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「Yes」
一瞬の躊躇いがあったが、万城目さんははっきりと口にした。
「やっぱりそうですか」
「なんでそう思ったの?」
「出だしの反応を伺いました。推測なんて言いましたが、あれは憶測の域を越えません。AMTの話なんて無理やり辻褄を合わせただけです。本当に合っていると分かっているなら、もっと言及されてもいいはずです」
「間違っているからスルーしただけだよー。私としては、嘘つきくんが外してくれるならどうでもいい訳だしねー」
「ならどうして、この部屋が暗号読解サークルの部屋か、そうでないかを知らないんですか? 知っていれば判別できますよね?」
これに対する反応はなかった。彼女はこちらを見据えたまま、異物のように組みあがった椅子の上で佇む。
まるで、座れない椅子を誤魔化すように。
「壊れてるんですよね、その椅子。私に座るよう促して、いざ自分も座ろうと思ったら壊れていることに気が付いたから、急いで隠した」
「違うよー、いつもこんな感じで私は座ってるんだから」
「私に先に二つの椅子を渡してからだと通りませんよ、その言い方は。今、万城目さんが組みあげた椅子は三つの椅子を使っているじゃないですか」
突拍子のない万城目さんが行ったとしても、どうしても拭えない不可解さがそこにはあった。
「では、二つ目の質問です。“ここは万城目さんのサークルの部屋ではない”」
部屋の物品については知らない。ここが何のサークルか判別がつかないとなれば、考えられるのは一つ。
彼女が嘘を吐いている。もしくは、それに準ずる行動を行っている。
「Yes」
思えば、彼女がこの部屋を紹介するときに、私が所属しているサークルの部屋だとは明言していなかった。つまりは、最初から仕組んでいた。それが正しく何時からなのかは判断できないが、このサークル棟に連れてこられた段階にはもう、この状況を望んで彼女が作った。
万城目さんは、答えたきり口を一文字にして閉じる。
余計なことはもう話さないという意思表示だ。
なら、私も遠慮なく質問を消化することにする。
「そうなると、万城目さんが行ったある事が説明がつかなくなるんです。不審な点は、この部屋と隣の部屋の隣接地点で佇んだこと、そして、隣のサークルのポスターを破り捨てたこと。
三つ目の質問です。“破り捨てたポスターには、私に見られると都合の悪い事があった”」
一文字にした唇。万城目さんは、その下唇を思い切り噛みしめていた。
よほど答えたくないのだろう。そんなに答えたくないなら、答えなければいいのにと思う私は卑怯者だろうか。いっそ勝負自体をなかったことにしてしまってもいいと思う。
「Yes」
それでも答える彼女は、一体何をしているのだろう。
こんな何も掛けていない勝負に何を必死になっているのだろう。
そこまで行き着いた途端に、彼女のことが酷くつまらなく思えた。
この勝負を受ける時に持っていた熱が霧散していくのを感じる。どうしようもなく、冷めてくる。
そんな気持ちで彼女を見ると、こちらを見ていた彼女が息を飲んだ音が聞こえた。
「四つ目の質問に行く前に、少し小話をさせてください。といっても、話がつまらないと酷評を良く受ける私の話なので期待はしないで欲しいのですが」
前置きをした私に、彼女は応えない。歪に組みあがった椅子の上で口を閉じる。なら、そこで大人しく聞いててもらおう。ただでさえ話が苦手な私だ、余計な合いの手でもいれられようものなら酷く落ち着かない。
「あの嘘つきゲームが終わった辺りから、数えるのも馬鹿らしい程に私を退学させようとする人が沸いて出てきまして。皆さん、ほんと良くこんな手を思いつくなぁと感心させられることも多いんですよ。その中でも一本取られたなと思ったのが、必須単位の出席改竄で、この仕掛けに気づいたのがあと一歩遅かったら、退学せざるを得ない状況まで追い込まれるところだったんです」
やっぱり、聞いてても面白い話ではないのだろう。私にエンターテイナーとしての資格は一切なさそうだ。彼女は椅子の上で、震えていた。こちらを見て、震えていた。
「あまり話を長引かせても意味はないですよね。まぁ、端的に言わせてもらうと私を退学させようとする人が後を絶たないと言う話でした」
彼女は嗤うことも、反論することもなかった。まっすぐ目を見ると、怯えたように逸らされる。もとは真っ赤な瞳の色が、心なしか薄い色になっている。
「仮にです。仮に、私を退学させようと考えている人物が目の前にいて、今のような状況を作り上げたらどんな事をするんでしょうね。開けっぱなしの部屋。そこで行われたゲームで偶々、部屋中をベタベタ触ることになって、そこで都合よく紛失物が出て窃盗を理由とかにするんでしょうか。それとも女性と二人っきりなので、セクハラ行為でしょうか」
途端、部屋中に大きな音が響き渡った。
音がした方を見れば、万城目さんが築いた椅子が崩れおち、万城目さんは床に尻餅をついてこちらを見上げていた。
その瞳が酷く、こちらを見て怯えていた。
「四つ目の質問です。“私を退学にしようとする人と貴方は一切関係がない”」
「―――ちょっとタンマだよ嘘つきくん! いくらなんでもその眼は怖すぎるよー!」
両手を背中の後ろでついたまま、私から距離を取ろうとする彼女に一歩近づいた。
「答えてください」
「ノー!! ノーだって!! 関係あるよ!おおいに関係あるよ!!」
「では最後の質問です。“貴方のサークルにはラッフィシェルト・ドットハークが所属している”」
「イエスイエス!!」
首を高速で縦に振る万城目さんは、どこかコミカルだった。狙ってやってる気がしないでもないが、言及はしなかった。言及はせず、結論だけ述べた。
「貴方の所属サークルは、隣のサークルです」
彼女は尻餅をついたまま、上を見上げた。そして深く深く、息を吐いた。
「完敗だよー、嘘つきくん。君は本当に―――だね」
最後の言葉を、私は上手く聞き取ることが出来なかった。