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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
七章 人生くらい、くれてやる
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 外は未だに薄暗い。こんな大都会でも、夜明け前に居る人なんてまばらなもので、住宅街の一角にある公園ともなんとも言えない野ざらしでベンチが置いてあるこの場所には、私と御剣さんしかいなかった。


 寒い朝はどこまでも透き通っていて、ただ綺麗で、存在感が欠如している。


 いや、風景さえも消し飛ばす程の存在感を持った人がここにいるからなんだろう。



「なぁ、聞き間違いか?」


 相対する彼は、大きく見えた。きっと虚像じゃない。本当に大きいんだ。背負ってるものがまず違うんだ。


 瞳は紅蓮の色に染まっていた。あれも幻覚なんかじゃない。


 きっと、彼の本当のあり様なんだ。



「誰が」


 一歩、間合いを詰められる。ゼロ距離まで接近されたと思えた。

 寝不足の身体を無理やりたたき起こして、ベンチを立つ。

 そんなもので、私が怯むものかと、私も一歩、歩み出た。



「誰を助けるって?」


 その瞳は、どうしようもない怒りで染まっていた。やり場のない怒り。そして、覚悟を持った人間の目。


 ねぇ、御剣さん。本当は私のこと、憎くて仕方ないんですよね。でも、同時にどうしたらいいか分からないんですよね。


 貴方を見ていると、酷く悲しい。

 世界って、なんでこんなに優しくないんでしょうね。



「私が、凛さんを助けると、そう言いました」


 でも、世界が優しくないっていうなら、私はなりたいんです。優しくなりたいんです。私にとっての弓弦さんのような存在になりたいんです。それが自己満足だとしても、3年前、弓弦さんを助けようとした私は、紛れもない真実だったから。それを虚飾で塗り固めるのだけは、もう絶対に出来ないんです。



 御剣さんは、掌で顔を覆った。音が聞こえてきそうな程、彼は、歯を食いしばってこちらを睨む。



「お前、言ってる意味わかってんのか? あ?」

「分かってます」

「状況わかってんのか?」

「全部わかってます。()()()()()()()()()()()()()()()


 声はただ反響した。人っ子一人見当たらない空間は、私の存在感よりも、彼の存在感を際立たせる。


 顔も、仕草も、体型も。どこをとっても完璧な彼は、その姿を小刻みに揺らした。

 揺らして、揺れて、揺蕩って、口から、笑い声を漏らした。


 私は、何度か彼の風貌を、勇者のコスプレみたいだと、そう感じたことがある。綺麗すぎる顔、流麗な仕草、銀色の髪。すらっと伸びた体躯は、話で聞くような勇者と寸分違わないと思っていたからだ。


 全く、勘違いも甚だしい。


 この人物が勇者だなんて、向き合っていれば心に抱くことすらない。



「全く傑作だなぁオイ。平凡、どの口がほざきやがる」


 そこには、正しく怪物がいた。化物がいた。


 こうも怖ろしい人物だったか、こうも危険な人物だったか。本能が逃げろと警鐘を鳴らして止まない。


 なるほど、理解した。

 彼の背負っているものを理解して、弓弦さんは、平凡のままの方がいいと言ったんだろう。

 平凡であれば、彼の背負っているものの本質を分かることなく、そのまま目を塞いで生きていくことが可能だから。


 ただ、それでも彼は最終的に私を救った。彼に挑むには、平凡では無理だと、偽りでは無理だと、自分を捨てさせてまで、前の私を思い出させた。


 きっと、平凡なままでいたら、彼と向き合うことすら出来なかった。気づけたくせに、気づかないふりをして、全部勝手に終わっていた。自分に害がないからという一点で、全てを完結させていた。


 誰かと向き合おうとせず、一人、身にかかる火の粉を払って満足していたんだろう。


 でも、もう決めたのだ。



「いくらでもほざきます。宣ってみせます。逃げたくないんです、自分から。自分の気持ちから」


 前に進むと、決めたから。



「私は、()()()()()()()()()()()()()()()



 言葉にすれば、なんて簡単な。どうして、この言葉は、身体ばかりが大きくなると、音声が小さくなっていくのだろう。この気持ちを、相手が分かってくれているなんて考え始めるんだろう。


 御剣さんと私は、最初の出会いから歪んでいた。


 歪んでいたことを良しとしてしまった。彼が何か企んでいると気づいていても、それを見て見ぬ振りを続けていた。


 本当に笑ってしまう。ラフィーさんと向き合うなんて言いながらこの始末だ。ラフィーさんとも向き合うといって、結局はずっと待ちの姿勢を崩さないで。


 だから、こんな面倒くさいことになってしまっているんだ。

 自分から答えを求めるべきだったんだ。



「御剣さん、()()()()()をしましょうよ」


 御剣さんは、嗤う。静かに嗤っていた。


 その声が大気を震わせ、風を感じさせる。歪な空間が、彼の嗤い声で満ちていく。そして、台風の目だと言わんばかりに、全てが穏やかになり、無音になって、彼は言葉を紡いだ。



「いやぁ、今世紀最大で面白かったぜ。とんでもねぇ馬鹿だ。どうしようもねぇ馬鹿だ」


 再度紡がれる声が荒れていた。怒りを何とか押し込もうとする声。

 大地が荒れるのではないかと思うほどの声で、御剣さんは続ける。

 一歩でも踏み出せば、そこは嵐だといわんばかりの迫力に知らず冷や汗をかいた。



「いいぜ。乗ってやる。まずは問題提起からだ」



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