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「聞いたー? 杉谷と柏田がさー、退学だってー」
ある日、僕がいつも通り学校に登校し、席についた瞬間聞こえてきた女生徒の声は、僕の心を酷く揺さぶる。
聞こえてきた声は、僕をいじめていた主犯が退学したという内容だった。
◆
放課後。
「どうした? こんなとこに呼び出して。学校でお前から会おうって言われるのは初めてだな」
彼はいつも通りの調子だった。
屋上で、風が強く吹いているにも関わらず、その立ち姿は堂々としたもので、いくら風が吹いてもその尊厳は揺らぐ姿は見えなかった。
僕は考えが纏まらないままだった。ぐちゃぐちゃになった思考をどうにか元の形に戻そうとしては、思考をバラバラにしてしまう。
それでも僕は、彼と話すと決めていた。
「やったよね?」
「やったって何を?」
「君なら僕が言おうとしてることなんて分かるでしょ?」
「・・・」
彼は初めて僕との会話で口を噤んだ。饒舌な彼が初めて、口を噤んだところを見た。
「退学させたんでしょ?」
根拠なんてない。実際、先生にも話を聞きに行ったが、二人は家の都合で自主退学ということだった。
だが、いくらなんでも、あの二人が自主的に退学するとは思えない。むしろ、誰かに自主退学させられたと考えるのが普通だ。
そして、僕には、退学させるなんて大それたことが出来る人物には一人しか心当たりがいなかった。
「君が」
彼以外、心当たりはいなかったのだ。
「・・・、喜ばねぇのか?」
初めて見る、彼の困惑した顔だった。
「よーく考えて見ろよ。これでお前がいじめられることはもうねぇんだ。お前は何とか隠し通そう、我慢しようとしてたが、そんなの絶対無理だ。この狭い田舎で虐められてるって事実を隠しながら、家まで放火されて、残り2年間を過ごすなんて、どんなに精神強ぇ奴だって土台無理なんだよ」
その言葉を聞きながら、僕の唇は震えていた。
「主犯のあいつらがいなけりゃ、後の奴は何にも出来ねぇさ。それこそ、あいつらだけが邪魔だった。後は2年間平穏無事に過ごせる。喜べよ。もうお前を脅かすものはねぇんだし」
震えた唇から言葉が出ないよう、必死に下唇を噛んだ。痛いと思えるくらい、強く、強く噛んだ。
「それにもう終わった事をとやかく言うのは、やめようぜ。さっさと帰んぞ」
そこで、限界だったんだと思う。気づけば、唇が大きく開き、言葉を発していた。
「やめてよ・・・」
「ん?」
「やめてくれって言ったんだ!!」
そこからはもう、堰を切ったように僕の口から言葉は止まらなかった。
「そんな事僕が何時頼んだ!? 助けてくれって!! 苦しいって!! 僕が一言でもいったかよ!?」
彼に対して、こんなに感情を爆発させたのは今までにあっただろうか。
分かっているんだ。こんな事、本当は彼に言うべきなんかじゃない。僕がどうしようもなく子供なだけで。
「上から見るなよ!! なんでも出来るからって、なんでも勝手に決めつけるなよ!! 誰も君のように生きていけるわけじゃないんだ!!」
でも、そんなどうしようもなく喚き散らして、惨めで、救いようのない奴でも、ひとつだけ願いがあったんだ。欲張りでもなんでもない、決して叶わないというほどでもない願い。
「もう、ほっといてくれよ・・・」
彼と対等でいたい。そんな願い。
多分、もう叶わない、そんな願い。