クリスマス
あの、お巡りさん。お願いします、ゆっくり、そうです、ゆっくりと話しをしませんか。えぇ、出来ればこれ以上人員を増やさないでいただけると非常に助かります。
多分ですが、お互いに誤解、いえ、すれ違いがあると思うんです。これはとても悲しい事実ですね。正直、クリスマスにまで治安を守る為に動いてくださってるお巡りさんと、このような話をするのは心苦しいのですが。
職質はちょっと待っていただけませんか?
いえ、やましいことなんて何一つありませんよ。
むしろ、善良な一市民として治安維持に協力出来ればとさえ思っています。ただ、このままだとこれから行われる知人のライブに間に合わないんです。クリスマスライブということで、招待を受けまして。
聞いたことは御座いませんか? GIRLS Sというアイドルグループなんですが。あぁ、聞いたことがありますか。それは何よりです。共通の話題と言うのが、お互いの距離を詰めると、「初級会話レッスン」で読みました。えぇ、そうなんです。センターを務めている堂島さんという方と知り合いでして、チケットを譲っていただいたんです。
え? 嘘をつくな?
とんでもないです。国家権力に対していくらなんでも嘘はつきません。天地神明に誓うことも吝かではありません。
確かに、私がどう足掻いてもアイドルと交流を持つような人間には見えないでしょう。否定はしません。
ただ、信じていただかなくても構いません。このチケットをご覧いただければ、少なくとも、これから私がライブに行くという事実は、分かっていただけると思います。これがその証拠です。
はい?
えぇ、勿論です。それ以上の意味はありませんよ。これから真っすぐ会場に向かうつもりでした。それ以上、どこかに出かけるつもりは全くありません。
え? その首輪は一体なんだ、ですか?
いえ、これにはマリアナ海溝よりも深く、バミューダトライアングルより不可解な出来事がありまして。一言で説明するのは非常に難しいかと。
はい。
はい。
そうなんです。これ以上、クリスマスという大変な一日に、とても正義感溢れるお巡りさんの時間を頂戴してしまうのは、私としても大変心苦しいと。それは、全国民に対する不利益に繋がりかねないと愚考します。
それでもご納得頂けないのであれば、一種のファッションのようなものだと思っていただけると助かります。誰かを害するようなものではありませんし、むしろ、害されているのは私なんです。
はい? その首輪に繋がれている鎖はなんだ、ですって?
・・・。
そうですね、その問題はミレニアム懸賞問題と同等に難しい話だと思います。聞いたことはありますか? アメリカのクレイ数学研究所によって、2000年に発表された100万ドルの懸賞金が掛けられた7つの問題のことなんですが。
言いたいことが分からない、ですか?
それほど、これは不可解なものだと認識してください。可笑しな話ではありますが、こうなっている理由が私自身検討もつかないんです。嘘なんかじゃありません。
一つ提案なのですが、この不可解な現象から、私を救って頂くことは可能ですか? 救って頂けるなら、何でもします。
はい。
いいえ、そうではありません。
はい、私はどちらかと言えば助けを求めたい側の人間なんです。助けてください。お願いです。
違います、お願いします。精神を患ってるわけではないんです。黄色い救急車は呼ばないでください。
あ、そうなんですか。あれって、都市伝説なんですか。警備会社の車が。なるほどです。勉強になりました。
・・・その鎖を握っている少女は誰だ、ですか?
・・・・・・。
・・・妹、です。
あぁ! 待って下さい! 違います!! やめてください!お願いします!
気のせいですよね!? パトカーのサイレンが大音量で聞こえるのは気のせいですよね!?
もう一回最初からやり直しませんか!? 私がコミュニケーション能力に著しく劣っているせいで誤解させてしまっているんです!!
くっ、国家権力の横暴です!! やめてください!! このままだとクリスマスに塀の中で過ごす羽目に!!
凛さんも何か言ってください!!
え!? 私も一緒に檻で過ごす!?
何言ってるんですか!? 何で嬉しそうなんですか!? 頬を赤くしてるのは寒いからですよね!?
あ、え、ちょっと!!助けてください!! 誰か!! 助けてくださぁあああい!!