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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
六章 過去より今を(上)
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「さて、それでは始めよう」


 いつもの、といってしまうと語弊を生みかねないかもしれないが、私にとっては大変馴染みのある学生食堂で、一つの闘いが始まろうとしていた。


 季節はもうすっかり冬で、この食堂に設置されているエアコンは地球温暖化に加担せんとばかりに、その機械音をけたたましく鳴らし、食堂の気温を上昇させている。

 その所為か、食堂の窓ガラスは霜によって本来の無色透明さを失い、すっかり白肌となっていた。


 一月に入ってもう、半ばが過ぎたこの鷹閃大学は、大学における今年一年を締めくくろうとばかりに、テスト期間も迫ってきている。テスト期間が終了すれば、大学における全ての講義は終了になり、それは大学一年生が終わることを示していた。早いもので、もうこの大学に入って一年が過ぎ去ろうとしている。



「初日の死体は架空。実質殺しなし。配役は狼2、占い1、村2」

「狼2かよ、村不利だろそれ」

「あぁ、その不利を無くすために占いは初日から可能だ」


 クリスマス、正月ともに地獄のような経験を過ごした私には、何故かこの鷹閃大学が心落ち着く場にもなっていた。だって、凛さんが居ないのだ。それだけで補導のリスクが天と地ぐらい違う。



「つまり、スタート時点で占いは一人、白か黒か分かっているってこと?」

「察しがいいな堂島、その通りだ」

「えー、でもそうなったら誰がゲーマスしてくれるのー? 5人しかいないよー?」

「今はスマホのアプリに便利なものがある。俺のスマホにゲームマスターをしてもらう」


 大学の冬季休暇が終わって、既に何日か経過しているが、食堂にいる人数はずっと少ない。どうも、多くの学生がまだ冬季休暇を自主的に伸ばしているようだった。


 そんな閑散とした食堂の一角に陣取っているのは、私と4人の人物。



「あの」

「どうした鴉?」

「からす? いえ、今はいいです。その、(さざなみ)さん?」

「どうした?」

「あと、万城目さんも」

「んー?」

「・・・席なら他にも空いてますよ?」


 一応、本当に一応、ダメで元々、ダメ元で言ってみた。

 この一角にいるのは、私、御剣さん、堂島さん、万城目さん、嘘つきゲームのゲームマスターだった漣さん。

 御剣さんと堂島さんがここにいるのは分かる。二人とも久々に大学にいるとのことだったので、集まって昼食を食べようと言う話になっていた。

 私はお気に入りのチキンカツ定食、御剣さんと堂島さんは、名前もよく分からないくらいお洒落な食べ物を食べていると、知らない間にこの二人が、席に座っていた。そして、いつの間にか人狼ゲームをやることになっていた。意味が分からない。



「人狼ゲームは離れていても出来なくはないが、周囲の迷惑にもなりかねん。集まってやった方が効率的だ」

「そーそー」


 ダメだ。話が通じない。



「少しは周囲のこと考えろよ」

「そういう配慮のなさがほんと、アンタっぽいっていうか」


 ダメだ。味方も話が通じない。私は何故、この二人がここにいて、人狼ゲームをしようとしているのか知りたいということ、出来ればゆっくり御飯を食べたいということを主張したのに。



「始めるぞ。順番にスマホを回していく。役を確認してくれ」


 私の懸念を無視するかのように、漣さんは、そう言って御剣さんにスマホを渡した。どうやら、ゲームの配役や、進行をスマホのアプリが行ってくれるらしい。スマホは本当に便利な道具である。


