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あれから、6時間ほど。夜もすっかりと更けていて、雪が積もっているこの地域では、吐息が白くなるのを視界の隅で認識出来た。
「随分と早い到着だな、ミヤ。よく場所がわかったもんだ」
弓弦さんは、神社の境内に座っていた。特に何かをしていた訳でもなく、虚空を見つめていたらしい。それが酷く様になっていて、なんとなく、神秘的だと思ってしまった。
「当然です。当然に決まってます」
なんということはない、この場所しかありえない。ただそれだけの話なのだ。
弓弦神社以外に、どこに来いというのだ。
酷く狭いこの場所は、商店街の隙間に作ったような形をしていて、かといって、無理やり土地を確保したような場所でもない。ただ自然とそこにある、その表現が正しい場所。
そこでかつてのように、私たちは向き合っていた。本当に、いつかのように向き合っていた。
「まぁ、立ち話もなんだし、座れよ」
彼は顎で、自分の隣を示すと、私に促す。私はそれに異を唱えることはせず、彼の隣に腰を下ろした。
「さて、と。まぁ、俺の犯行動機なんてわかっちゃいるとは思うが、復讐だよ」
彼は、私に目線を合わせなかった。ただ、虚空を見つめて、ポツリポツリと語り出した。
「お前に全部めちゃくちゃにされた、だから全部めちゃくちゃにしてやろうと思ってな」
「・・・高校一年のことですね」
「そうそう、お前が余計な事をしてくれたばっかりに、俺がとんだとばっちりを喰らった件だよ」
「とばっちり、ですか」
「それ以外どう言えばいいんだっつーの」
私は少し寒くなった指先を、重ね合わせるようにして擦る。心まで寒くなってしまわないように、せめてもの抵抗だった。
かつての友達と、向き合うための心の準備。深く深呼吸をして、冷たい空気をかっくらう。
「弓弦さん、私はあの時のことをずっと後悔していたんだと思います」
私はコミュニケーション能力というものが欠如している。人に上手く話を伝えることが出来ない。
それでも、言葉にしなければ伝わらないんだ。どれだけ言葉を上手く扱えなかったとしても、表現しなくちゃいけないんだ。
分かっている、この口が、この私が、語るのは烏滸がましいことだとは分かっている。許されないことだとは分かっている。今更どの口がとは思わなくない。
ただ、そうだったしても、逃げることだけは、もうしたくない。
「でも、違うんです。違ったんです」
先生が、私に付きっ切りで何かを教えてくれようとしてくれたこと。
御剣さんも、堂島さんもこんな私と向き合ってくれてこと。
漣さんも万城目さんも立ち向かってきてくれたこと。
白銀さんは、一切、逃げなかったこと。
「本当は、あの出来事を後悔していたんじゃありません。あの時、弓弦さんと向き合わなかったことを後悔してたんです」
ここで向き合わなかったら、ラフィーさんと向き合うことなんて出来はしない。
「私はどうしようもない人間だと思います。自分勝手に貴方を救ったつもりになって、その実、何も救うことが出来ませんでした。それどころか、貴方を追い詰めました。今でも鮮明に覚えています」
本当にどうしようもない。
弓弦さんが復讐したくなる気持ちもわかるし、なんならその手伝いをしなけばならないと使命感に駆られてすらいる。
「貴方と初めて会ったのは、校庭だったことも覚えています。実は、高校に入って初めて声を掛けたのが弓弦さんだったんです」
周囲の人間と話が合わず、途方に暮れていた時、自分以上に途方に暮れている彼は、私にとって神様のように見えた。
「貴方と帰り道を一緒に帰ったことも覚えています。何気ない会話が私をどれだけ嬉しくしてくれたか、知っていますか?」
今となっては昔。自分は、何でも出来た。何でも出来るつもりになっていた。
高校に入ってから、何でも出来るということは、色眼鏡で見られるようになる。教師が、生徒が、自分を何か特別な存在のように見てくるのがどうしようもなく嫌でたまらなかった。
そんな時はいつも、帰り道に弓弦さんを探した。この人は、この人だけは、自分をありのままに見ていてくれている気がして。
内心、ずっと彼に縋っていた。
「貴方との最後の会話も覚えています。一字一句漏らさず。どうしようもないほど貴方の名前を叫んでいたことも」
そんな彼が、最後に漏らした言葉を私は聞いていた。
どうしようもない笑顔で、涙ながらに語った言葉は、私を深く突き刺して、心を縛った。
「だから、出来ると思うんです」
だから、今、弓弦さんと向き合っているなら。
もう、終わりにしようと思う。
3年前、真実は嘘だと学んだ。嘘が容易く許容される真実を見た。
だからといって、私までが嘘を許容していいはずなんてなかったんだ。
「答え合わせを、しましょうか」