表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
五章 23時間56分04秒
56/113

14



「おっけー。それじゃあ何やってるサークルだと思う?」

「結論を出す前に、まずはそれに至った過程を話します。こういうのは、出だしが重要だと思うので」


 私は椅子に座り、万城目さんの目を見つめる。吸い込まれそうなほど真っ赤な瞳をしている彼女を見つめると、自分の立ち位置があやふやになりそうで、足に体重を乗せて前傾姿勢になった。



「この部屋には道具と思わしきものが一切見当たりません。そこから、スポーツ、ボードゲーム、あとは、音楽をやるようなサークルではないと推測しました」

「ん? 別に偶々この部屋にないだけかもしれないよー?」

「部屋に鍵が掛かっていませんし、これだけ物が少ない場所に、何も置かないのは不自然です。分かってて言ってますよね?」

「持ち運びが簡単なものかも。ルービックキューブとかトランプ?」

「だったら、尚更部屋に置いておかない理由はないですよ。一々持って帰るのも手間です。」

「でも絶対じゃないよね。確証を得るために質問をしたほうがいいと思うけどなー」

「話を進めますね」


 無理やり話題を先へと進める。彼女と話すことによってこちらの考えを修正されるのを危惧した。こういう会話を楽しまないところが私のコミュニケーション能力の無さを正確に表しているようにも思えるが、それは自明の理である。



「つまるところ、道具を使わないサークルとは一体なんなのか、ということですが」

「行き詰ってるってことかな?」

「いえ、サークルの知識なんて無いに等しい私ですが、それでも結論は出ました」

「へぇー。何か手掛かりでもあったの?」

「膨大に積まれた資料と、この部屋の扉に貼ってあったポスターです」


 言語すらバラバラで要領を得ない資料。

 AMTの系譜と書かれたポスター。



「膨大な資料をみて、私が思ったのは、一体なんの為にここまで資料を集めたんだろうという疑問でした」

「資料から手がかりを得た訳じゃないんだねー」

「はい、ほとんど読めませんでしたので。ただ前提が間違っているんだろうな、と思いつくのは割と簡単なことでした」

「前提?」

「道具を使わないサークルという前提です」


 この部屋に来て思ったのは、意外と物が少ないということではない。圧倒されたのだ、鼻を突きさすほどの本の匂い、紙の匂い。



「道具ならあったんです。この膨大な資料が、サークルで使う道具です」


 そうでなければ、ここまでは集めない、集まらないだろう。収集して使うことが目的のはずだ。辞書は酷く汚れていたし、日常的に使いこんでいたのだろう。



「道具として使用するのが、この膨大な資料だとすれば、後はどのように使っているかでサークルで何をやっているのかは分かります」

「使用方法ってことだねー。要は、目的」

「はい。そこで、AMTの系譜と書かれたポスターを思い出しました。扉の前のポスターなんて、どっからどう考えても重要な手がかりです。それに万城目さんに教えていただきました、特徴は出ると」

「そっかー。ヒントあげちゃってたかー」

「系譜という文字には、血縁関係を示す図、師弟関係など影響を受けてきたつながりの意味があります。なら、その前のAMTというアルファベットは家名か人名です」

「もったいぶらないで言っていいよ、多分当たってると思うし」

「アラン・マシスン・チューリング。文字が円形で書かれた意味は、エニグマです」


 アラン・マシスン・チューリング。イギリスの数学者である。この人を題材にした映画が出来るほど、その生涯は悲劇的なものであり、また数奇なものだった。私でも耳にしたことがあるほどの有名な人物で、数学者としてだけではなく、論理学者、コンピュータ科学者と様々な肩書を持つが、その中で最も有名な肩書がある。



「この部屋のサークルは、暗号読解を行うサークルです」


 暗号読解者。



 万城目さんは嗤った。

 歪な形で組み上げられた椅子のてっぺんに立つ彼女は、見上げなければいけないほどの高さを持っている。頭が天井につきそうだ。



「それが答えでいいの?」


 問いかける彼女は、やはり姫には見えない。サークルの中でもカーストというものがあるだろうか、私はそれに対する答えは持ち合わせてはいない。カーストのどこにも属せない私は、つまはじき者の私は、それに対する答えなどない。


 そもそも、万城目さんが言う答えとは一体、なんなのか。


 答え合わせと、私はよく口にする。これも自分の言葉ではなく、白銀さんの受け売りだ。彼が出そうとしていた答えが、私が求めていた答えに近い気がして使ってしまう。なら、その答えは何に対する答えなのかと聞かれれば、途端に言葉に詰まる。自分でもよく分からない。よく分からないものの答えを、必死に搔き集めている。



 大学にいる理由。

 ラフィーさんと向き合う為に必要なもの。

 先生からの宿題。


 思いつくものも漠然としたものばかりで、その全てに答えを出せていない。



 結局のところ、私は一体なにを問題としているのだろう。どんな問題文を提起すればいいのだろう。



「おーい、嘘つきくーん?」


 何時までも答えない私を不思議に思ったのか、万城目さんが呼びかける。それが私の意識を拾い上げた。



「すみません、ちょっと考えごとしてました」

「もー。じゃあもう一回聞くけど、暗号読解サークルが答えでいいの?」


 ただ、一つだけ確かに言えることがある。

 万城目さんが聞きたい答えと、私の求めている答えは違うものだ。それは、勝者と敗者が存在するゲームだから。万城目さんは言っていた、リベンジマッチだと。



「その前に質問させて下さい」

「えぇー。結論でてるのに?」

「何言ってるんですか。言いましたよね? 出だし、と。これが結論とは言ってませんよ」


 嘘つきゲームの再戦だと。



「“万城目さんはこの部屋を使っているサークルが本当に暗号読解サークルなのか判別できない”。これが一つ目の質問です」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