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「楽しかった。やはり人狼ゲームはいいな、鴉」
「私は酷い目にあったとしか思えません」
「そう言ってくれるな。どうしてもお前とゲームがしてみたかったんだ」
あの後、すったもんだ紆余曲折したのち、何回か人狼ゲームをやり、解散となった。
今は、帰宅途中である。漣さんもどうやら帰るとのことだったので、途中まで一緒に帰ろうと誘われ、並んで道を歩いていた。
「お金の件が冗談じゃなかったら、今頃どうなっていたか・・・」
「必死にゲームやらせる為の方便だろう、あれは」
「どういうことですか?」
「御剣が、堂島が、万城目が、そして俺もか。鴉、本気のお前に勝ちたかったんだよ」
「嘘言わないでくださいよ」
それこそ酷い冗談である。私のような凡人、天才である4人の路肩の石程度の存在でしかないだろうに。必死も何もあったものではない。
というか、先程から引っ掛かることがあるのだが。
「漣さん、カラスって、私のことですよね? 先ほどのゲームの時もちらほらそう呼ばれていたように思うんですが・・・」
「ん? ああ、なんだ知らないのか。嘘つきゲーム以降、一種の噂話が広まってな」
「噂話、ですか」
「鷹閃大学の学生はよく鷹に例えられる。才気、雄々しさ、そういったものを体言してほしいという願いも込めてのことだが、嘘つきゲームで垣間見えたお前のそれは、鷹と表現するより鴉と表現するに相応しかった。中々皮肉がきいているだろう?」
「だから、鴉、ですか。なんと言っていいか」
「ちなみに広めたのは俺だ」
「何やってるんですか」
この先輩は私をどうしたいのだ。聞いててソワソワするし、凄く嫌な呼ばれ方なのだが。
「なに、負けた腹いせだ。悪く思うな」
「思いますよ。子供みたいなことしないで下さい」
意外に器の小さい人だ。私はそう思いながら、前を見てただ歩く。
そこからは少しばかりの間、会話はなかった。それも仕方ない。私は会話を苦手としており、私たちの間柄は少し顔を知っている程度のものでしかない。そうポンポンと会話など沸いてくるものではないのだ。
だからこそ、私は漣さんと一緒に帰ることにした。
そんな間柄の人間が、二人きりになるよう誘導までしたのであれば、きっと何か話があるのだろうと、そう考えたからだ。意味のない誘いなんてものはない。
今までの会話は、本題に入るまえのクッションのようなものであったのだろう。つまり、会話が途切れたのであれば、話を再開するのは、話したいことがある漣さんのほうだった。
「鴉、お前は不思議な奴だな」
吐露された言葉は、帰路のアスファルトに沈んでいくようだった。
大学の手前にあるコンビニの前に差し掛かったころ、唐突な言葉は、私の心に深く染み入る。
「どういう意味ですか?」
私は愚直に意味を尋ねる。相手の言葉の真意を推し量る。こういうところが、人間としてダメなのではないかと、口を開いてから自己嫌悪が心に混じった。
「率直に言って、お前は人付き合いが上手いタイプには見えない」
「・・・否定はしません」
漣さんは、歩きながら私の方を見るでもなく、前を見るでもなく、上を向いて話す。その姿が、人の往来が多いこの通りでも際立って感じられた。
「だが、なんと言ったらいいか。気づけば、お前の周りには人がいる」
「そんなことは」
「いや、そんなことはある。人の多さの話ではない」
続く言葉を、どう話すべきか迷っているように、漣さんは頬を指の先でなぞる。
「財閥の息子である御剣の周りには多くの人物がいる。アイドルである堂島の周りにもそうだ。万城目に至っては、あいつを姫なんていう奴もいたくらいだ」
どこかで聞いたような話だった。だが私にとっては正直、御剣さんが財閥の御曹司なんてものには見えないし、堂島さんも猫を被った姿を見るとこの人は本当にアイドルなのか疑問を持たざるを得ないし、万城目さん姫説に至っては批判的だ。
「だが、その誰もが、周りにいる人物とお前とでは決定的に何かが違うのだろう。今日、ゲームをしていて、そう感じた」
何をどう思ったらそんな結論になるのだろう。彼ら彼女らにとって、私はそれほど価値はないということを暗に示しているのだろうか。
「万城目が笑っている姿を、俺は何か月かぶりに見たよ」
心が激しく揺さぶられた。違う、私と万城目さんは仲良しというわけではない。人付き合いを苦手としている私でも、それくらいのことは分かる。
いや、それよりも私は聞かなければいけない。わざわざ、そうやって話題を持ってきたのなら、漣さんに問わねばならない。
「知り合い、だったんですか?」
「サークルで、少しな。サークルのことは聞いたか?」
今度は間違いなく、私の心を突き刺す言葉だった。
「聞きました。信じてはいませんが」
「だろうな。俺も同じ立場だったら信じない。信じることが馬鹿らしいとさえ思う」
ただ。
そう短く呟いた漣さんは、噛みしめるように言う。
「俺はお前に害を与えるつもりもない。おそらく、万城目も。それだけは、覚えていてほしい」
漣さんの言葉を聞いて、私の血が酷くざわついた。
仮に、仮に。
嘘つきゲームで、こちらが必死についた嘘を漣さんは読み切っていた。なら、自分がわざと負けるように話を誘導して、ラフィーさんの仕掛けを壊すことに加担してくれていたとしたら。
自分ではどうしようもない状況で、私の力を借りてある種の勝ちを得たのだとしたら。
それは、誰から勝ちを奪ったのだろうか。
「ラッフィシェルト・ドットハーク」
放たれた漣さんの言葉。結局、私の周りの出来事が彼女へと行き着く。
ラフィーさんと会話も挨拶さえもないまま、数か月が過ぎようとしている。大学で会うことも出来ず、一緒に受けているフランス語の講義にも彼女は参加していない。連絡を取ろうにも、私のスマホに入っていたラフィーさんの連絡先は、凛さんの手で消去されていた。
それでも、私は彼女に会えるという予測をしていた。
期日が迫っている。彼女が口にしていたことから考えると、遠くない内に、理由は分からないが私を退学させる為に、彼女が動かざるを得ない。得ないはずだ。彼女から送りこまれている人物を私が跳ねのけているなら、彼女が直に私を追い込むしかない。
だが、いくら待っても彼女は現れない。
彼女なら無駄だともう気づいているはずだ。聡明で、誰よりも強者である彼女なら、私を直接叩き潰しに来るはずなのに。
それでも、彼女は私の前に現れない。
「彼女は変わった。何が原因か、全く分からなかった。いや、推測はついていたが、今日確信に変わった」
漣さんの話は、私を思考の海へと叩き潰すには十分なもので。
「彼女を変えたのは、お前だ。鴉」
思考の埋没が、漣さんの声を遠くへ追いやる。
私ごときが、彼女の思考を、性格を、在り方を変えれるわけない。もしそう考えたら、酷く傲慢な、一人よがりの男の妄想ではないか。
「だから、お前だけが彼女と向き合って話すことが出来る。俺はそう思っている」
話はそれでおしまい。そう言わんばかりに漣さんは歩くスピードを上げた。私は何故かそれに追いつこうと、歩調を速め、結局は途中で元の歩調へと戻す。
いくらかばかり、距離の空いた漣さんは笑顔で振り返る。
どうしようもない笑顔だった。柔和で、純粋な笑顔だった。
「くだらない話だ。忘れてくれ」
その言葉を、私は本当に忘れることが出来るのか。
忘れることが出来る日が来るのだろうか。