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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
五章 23時間56分04秒
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 万城目さんが珈琲を飲みたいと言い出したので、近くのファミレスまで付きあうことになった。以前、堂島さんと入ったファミレスである。


 ちなみに、珈琲を飲みたいと言い出した彼女を誘導したのは他でもない私である。オススメの場所を聞かれたので、連れてきたのだ。その際、何故か「嘘つきくんがモテない理由がよく分かった」としたり顔で言われたのが、甚だ遺憾だった。


 テーブルを挟んで向かい合う私たちは、違いにドリンクバーだけを頼み、コップに並々と注がれた飲み物を飲みながら、話始めた。



「本当はさー、こんな事するつもりじゃなかったんだけどねー。許してって言っても、嘘つきくんからしたらとんでもない話だし、こういう言葉をいうのはズルいっていうのは分かってるんだけど・・・」

「なんですか?」

「仕方なかったんだ、私じゃもう止められなかった」


 彼女はホットコーヒーを、スプーンでクルクルと回した。そこに出来た渦潮に視線を注ぐ彼女は、自分の考えをどう告げるべきか悩んでいるようにも思えた。



「私の所属するサークルは、本当にただのサークルだった。目的はみんなと仲良くっていう、今時小学生の学級目標にもならないような事を真面目に目標としていたサークルだったんだー」

「それは、なんというか、こう、楽しそうなサークルですね」

「うん、本当に楽しかった。私が大学に来た理由はサークルの為っていうのは、ゴメン、これも嘘。でも、この大学に居る理由の一つなのは確か。いや、もうこれが本当の理由になっちゃってるのかもね、なんて」


 出来た渦潮に彼女は、ミルクを入れる。ミルクが白い軌跡を描きながら、真っ黒な海を淡く染め上げる。



「彼女もね。入って来た当初は、本当に楽しそうだった。どうしてもサークルに入れたい人がいるとか言ってはしゃいでたっけなー。4月とか、5月ぐらいのことだったよ。様子が変わったのは6月からだったかな」


 ラフィーさんのことだろう。どうしても入れたい人物と言うのも、察しはついた。恐らく、彼氏だろう。



「でもね。本当に分からないんだ。何時のまにか、宗教サークルになっていた」


 彼女は長期休暇を使って、バックパッカーをしてたそうな。そこで波乱万丈な出来事が多々起こり、なんとか鷹閃大学に着いたときには、既に10月に突入していたらしい。漫画の主人公みたいな人である。


 およそ2か月か3か月ぶりに顔を出したサークルは、もはや以前のサークルではなかったという。そこには教典と言われるものが存在し、戒律と言われるものが存在し、教主と言われる存在がいたらしい。



「それが、彼女。ラッフィシェルト・ドットハーク」


 そして、異教徒として挙げられていた人物がいたらしい。



「それが君だよ。嘘つきくん」


 私は耐えきれず、そこで横やりを入れてしまう。黙って聞くのは、どうあっても無理だった。



「えっと、その、どこまでが冗談ですか?」

「残念だけど、全部ほんと。彼女があのゲームで連れてきたのは、サークルのメンバーだよ」

「話が突拍子もなさすぎて・・・」

「私も帰ってサークルに顔を出した時、そんな事を思ったよ。最初はみんなが私に仕掛けたドッキリだと思ってたくらい」

「でも」

「確証が欲しいのなら、彼女に聞けばいいと思うよ。堂島 美音。彼女もサークルの一員だから」

「ちょっと待ってください! 私ははっきりと彼女の口から聞いています! 貴方のことを知らないと」

「彼女とは会ったことがなかったからねー。彼女はサークルというよりもラッフィシェルト・ドットハークについていたという方が正しいし」

「それでも納得がいきません!」

「そうだよね。きっと、そうだよね」


 でも、と彼女は続ける。

 その顔は酷く悲しそうで、今にも泣き出すのではないかと心配してしまうほどだった。



「彼女は、訣別できたみたいだから・・・」


 そこからは、自分の罪を告白する、所謂、自白のようなものにも聞こえた。



「帰ってきて何日か経ってから、異教徒を公開処刑する、そう言われた。結果行われたのが、あのゲームの仕掛け。私はどうしても止めたくてねー。恥ずかしい話なんだけど、参加チケットを転売してる人から買い取ってさ。君のことも初めから知ってたよ。だから声を掛けたんだ、あの日、あの場所で。

 ゲームは絶対に勝たないとダメだった、そうしないと、サークルが本当に終わっちゃうと思った。バカみたいな目的で集まった綺麗な場所が崩れていくと思った。でも、敗けちゃって。本当に面白いくらいに歯車が噛み合ってなかったんだよ、私の決意と、堂島 美音の決意が、正反対の方向へ向いて」


 あの時を思い出すように、アルバムのページを捲るように万城目さんは続ける。



「本当に終わったと思った。どうしようもないくらい終わったと思ったよ。でも、君は強かった。話に聞く人物像とはまるで違って、強かった。そして、全てを有耶無耶にして、あのゲームの勝者になった」

