して! 見下げ果てて! 見限って!! 自分の足元にも及ばないと嗤っていたよな!?」
きっと、そんな関係だったから、大学の中で彼にだけどうしようもない悪口なんかを言ったんだ。
「最後、6月の事件」
「お前の本質なんてそんなものなんだよ!! 平凡!!」
あぁ、彼だけだった。私は大学で彼だけに確かに感じていた。
この大学で最初に会った時から、何故か私は彼だけに感じていた。
堂島さんにも、白銀さんにも、漣さんにも、万城目さんにだって感じたことがなかった。
今、ようやく分かった。
「そんなもので結構です。結局、私は私なんですから」
どうしようもなく、イラつくんだ。御剣さんは。
昔の私を見ているみたいで、イライラするんだ。
「だから、覚悟してください。御剣さん如きに負ける私じゃないんですよ」