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「いやいや、どうして中々。心に来るものがあったぜ」
弓弦さんは手を叩いて、目を細める。その饒舌ぶりはいつかの自分を見ているようだった。
「聞いてやるよ。時間かけてゆっくりと聞いてやる」
彼は両手を頭の後ろで組んで、私の言葉を待つ。
私は、一つ質問をした。
「弓弦さん、私の家に置いてあったもの、覚えてますか?」
「・・・なんだよ、その質問?」
「いいから答えてください」
「覚えてねぇよ、そんなもんいちいち」
「答えられないんですよね?」
あの部屋のあり様を全く覚えていないという言い訳は通用しない。監視カメラ、銃弾。こんな非日常的なものを簡単に忘れることが出来るものか。
「貴方は、あの私の部屋に入ってなんかいないんです」
これが今回の核心だ。
「随分強引な結論じゃねぇか」
「強引でもなんでもないんですよ。他にも貴方が部屋に入っていないと思える箇所はいくつもありました。決定的だったのが、電話です」
「電話?」
「姿を見せるつもりだったら、部屋の中に居ればいいだけの話です。なのに、貴方はわざわざアパートから離れた道路に立っていた。どう考えても不自然じゃないですか」
「あー、・・・まぁ、いい。反論なら思いつくが、とりあえず聞き流しておいてやるよ」
弓弦さんは、こちらにわずかばかりの視線を寄越した。その仕草は、昔となんら変わりのないもので、私は少しだけ、本当に少しだけ、以前の彼の面影を見た。
「では結論だけ先に」
私は、そう言って強く拳を握り締めた。
次の言葉を強く発音する為に。
「貴方は、凛さんを誘拐なんてしていない」
これだけは、確信を持って言える。彼は誘拐なんかしちゃいない。部屋に居たはずの凛さんを、部屋に入らず誘拐なんて出来っこないのだ。
ただ、実は分かっているのは、ここまでなのだ。
一体、部屋で何があって、どうして彼がここにいるのか。説明出来ないままの特攻だ。いつもの私らしくない。いつだって、リスクというリスクを排除してきた私の考え方からは程遠いスタンス。
だが、欲しい情報は、弓弦さんが握っているはずなのだ。
電話の繋がらない凛さんを探すためにも、それは必要な情報で。
だから、私は。
「黙って聞いてりゃ、全く呆れたもんだぜ」
彼の声は、寒空によく響いた。大きい声、というわけではない。妙に透き通った彼の声は、よく空気を震わせた。
「一方的に相手を問い詰めるのが、お前の言う答え合わせかよ。そんなの、刑事の詰問となんら変わりねぇ」
ゆっくりと空気が変わった気がした。どうしようもない大きな渦が私を飲み込もうとして押し寄せてきているかのような。
「それなら、俺もお前の形式に則ってやってやる。過去の答え合わせだ。ありがたく聞けよ」
そうですよね、すんなり行くわけないですよね。知らず、歯を食いしばる。
過去と対峙しているんだ。過ぎ去ったものが、行く手を阻むというなら、こんな温いもののはずがない。
「さて、過去のお前。つまりは、ミヤがやった事。これを一切合切話さずに、決着をつけるってのは野暮だろ?」
彼は詐欺師のように大仰にふるまった。その振舞いが、私を酷く焦らせる。
「お前がやった事は、学生二人を退学させた事。これは間違いないな?」
「はい、間違いありません」
「まぁ、そうだな。当時の俺は結果しかわからなかったもんだよ。というよりも、結果にしか目がいかなかった」
「・・・何が言いたいんですか?」
「いやなに、簡単な話だ」
あぁ、彼は気づいてしまったんだろう。ここまで来て、私はどうにも最初から旗色が悪かったことを悟った。その言葉は、私にとって何よりも痛いものなんだ。
「木造の神社だぞ? しかも、それほど大きくない、こじんまりとした神社が、何故、小火で済んだのかって話だ」
「・・・」
「聞けよ、ミヤ。結果があったなら、方法があっただろうっていってるんだ。奴らを退学にした方法が」
聞いています、と口から弱弱しく漏れる。
彼の答え合わせは、苛烈で獰猛だが、避けて通っていいものではない。聞く義務が私にはある。
「お前さ、うちが放火されるの黙って見てたろ?」