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「方法なんて考えれば、それしか思いつかねぇんだよ」
弓弦さんは、もう私に発言すら許さないと言わんばかりに攻め立てる。
「放火されるところを携帯か何かに撮って、それをネタに揺すっただけの話。まぁ、やつらも塀か、自主退学かを選ばれたら、そら自主退学を選ぶに決まってる」
深く闇が下りてくる気がした。どうしようもない、暗闇だった。
「つまり、そのネタを掴むために、お前は放火されるまで黙って見てた。これから放火されるってにもかかわず、それを見過ごした。いやはや、大したもんだと思うぜ。友だちの家が放火されるのを黙ってみてたってんだから」
彼の言葉は止まらない。止まってはくれない。
当たり前だ。もうとっくに過ぎ去った出来事なんだ。止まることなど出来はしない。
「そんなお前だったていうのに、今のお前の姿見てると、どうしようもなく呆れてくる」
呆れ、か。確かに、昔の私が今の私を見たら指をさして笑うかもしれない。
「予想はつくぜ。俺との最後の会話から、話すことが怖くなったんだろう?」
その通りだ。
彼との最後が焼き付いて、結局は、私が人と分かり合えることなんてないと思って。人との関わり合いを最小限にしようと、縮んで縮こまった姿が今の私だ。
友だちのことすら理解出来ない私が、他の人を理解出来るとは思えなかった。彼が何故、私に怒ったのか、彼が何故泣いていたのか、それを深く理解することが出来なくて。
結局のところ、私は敬語を使うという、どうしようもない逃げに走った。
「平凡になりたかったんだろう?」
その通りだ。
せめて、そうすれば彼に少しでも近づけるかと思って。彼が考えていたことが分かるのではないかと、幻影に縋った。
テストでは、当たり前のような顔して平均点を取った。その次も当たり前のような顔して平均点を取った。その次も、その次も。
今まで出来たことも、やらなくなった。やらなくなって、やらなくなった。
そんな事をしていると、いつの間にか、本当に点数なんて取れなくなって、出来ていたことが出来なくなって。
こんな出来損ないに仕上がった。
「ひでぇ自己満足野郎だよ、お前は」
そうなのだ。誰が一番始末におえないかなんて、分かり切っていることだったんだ。自分自身がどうしようもなく始末におえない。
あぁ、そんな事、分かっちゃいるんだ。
「もう帰れ。お前が出来ることなんて、お前に何かして欲しい奴なんて何処にもいねぇんだよ」
確かに、そうなのかもしれない。
何度か考えたことがある。
自分が居なければ、弓弦さんはこのまま、地元の高校で過ごしていたのではないか。
自分が居なければ、ラフィーさんはあのまま、笑って過ごしていたのではないか。
自分が居なければ、堂島さんはおそらく、ブログに嘘を書き込む必要がなかったのではないか。
自分が居なければ、白銀さんはどうしようもなく、失恋だと割り切っていたのではないか。
自分が居なければ、生徒会長はずっと、カーストの最上位に位置していたのではないか。
自分が居なければ、漣さんは、万城目さんは、サークルの為に身を焦がすことはなかったのではないか。
「・・・そうかもしれません」
ではもし、本当に、仮の話。
自分が居なければ、凛さんはどうなっていたのだろう。
あんな偶然まがいの出来事で助けてしまった小学生は、どうなってしまったのだろう。
私が人を救うなんて、出来はしないと、そう思い込んでいる事実に楔を打ち込む出来事。到底、認めることが出来ない事実。
分かっている、これを肯定したら、今向き合ってる彼を肯定出来ない。
両方認めてしまったら、自己満足もいいところだ。分かっている。
「でも、だったらどうして。どうしてなんですか、弓弦さん」
気づけば、涙が出ていた。嗚咽混じりに自分の声は、酷く他人の声なような気がして。
「ごんなもの寄越ずんでずか・・・?」
くしゃくしゃになったソレ。彼が場所が書いてあると言った紙の資料。ポストに無造作に突っ込まれたA4の紙。
ただの数字の羅列が書いてある、紙だった。