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「おっけー。それじゃあ何やってるサークルだと思う?」
「結論を出す前に、まずはそれに至った過程を話します。こういうのは、出だしが重要だと思うので」
私は椅子に座り、万城目さんの目を見つめる。吸い込まれそうなほど真っ赤な瞳をしている彼女を見つめると、自分の立ち位置があやふやになりそうで、足に体重を乗せて前傾姿勢になった。
「この部屋には道具と思わしきものが一切見当たりません。そこから、スポーツ、ボードゲーム、あとは、音楽をやるようなサークルではないと推測しました」
「ん? 別に偶々この部屋にないだけかもしれないよー?」
「部屋に鍵が掛かっていませんし、これだけ物が少ない場所に、何も置かないのは不自然です。分かってて言ってますよね?」
「持ち運びが簡単なものかも。ルービックキューブとかトランプ?」
「だったら、尚更部屋に置いておかない理由はないですよ。一々持って帰るのも手間です。」
「でも絶対じゃないよね。確証を得るために質問をしたほうがいいと思うけどなー」
「話を進めますね」
無理やり話題を先へと進める。彼女と話すことによってこちらの考えを修正されるのを危惧した。こういう会話を楽しまないところが私のコミュニケーション能力の無さを正確に表しているようにも思えるが、それは自明の理である。
「つまるところ、道具を使わないサークルとは一体なんなのか、ということですが」
「行き詰ってるってことかな?」
「いえ、サークルの知識なんて無いに等しい私ですが、それでも結論は出ました」
「へぇー。何か手掛かりでもあったの?」
「膨大に積まれた資料と、この部屋の扉に貼ってあったポスターです」
言語すらバラバラで要領を得ない資料。
AMTの系譜と書かれたポスター。
「膨大な資料をみて、私が思ったのは、一体なんの為にここまで資料を集めたんだろうという疑問でした」
「資料から手がかりを得た訳じゃないんだねー」
「はい、ほとんど読めませんでしたので。ただ前提が間違っているんだろうな、と思いつくのは割と簡単なことでした」
「前提?」
「道具を使わないサークルという前提です」
この部屋に来て思ったのは、意外と物が少ないということではない。圧倒されたのだ、鼻を突きさすほどの本の匂い、紙の匂い。
「道具ならあったんです。この膨大な資料が、サークルで使う道具です」
そうでなければ、ここまでは集めない、集まらないだろう。収集して使うことが目的のはずだ。辞書は酷く汚れていたし、日常的に使いこんでいたのだろう。
「道具として使用するのが、この膨大な資料だとすれば、後はどのように使っているかでサークルで何をやっているのかは分かります」
「使用方法ってことだねー。要は、目的」
「はい。そこで、AMTの系譜と書かれたポスターを思い出しました。扉の前のポスターなんて、どっからどう考えても重要な手がかりです。それに万城目さんに教えていただきました、特徴は出ると」
「そっかー。ヒントあげちゃってたかー」
「系譜という文字には、血縁関係を示す図、師弟関係など影響を受けてきたつながりの意味があります。なら、その前のAMTというアルファベットは家名か人名です」
「もったいぶらないで言っていいよ、多分当たってると思うし」
「アラン・マシスン・チューリング。文字が円形で書かれた意味は、エニグマです」
アラン・マシスン・チューリング。イギリスの数学者である。この人を題材にした映画が出来るほど、その生涯は悲劇的なものであり、また数奇なものだった。私でも耳にしたことがあるほどの有名な人物で、数学者としてだけではなく、論理学者、コンピュータ科学者と様々な肩書を持つが、その中で最も有名な肩書がある。
「この部屋のサークルは、暗号読解を行うサークルです」
暗号読解者。
万城目さんは嗤った。
歪な形で組み上げられた椅子のてっぺんに立つ彼女は、見上げなければいけないほどの高さを持っている。頭が天井につきそうだ。
「それが答えでいいの?」
問いかける彼女は、やはり姫には見えない。サークルの中でもカーストというものがあるだろうか、私はそれに対する答えは持ち合わせてはいない。カーストのどこにも属せない私は、つまはじき者の私は、それに対する答えなどない。
そもそも、万城目さんが言う答えとは一体、なんなのか。
答え合わせと、私はよく口にする。これも自分の言葉ではなく、白銀さんの受け売りだ。彼が出そうとしていた答えが、私が求めていた答えに近い気がして使ってしまう。なら、その答えは何に対する答えなのかと聞かれれば、途端に言葉に詰まる。自分でもよく分からない。よく分からないものの答えを、必死に搔き集めている。
大学にいる理由。
ラフィーさんと向き合う為に必要なもの。
先生からの宿題。
思いつくものも漠然としたものばかりで、その全てに答えを出せていない。
結局のところ、私は一体なにを問題としているのだろう。どんな問題文を提起すればいいのだろう。
「おーい、嘘つきくーん?」
何時までも答えない私を不思議に思ったのか、万城目さんが呼びかける。それが私の意識を拾い上げた。
「すみません、ちょっと考えごとしてました」
「もー。じゃあもう一回聞くけど、暗号読解サークルが答えでいいの?」
ただ、一つだけ確かに言えることがある。
万城目さんが聞きたい答えと、私の求めている答えは違うものだ。それは、勝者と敗者が存在するゲームだから。万城目さんは言っていた、リベンジマッチだと。
「その前に質問させて下さい」
「えぇー。結論でてるのに?」
「何言ってるんですか。言いましたよね? 出だし、と。これが結論とは言ってませんよ」
嘘つきゲームの再戦だと。
「“万城目さんはこの部屋を使っているサークルが本当に暗号読解サークルなのか判別できない”。これが一つ目の質問です」