「私が勝ったわけでは。あれはどちらかと言えば、御剣さんと堂島さんがつかみ取った勝利です」

「あの二人もきっと君とおんなじことを言うと思うよー」


 彼女は泣きそうな顔で破顔した。私にはエンターテイナーとしての才能なんてないのだろう。


 彼女に掛ける言葉が見つからなかった。



「それで大団円になれば、どれだけよかったんだろうね」


 いつも嘘を吐いている私が、決して出来ない顔だと思った。決して出せない声だと思った。



「あの一件は引き金だったんだ。そこからは、彼女の為に異教徒を追放するとばかりに、サークルのメンバーがこぞって君に挑んで、挑んで、敗れていった。このままじゃ、全部が君に奪われると私は思ったよ。下手すれば、嘘つきくんを殺す人だって出かねないと危惧するくらいのものだった。そんなことになれば、サークルなんて崩壊する」


 それが彼女が私を憎悪した理由。大切な居場所を守る為、どうにかして仲間を守る為。



 はっきり言う。彼女の話を信じる気などない。苦し紛れの言い訳だと、そう考えるのが妥当だし、荒唐無稽な与太話の類だとしても二流以下だ。嘘吐きはどちらだと、思わざるを得ないのだが、実は引っ掛かることが一つだけあった。


 それは、彼女の周りの人物が何故か私を落ちこぼれだと知っていること。この点がどう考えても納得がいかない。


 大学の講義は、規模が大きい。何を当たり前のことを言っていると思われるかもしれないが、そこには裏の意味が存在する。一人一人に焦点など当たりにくい、ということだ。


 高校や中学の時のように、授業で当てられるということはない。他人の成績など分かりようもない。そんな中で、どうして私は落ちこぼれだと知られているのか。説明出来ないのだ。



 万城目さんの話を鵜呑みにする必要はない。そう思っている。ただ、否定しきれない部分がある。それは私がラフィーさんと上辺だけで会話していたという事実を突きつけているようで。実際、私は彼女が所属していたサークルの話など聞いたこともなかった。彼女がどうやって、あそこまで人を惹きつけているのか、気にした事すらなかった。


 それが彼女の魅力だと鵜呑みにして。


 なら、どうして万城目さんの話は鵜呑みに出来ないのだ。分からない、答えが出ない。



「ねぇ、嘘つきくん」


 万城目さんは泣いていた。目を細めて、耐えきれないように泣いていた。



「退学してくれないかな?」

「出来ません」


 いつだったか、即答出来なかった返事を私はしていた。自分でも驚くほど、素早く紡がれた返答は、紛れもない私の本心だった。



「だよねー。そりゃあ、そうだよねー」


 涙を流して、無理に作ろうとする笑顔だった。そんな笑顔を、私は一度だけ見たことがあった。


 酷く昔に思えるが、高校一年の時の出来事。そんな笑顔をした友人を、私は見送ったことがあった。



「あーあ、この作戦もダメだったかー。また次の作戦を考えないとねー」


 彼女は私を嘘つきと言うが、彼女自身はどうなのだろう。もしかしたら、ここにいる事自体が嘘かもしれない、ただ、私を陥れるために、泣き脅しを使っただけかもしれない。


 何を持って真実とするのか。私には持論があった。どれだけ虚飾で塗り固められたものであっても、そうだと望む人がいればそれは真実だと。以前、御剣さんに私はそう返答した。その持論のもと、堂島さんにブログを書かせた。


 それは私の経験から得たものであったし、これを変える気はない。だから、きっとこの感傷も些細なことのはずだ。


 ()()()()()()()()()()()()()()



 万城目さんは、涙を拭って、私を見た。



「じゃあ、今度は懐柔でもしようかなー」


 全部、嘘だと。そう言わんばかりの笑顔だった。



「ほら、私がこんなに長い嘘を吐いたんだから、今度は嘘つきくんの番だよー」

「どういうことですか」

「言ったでしょー、“なんでも言うこと聞いてあげる”って」


 その言葉に私は脱帽した。敵わない、そう思わざるを得ない。揚げ足取り、言葉遊び。反論はいくらでも思いついたが、飲み込んだ。



「―――そうですね。つまらない話ですが、今日ある男が腹を立てた話でもしましょうか」



 結局、何も分からず仕舞いでこの一件は幕を閉じる。彼女がどうしてこの大学に入ったのかも聞けず。私は堂島さんに真偽を確認することもしなかった。

 私が得たものは何もなく、彼女が得たものも何もなく。勝者がいたのか、敗者がいたのか、それすらも曖昧なまま、この一件は幕を閉じる。

 ただ何事もなかったかのようにたたまれたこの話が、結末を迎えるのは、これから1か月ほどの後の事だった。

 そこで私は知る。彼女がどんな思いで戦っていたのか。どんな思いであの場を立ち去ったのか。


 私の知らない所で、幾つもの決意が複雑に混じり合っていた。そして、端的に述べるのであれば、その決意の全ての始まりは6月だった。



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