 あれよあれよとゲームが進行していくその様を見て、断れそうにないなぁ、と小さく溜息をもらす。こういうところで強気には出れない私だ。ノーと言える日本人になりたい。


 大体、なんでこの二人はここにいるのだろう。意味がありそうで、そして一切ない感じがする。この二人ならどちらもありえそう。


 私は、堂島さんから回ってきたスマホを手にして、役を確認する。



―――貴方は狼です、パートナーは5番です―――


 5番。5番目にスマホを手にする人物もまた狼。


 スマホは漣さん、御剣さん、堂島さん、そして私までスマホが回ってきている。つまりは、万城目さんがもう一人の狼。そして、私のパートナー。嫌だなぁ。


 そんなパートナーである万城目さんに私はスマホを渡す。万城目さんはスマホを確認すると大層嬉しそうに、邪悪にほほ笑んだ。何それ、怖いです。


 万城目さんは受け取ったスマホを漣さんへ返しながら、一つ提案する。



「負けた陣営が何もなしっていうのは盛り上がりにかけるよねー、何か賭けようよー」


 余計なことを。

 この猫みたいな人は行動が読み切れない。どうしてそんな自ら危ない橋に突っ込んでいくのか。



「いいわね、何を賭ける? お金?」


 堂島さんがさらっと博徒みたいなこと言い出した。頭おかしいんじゃなかろうか。



「わりぃ、手持ちそんなねぇ。10万くらいでいいか?」

「いいわけないですよ御剣さん!!」


 金銭感覚がぶっ飛んでる。5人で人狼なんてすれば10分かからないのに。その僅かな時間で10万という大金をつぎ込もうとしている。というか、そのレートでいったら、私は負けた瞬間、今月を水だけで過ごす羽目になる。



「レート高すぎます! 私は貴方達のようにお金を持ってるわけではないんです!! 大体ですね、学生のうちから賭け事なんてしてはいけません!」

「10万くらいなら、妥当かな、私は賛成」

「俺も異論はない」

「じゃあー、10万掛けで勝負ねー」

「話を聞いてください! 泣きますよ!?」


 私が必死に抵抗していると、御剣さんが宥めるように言葉を発する。



「まぁ落ち着け、勝てばいいんだよ。な、分かるだろ?」

「分かりませんよ! 賭け事するなら私は降ります!」

「いいか、勝てば負けた陣営から一人10万むしとれる。それを勝った陣営で山分け出来る。勝ったら支払わなくていいどころか、金が貰える。な、勝てば問題ねぇ」

「分配方法に疑問を感じてるわけではありません! 私は一抜けです!」


 付き合いきれない、そう思ってチキンカツが乗っていた食器を手に立ち上がる。

 待ったをかけたのは、やはり御剣さんだった。



「そうか、残念だなぁ。これじゃあ、凛にあることないこと報告しなきゃなんねぇ。全く残念だ。きっと港から一人の青年の遺体が見つかるんだろうな。非常に残念だ」


 私の人権が軽すぎる。

 食器を再びテーブルの上へと戻し、私は静かに座った。



「安心しろ、無利子無担保、返済期限なしで貸してやる」


 御剣さんは嗤う。

 強制的に参加することになったゲームだが、こうなった以上は勝つ。勝ってロリコンに一矢報いてやるのだ。こっちのパートナーは万城目さんだ、こういう心理的要素が強いゲームにこれ以上パートナーはいないだろう。勝てる。いや、むしろ勝ったといっていい。


 ゲームの開始はやはり、漣さんの声で告げられた。ゲームの司会進行になれているのだろう。


 重苦しい雰囲気の中、ゲームは始まった。



「それでは、初日。始めるぞ、まず占いCOはあるか?」

「その前に狼COするねー。相方は嘘つきくん」


 そして一瞬で、ケリがついた。


 呆然。それしか言葉が出ない。嵌められたのだ、自分にとってはそれほど痛いわけではない金額を差し出して、私を陥れる為に、こんな意味自殺まがいのことを。


 ぎこちなく、万城目さんへ視線をやると、彼女は晴れ渡る笑みで私に言った。



「いやー、激戦だったね! 嘘つきくん!」


 私は二度とこの人を信用しないと心に誓った。



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