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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
過章 誰にだって言いたくない過去がある
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「なんだお前。家燃やされても、なんもできねぇのな。ならもっと派手に燃やせばよかったわ」


 昼休みの屋上。いじめっ子に呼び出された僕は、そう言われた。





 結論から言うと、小火で済んだ。


 ただ、その事実はこの狭い田舎の町を駆け巡り、むしろ、実際の火よりも、噂話のほうが激しく炎上していた。

 犯人は誰なのか、僕の家にどんな恨みがあったのか。あること、ないことを多分に含んだそれは、勿論、学校でも大きなニュースとなっていた。

 その所為か、いつも以上に肩身の狭い思いで学校を過ごすことになる。


 この時の僕は、犯人を知っていた。こんな事をやるのは、私をいじめている奴らくらいなものだと、心の奥底から言いようのない確信が沸き起こっていたし、昼休みに呼び出せれて屋上に行けば、自白ともとれるような言葉を聞かされた。


 だというのに、胸の内を誰にも話すことはなかった。話したら一体、どんな事になるのか。それが堪らなく怖い。少しの勇気も振り絞ることが出来ずにいた。


 そんな状況でも、彼だけは変わらず話しかけてきてくれた。

 後、幾日かで1年生が終わろうとしている、そんないつもの風景。


 田舎といって差支えの無いここは、建物も道路も、いや、景観全てがどことなく殺風景であり、そんな中を二人で帰り道を歩く僕たちは、やっぱり少し霞んで見えるのだと思う。決して、煌びやかではないのだ。煌びやかな青春などではないのだ。


 それでも彼は、自分自身が煌めいていればいい、そんな立ち姿で私の隣を並んで歩き、いつものように偉そうな口調で宣った。



「もうすぐ一年も終わりか、かったるかったな」

「そうだね」

「大体、授業がつまんねぇんだよ。そう思うだろ?」

「いや、そうは思わないけど・・・」

「話合わせとけよ、そこは」


 彼はもうすぐ一年が終わるということを仕切りに話していた。こんな人物でも時期の節目というのは重要に感じられるのだろうか。



「とりあえず、春休みに入ったら5日間くらい俺に付き合えよ。ぱぁーっとどっか遊びにいこうぜ」

「5日間も何するのさ?」

「そん時決めればいいだろ、察しろ」

「はいはい」


 彼とのこういう何気ない会話は、結構好きだった。自分本位で話すのだが、それが妙に肩ひじ張らなくて楽だった。


 彼は一度、会話を区切ると、言いづらそうに口を開く。



「あー、お前んちさ。燃えたんだって?」


 話題の転換としては、これぽっちも魅力的ではないが、私は続ける。



「うん、燃えた。小火で済んでよかったよ」

「ふーん、まぁ興味ねぇがな」

「なら、聞かなきゃいいのに」

「いや、話題なんて興味のないことこそ話すべきなんだよ」


 何を言っているか、全く分からない。彼は宇宙人か何かではないかと、僕は密に感じていた。



「まぁ、家族もケガはなかったんだろ? 不幸中の幸いだな」

「そうだね。うん、そうだね。よかったよ」

「・・・そうか、お前は()()()()って思えるんだな」


 ここで、一瞬、時が止まったと思った。


 僕は一体、なんと言葉を彼に返したのか、再度確認する為、ほんの少しの時間を要したのだ。


 今、僕はよかったと、自身の口から確かに述べた。


 よかったのだろうか。

 いじめられて、挙句、家に火を放たれ。

 確かに怪我人はいなかった。確かに死んだ人間なんていない。


 でも、よかったのか。

 本当によかったのか。

 何で、よかったなんてこの口から発することが出来るんだ。

 何で、怒りのまま奴らに一発食らわせることが出来ないんだ。


 それは、どうしようもない逃げなんじゃないのか。



「まぁ、興味ねぇけど」


 彼はそう言って、私に視線を寄越すことはなかった。



「俺は一切興味ねぇよ。どうしようもないくらい興味はねぇよ」


 ただ、と小さく彼は呟いたのだと思う。その後に続く言葉を僕は聞くことは出来なかった。


 もうすぐ一年生が終わろうとしていた。高校最初の一年。

 僕がこの思い出を振り返るとき、どうしようもなく、彼との言葉、会話以外浮かばないのは何故なのだろう。

 だから、少しだけまばらな思い出し方になる。


 きっと、その答えを僕は未だに求めているのかもしれない。



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