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彼は、どうにも先生からの評価はよろしくないようだ。
一年を共に過ごしてきて、僕はその考えに至った。
なにやら素行がよろしくはなく、先生の授業にいちゃもんをつけることすらあるらしい。
らしい、というのも僕は彼とは別のクラスで、噂程度にしか聞いてはいないから。
ただ、テストの成績は他の生徒を突き放すほど断トツの一位。しかも、大抵の事は全て人並み以上に出来るというハイスペック。
ある意味、横柄とも取れるその態度が容認されているのは、その部分が大きいようだ。
そんな彼と何故一年間も共にいるのか。正直、自分でもさっぱりである。
しかし、どうやら自分が特別に頭が可笑しいというわけでもないらしい。
彼には、不思議な魅力がある。なんといえばいいか、人物を魅了する。
実際、彼を慕う人物が結構いるのも、この一年を通して見てきた。
最初の出会いからは考えれない、今の現状。
ただ、変わっている部分はそこくらいなもので、僕の本質は何一つ変わっていない。
そんな現状が、血反吐を吐くほど嫌いだった。
◆
「お前さ、いじめられてんだろ」
彼とは不思議と帰路を共にすることが多かった。別に帰る方向が同じと言うわけではないのだが、僕が一人で道を歩いていると、彼はどこからともなく現れ、横を陣取る。
一年生の終わりを告げる就業式が近づいていた頃。
もはやいつもの光景と言っても、差支えがない下校姿は、ただこの一言で背景の色を変える。
それは確信を持った言葉だった。同時に、それは間違いない事実である。
彼は僕以外にも、友人がいる。
僕は彼以外、友人はいない。
つまりはそんなところ。
入学式以降も上手く周囲に馴染めなかった僕は、段々と周囲から孤立するようになり、挙句、素行がよろしくはない人物達の目に留まった。文字にすると実に完結だ。もっと端的に言うなら、いじめれている。
今の現状の原因は一体どこにあるのかと問われれば、僕は分からないと答えを返す。何か失態をした訳ではない、誰かを傷つけた訳でもない。強いて言うなら、恐らく何もしなかったことが原因なのだ。何もしない僕は、高校生活を謳歌しようとしている他の生徒から見れば邪魔者以外の何者でもない。そういうことだろう。
ただ、その事実を家族と彼だけには知られたくなかった。
家族に知られるのは、何となく嫌だ。恥ずかしいし、惨めな思いになるのは目に見えてる。
ただそれ以上に、彼に知られるのは、嫌だった。もしかしたらという思いが止まらくなる。見限られたらどうしよう。もう友達ではいれなくなるのではないか。そんな卑しい思いが止まらなくなる。
彼とは対等でいたかった。
「いや、そんなことないよ」
だから、僕がこのように返すのは必然である。学校では、クラスが違う彼と極力合わないようにしてまで、僕が守りたい秘密なんだ。あっさりと認める訳がなかった。
「あっそ。まぁ、興味ねぇーし」
僕の言葉を聞いた彼は、いつも通りだった。ただの強がりであることはとっくにバレているのだろう。それでも、深く聞いてくることはなかった。そんな距離感が今の僕にとってはありがたかった。
「興味はねぇがな」
彼は飲み込むように同じ言葉を口にした。どんな思いで繰り返し言葉を言ったのか、僕にはわからなかった。
「もし、だ。本当にもし、だ。さっきの話とは全然関係ないが、やばい状況になってて、どうしようもなく助けが欲しいって時には、紙にでも書いて俺に提出しろ」
ぶっきらぼうな言い方だった。何故、そんな宿題の提出みたいな形式を取るのか。いや、恐らく深い意味はないのだろうけど。
「多分そんなことはしないと思うけど、一応聞いておくね。なんで紙?」
「口に出すのは恥ずかしいこととかあんだろ? 書いた文章を見られるのが恥ずかしいっていうなら、数字の羅列でも構わねぇ。とにかく、なにかしらのサインを送れってことだよ」
「数字の羅列で意味なんか伝わらないよ」
「伝わるにきまってんだろ。なんたって、俺だからな」
その自信は、初めて会った時から曇りのないものだった。
そんな彼が羨ましいと思う。憎らしいと思う。自分にない自信を持つ彼が妬ましい。この心のバランスが壊れないよう取り繕っている自分は、
酷く惨めだ。
こんな事を考えていた自分は、結局、彼に最後まで助けを求めるような事はしなかった。それが良い事だったのか、悪いことだったのかの判別なんて出来はしない。どう足掻いても結果は変わらなかったと思うのだ。
僕は一切変わろうとはしなかった。どれだけ学校がどれだけ苦しいものだろうと、自分の居場所がないものだろうと、僕は変わろうとしなかった。変わるのが怖かった。変わろうとして、結局、変われない事実を突きつけられるのが堪らなく怖かった。だから、結果は必然だ。
僕はいじめられている。
僕は友達作りが上手くはない。
僕は唯一の友達にすら、嫉妬の心を持ってしまっている。
それを許容してしまった自分が、引き金だったんだと思う。
彼とそんな会話をしてから家へ帰ると、ぱちぱちと家が燃える音が聞こえた。